11話 二十歳になった義姉さん①
「義姉さん、二十歳の誕生日おめでとう!」
「ありがと~」
テーブルいっぱいにご馳走を並べて。普段は節制してるけど今日は特別。
だって義姉さんの二十歳の誕生日なのだから。
こんな日はケチケチせずに贅沢に祝うものだ。
自分の誕生日だというのに張り切って料理をしようとする義姉さんを抑えて、駅前のデパートまで自転車を走らせて、義姉さんの好きな物ばかりを買い漁った。
もう十年近くの付き合いになるのだ。
義姉さんが何が好きで何が嫌いかくらいは知っている。
「ところで新ちゃん」
「なに?」
「ハッピーバースデーの歌は歌ってくれないの?」
「……歌ってほしいの?」
恥ずかしい。
こういうのはもっと大勢で祝う時にするものだ。
独唱するような曲ではない。
だが……それでも義姉さんが歌えというなら話は別だ……今日に限っては義姉さんの多少のダル絡みも受け入れる気でいた。
「新ちゃんの美声、聞きたいな~」
「ハードル上げないでくれる!?」
「はい、せーの」
「う……ハッピバースデートゥーユー……」
声を震わせながら。自然にかかるビブラート。
終盤に差し掛かるにつれて消え入るような声。
それでも俺は歌い切った。日頃の感謝を込めて。
パチパチパチ。
キャッキャとはしゃぐ義姉さん。
子供のような無邪気な反応。
ニ十歳児、と言いたくなる。
「嬉しいわ、新ちゃん。ありがと」
「どういたしまして」
「あ、私ちょっと泣きそうかも」
「涙腺緩すぎるでしょ……」
実際ちょっと瞳が潤んでる。
誇張ではないらしい。
「だって新ちゃんが義弟になってからもう十年が経つでしょ?」
「……あんまり思い出したくない記憶だけどね」
「私はね、嬉しかったんだ。ずっと弟が欲しいって思ってたんだもん」
「義姉さん……」
俺はクソガキだった。
当時小学校低学年だった俺は突然できた義姉にどう接していいのか分からず、素直になれず。
バーカ、バーカと暴言を吐いたり、理不尽なことでぶったり。
それでも義姉さんは、そんな俺を優しく家族として受け止めてくれた。
ここだけの話──絶対に本人には言わないが俺の初恋の相手は、義姉さんだった。
そんな義姉さんが一足先に大人になった。
今日は心の底から祝おう。
「あら、ごめんね。しんみりさせちゃった?」
「ううん、ちょっと懐かしくなっただけ」
「それじゃ、冷めないうちに食べちゃいましょうか。ん~、どれから食べようか迷っちゃうな。さすが新ちゃんセレクト」
「まあね……あ、それより義姉さん。あれ、忘れてない?」
「あらそうだった。せっかく冷やしたのに忘れるところだったわ」
立ち上がる義姉さん。
弾むような足取りで冷蔵庫へ。
そして冷蔵庫の中から取り出したのは……。
「せっかく飲めるようになったものね……」
「大人だ……」
そう、お酒。
二十歳になった瞬間に大人という種族に変わるわけではない。それは分かってる。
でも二十歳になると許されることが増える。その一つが飲酒。
「買う時ね、ちょっとドキドキしちゃったの」
「いいなぁ……」
憧れる。
飲酒、それは正に大人になることの象徴。
俺も早く飲酒できるようになりたい……。
とはいえ三月生まれの俺は今十六歳。
飲酒できるようになるのはまだまだ先の話。
「店員さんにね、年齢確認されちゃったの」
「おぉ……」
「私……お酒強いのかな?」
「さぁ……実はめちゃくちゃ酒豪だったり」
「酔っ払って何か変なことしても許してね?」
「変なことって何だよ、変なことって!」
「うふふ……冗談よ」
「義姉さんが言うと冗談に聞こえないんだよなぁ」
義姉さんが冷蔵庫から『ぼろよい』グレープ味を取り出して再び着席。
今度こそ食事の時間だ。
ぷしゅり。
コップに注ぐとしゅわしゅわと炭酸が弾ける音。
じーっと凝視する。
赤ワインに見えなくもない。知らないけど。
「それじゃ、乾杯しましょうか」
すっとコップを掲げる義姉さん。
そのコップにコーラの入ったコップを近づける。
「義姉さん、おめでとう」
「かんぱ~い」
チン、と軽くコップを触れ合わせれば今宵の宴の始まり。
コーラをぐっと一気飲み。
人工甘味料のわざとらしい甘さが口の中に広がる。
そんなことよりも、だ。
「どう? 義姉さん」
初めてのお酒を飲んだ義姉さんの反応の方が気になる。
ごくごくとコップを傾ける義姉さん。
いい飲みっぷりだ。
ビールでもないのに「ぷは~」と口を拭って一言。
「ジュースね、これ」
がくり。
確かに義姉さんが飲んでいるのは『ぼろよい』、アルコールは3%。
それでもお酒特有の味わいとか……ないの?
「あら、これなら私何本でもいけそうだわ」
「味はどうなの?」
「……ほとんどジュースね」
何故か俺まで残念な気持ちになった。
「ハーゲンタッツ」「ぼろよい」 実際の商品とは関係ないですから、はい。




