13話 艶姿の波留
波留からの電話。何よりも優先すべきこと。
「もしもし、波留」
急いで着信マークを押してスマホを耳に押し当てる。
スマホを耳に押し当てる必要なんて今の時代にはないのだが……。
植え付けられた本能か。固定式電話の受話器のように扱ってしまうのは。
くすくす、と。
波留の笑い声が聞こえる。爆笑しそうになるのを必死に抑えているかのような声だった。
「な、なに?」
「ね、ちょっとスマホから耳離してってば」
「え?」
「ビデオ通話だよ、これ」
「っ~~!?」
恥ずかしいことこの上ない。
バッとスマホを耳から離す。
おっとっと。
慌てた反動でスマホを落としそうになってしまった。
「あはっ、混乱してる。カワイイ」
「もう、だからカワイイって言うのはやめ……!?」
「やっほ~」
「ちょ、波留!? なんて格好してるんだよ」
画面越しに映る波留、視線が一点に──胸元に吸い寄せられる。
波留が着ていたのは胸元ががっつりと空いた大胆なネグリジェ。
見えちゃいけない点が見えそうになっている。
波留の寝巻姿は見たことがある。
何度も家に泊りに来た事があったから。
だけどそんな派手なネグリジェ姿は見たことない。
直に見れなかったことを喜ぶべきか残念がるべきか。
「どうしたの? そんなに顔赤くして」
「だって……波留の恰好が」
「どう? 似合ってる?」
「似合ってるっていうか……」
「あ、スクショしていいからね」
「……!?」
「新くんになら使われてもいいよ♡」
「な、な、なに言ってるのさ」
本当に何を言っているんだこの人は。
画面越しとはいえ、彼氏とはいえ。
思春期の男子の理性を簡単に奪う艶姿。
色香が可視化されているような気さえする。
「ふふふ、本当に新くんはからかいがいがあってカワイイね」
「俺は波留にカッコイイって言われたいんだけど」
「大丈夫、ちゃんとかっこいーよ」
「明らか棒読みじゃん!」
「あははっ!」
全く。
まさか波留は俺をからかうためだけに電話したのだろうか。
だとすればとんでもないドSである。
波留がなんとなくSっ気が強いのは感じてはいたが、そろそろ確信に変わりそうだ。
嗜虐的ににんまりと、獲物を見定めるような目をしている波留。
少なくとも彼氏に向けるそれではない。
さしずめ俺は兎か何か。
良くて愛玩動物。悪ければ捕食対象。
そんな扱いを受けている。
「ねえ、新くん」
「……まだ何か?」
身構える。
今度はどんな攻撃をしかけてくるのか。
「来週末なんだけど暇だったりする?」
「……うん」
「ならさ、ドライブデートに行かない? ちょっと遠出しようよ」
「ドライブデート……?」
「そ、私最近ドライブにハマってるんだよね。せっかくだから新くんとも一緒にどこか行きたいなって。高速乗って、パーキングエリアで美味しいものでも食べようよ」
「俺はいいけど……波留は疲れない?」
「好きでやってるからねー」
運転が楽ではないことくらい俺にでも分かる。
事故らないように常に気を張る必要もあるだろう。
高速道路も使うならなおのことだ。
「俺も早く免許取れたらいいんだけど……」
「あはっ、新くんにはまだ早いかな? 今はお姉さんに任せておきなさいって」
ポン、と胸を叩く波留。
せっかく意識しないようにしていたのに、嫌でも視線が胸元に吸い寄せられる。
するとどうなるか。
不自然にきょどる。
「にしても今日の新くんは一段とカワイイね。画面越しでも分かるくらい目が泳いでるし」
「だって……波留がそんな格好してるから」
「興奮した……?」
こくりと頷く。
彼女の普段は見せない、本来なら家族以外は見られない油断しきった艶姿。
興奮するな、という方が無理だ。
「あはっ、ならこのためにわざわざ買ったかいがあったなぁ。それじゃ、楽しみにしてるからね」
手をスマホに伸ばして通話を切ろうとする波留。
直前で思い出したように「そうそう」と呟いて、
「あと霞にもよろしくね。お祝いしようと思ったんだけどなんか連絡つかなくて」
「あ、あ、義姉さんね。うん」
酔った義姉さんからのキスの感触がリフレイン。
いくら姉弟とはいえ一線を越える行為。
バレているわけがないと思いつつもチクリ。
魚の小骨が喉に刺さったままのような痛みが胸に残っている。
動揺を隠しきれなかった。
そしてそれを見逃す波留ではない。
「なにかあったの?」
「その……実は義姉さんお酒飲んで酔っ払っちゃって」
「なるほどね~、まあお祝いはまた今度にしようかな」
「うん、多分今日は寝てるから」
「それじゃ、またね」
「うん、デート楽しみにしてる」
穏やかな笑みを浮かべて手を振る波留。
直後、ビデオ通話が切れる。
「はぁ~……」
ほっと胸を撫で下ろす。
不意打ちとはいえ義姉さんに唇を奪われたこと。
そしてその快感が未だに脳髄の端にへばりついていること。
バレずに普段通り振る舞えたことに対して。
背徳感が胸にじわりと広がる。
「風呂……入るか」
いつもより念入りに顔を洗おう。
そうすればきっとチャラになるはずだから。




