12話 二十歳になった義姉さん②
その後は和やかにいつも通りの、でもちょっと特別な食卓。
義姉さんは『ぼろよい』が気に入ったようで早くも二本目をぷしゅり。
……わずかに頬が赤くなってる気がするけど気のせいか?
普段からぽやんとしているせいで、酔っ払っているのかいないのか分からない。
ただ普段より二割増しでニコニコとしている。
パーティーによるちょっとした非日常感がそうさせるのかあるいは──
じーっ。
やはり気になる。
背伸びしたいお年頃。
義姉さんに何の変化もないなら俺だって飲めるのではないか。
「義姉さん」
「なぁに~?」
「一口だけでいいからちょうだいよ」
「え~、ダメよ。だって新ちゃん十六歳だし~」
「ほんのちょっとだけでいいからさ」
好奇心は猫をも殺す。
興味を完全に義姉さんの持つコップに奪われていた俺は、義姉さんが一瞬イタズラな笑みを浮かべていたのを見逃したのだった。
「分かりました、じゃあこれなら大丈夫かもしれないわ」
「ほんと!?」
「じゃあ、こっちにいらっしゃい」
──コップを渡してくれればいいのに。
そう思ったが素直に従うことにする。
「それじゃ、ちょっとだけだからね」
「うん」
「はい、目を瞑って……」
「うん?」
何故そんなことを?
とは思ったがこれまた素直に従うことに──
瞬間。
唇に柔らかい感触。
開けた口にほのかにぶどう味。
直後に訪れる脳髄を直撃するような甘ったるい衝撃。
目を開ければ、目の前に義姉さんの顔が映る。
「……!?」
目の前の情報を処理しきれない。
脳がショートして思考がまとまらない。
直後。
にゅるりとした生暖かい何かが口に侵入してくる。
それは俺の舌をまさぐるように這いまわりだした。
ゾクゾクとした快感が背中から這い上がってくる。
脳がスパーク。理性が弾け飛ぶ音。
「っ~~!?」
キスをされている──ようやく俺は気付いて体をのけ反らせた。
ぺろり、と。
煽情的に舌なめずりをしている義姉さん。
俺は……俺は……
「な、な、な、なにしてるんだよ義姉さん!」
「何って……ちゅーだけど?」
「いやいやおかしいでしょ!?」
「えへへ……新ちゃんにちゅーしちゃった」
にんまりと、満足げな笑みを浮かべる義姉さん。
そこで俺はようやく気付いた。
いつにも増して義姉さんの目がとろんとしていることに。
まるで水にふやけたような目。
普通じゃない……。
「義姉さん……酔ってる?」
「酔ってないよ~?」
「ダメだ、酔ってるわこれ」
口元を拭う。
かすかに口の中に残るぶどうの香り。
その香りが先ほどの出来事が幻覚ではなかったんだと雄弁に伝えてくる。
「ねえ、新ちゃん」
「なんだよ義姉さん」
「もっかいちゅーする?」
「するわけないでしょ!? 家族なんだよ」
「家族だったらそのくらいするわよ~」
「欧米か! って今はそう言ってる場合じゃなくて……」
そう、今のが俺のファーストキス。
流れで強引に奪われてしまった。
──今のはノーカウントだよな……。
波留の顔が浮かぶ。
ちくり、と罪悪感。
しかし……俺の脳はこの快感を覚えてしまった。
背徳的な快感。
背筋が冷たくなる。
「と、とにかく」
今はやるべきことがあった。
「ぁん!」
義姉さんからコップを取り上げる。
「義姉さんはもう飲んじゃダメ」
「え~、せっかく気持ちよくなってきたのに……」
「外でも絶対に飲んじゃダメだからね」
「うぅ……新ちゃんに怒られた」
「義姉さんのためでもあるんだよ!」
思っている以上に義姉さんはお酒に弱いらしい。
外で飲んだら不埒な輩にあっという間にお持ち帰りされてしまう。
そういえば義母さんはどうだっけ……。
確かはちゃめちゃに強かったはずなんだけど……。
ぶーぶーと恨み言を漏らす義姉さんを強引に自室にまで手を引いて連れていった。
「後片付けは俺がやるから」、そう言って。
消えない。
片付けていても、何をしていても消えない。
俺のファーストキスは義姉さんに奪われてしまった。
そして不幸は続く。
プルルル。
ポケットに入れてあったスマホが震える。
「マジか……」
それは波留からの着信だった。




