1話 三つ年上の彼女
彼女ができた。
それも年上の彼女だ。
高二の俺より三つ年上の大学二年生。
正真正銘のオトナだ。
そんな彼女との初デート。
今日のために買い揃えた大学生の間で流行のコーデ。
開店と同時に美容室に駆け込んで整えてもらった髪形。
精一杯の背伸び。
それも全て彼女の──椎名波留さんの隣を並んで歩くのに相応しい自分になるため。
十二時半。繁華街のランドマーク。
よく分からない形のモニュメントの前で俺はデジタル時計とにらめっこ。
しまった。
せっかく流行のコーデを取り揃えたのに、小物は普段のものをそのまま流用してしまった。
少し考えて、コーデから浮いているゴツゴツしたデジタル時計を鞄にしまう。
詰めが甘い。
これも全て経験の無さゆえか。切実に経験が欲しい。
などと余計なことを考えていると、
「や、新くん。待った?」
颯爽と波留さんが現れる。
ゆらり、ゆらり。
ミディアムロングの明るい茶髪と肩にかけたカーディガンの袖を揺らしながら。
「いや、今来たとこです」
初デート。
悪い印象は残したくない。
だから俺は使い古された紋切り型の言葉で答える。
くすくす。
片手を口の前に添えて波留さんが上品に笑う。
大人びて整っている顔の頬の辺りにえくぼが浮かんだ。
親しみやすさを演出する魔性の笑み。
笑われた俺は急に不安になる。
どこか自分の恰好に変なところがあったんじゃないかと思って。
「あの……何か?」
「いや? 実はね、五分前から遠くで見てたの」
「……!?」
「あはは! いつ気付くかな~って思ったんだけど全然気づかないの。もしかしなくても緊張してるでしょ?」
「いや……そんなことは」
出会って十秒。
既に波留さんのペース。
いつ来るかな……と周りをキョロキョロとはしていたんだけど、それでも気付かなかった。
気が気じゃなくて視野狭窄に陥っていたらしい。
心臓がバクバクと脈打っている。
自分が思っている以上に緊張していることに今更気が付いた。
「あ~、初々しいっていいなぁ……」
「からかわないでくださいよ」
「だってかわいいんだもーん」
「っ……」
ニヤリと。
例えるならシャチ。
獲物をいたぶる獰猛な肉食動物のような嗜虐的な光を込めた目線を向けてくる。
屈辱的だ。
大人ぶって取り繕った外見などこの人の前では何の意味も為さないらしい。
ハードボイルドを気取った所で所詮俺の中身はプルンとした半熟卵。
殻一枚破られれば、もう降参だ。
「それに……」
「まだ何かあるんですか?」
「彼氏彼女なんだから敬語はいけないゾ?」
「これはその……クセで」
「じゃ、これから治していかないとね~」
「はい……じゃなくて……ええと」
くすくすと。
てんぱる俺を見て波留さんが楽しそうに笑う。
出会った時からいつもこうだ。
俺が必死に背伸びしたのを簡単に見破っては弄んでくる。
「できないなら新くん、じゃなくて名字で呼んだ方がいい? 鳥羽くん♪」
「やめてください……本当に」
「敬語」
「えと……やめてってば」
「よし♪」
多分俺の顔は既に真っ赤になっているだろう。
顔が熱を帯びているのが、鏡がなくても分かる。
耳に至ってはカーッと熱い。
「それじゃ、行こっか」
「うん」
「ねえ、どこに連れて行ってくれるの?」
今日は俺がエスコートする──ということになっていた。
「映画館、波留さんが見たいって言ってた映画がやってるから」
「わぁ、覚えててくれたの?」
「もちろん、全部、覚えてます……じゃなくて、覚えてるから」
「ふふっ、かわいい……」
「……」
かわいい。
波留さんは口癖のように俺に向かってそう言ってくる。
褒められているのだから悪い気はしない。
悪い気はしないのだが……。
異性として見られているのか時々疑問に思う。
やっぱり男として見られるのであれば、「かわいい」より「かっこいい」と言われたいお年頃。
告白してOKをもらったのだから、ちゃんと異性として好意的に見てくれている──というのはおそらく間違いはないはずだ。
……だけど、やっぱり俺は「かっこいい」と言われたいのだ。
そのために付き合い始めてから(とは言っても一ヶ月も経っていないが)かっこいい鳥羽新へと生まれ変わるべく日々努力をしている。
今日はその成果を見せる絶好の機会だと思ったのに……。
初っ端からこのザマだ。先が思いやられる。
「ねえ、新くん」
「なに?」
「せっかく敬語はやめたのに、呼び方は『波留さん』のままなの?」
「いや……それは……その」
体育会系ではないが彼女とはいえ年上の相手を呼び捨てにするのは……ハードルが高い。
「私は『波留』って呼び捨てにしてほしいんだけどな~、それとも新くんは彼女のお願いを聞いてくれないのかなぁ~」
「っ~~! 分かったよ! 波留! 波留! 波留! これでいい?」
「よくできました、新くん」
ぽん、と。
波留が優しく頭を撫でてくる。
俺はあまり背が高くない。
170cm、平均よりもちょっと低いくらい。
それに対して波留さんはそこそこ高め。
165cm、顔が小さくて手足が長いからモデルみたい。
そんな波留がヒールを履けばどうなるか。
目線が俺よりわずかに高くなる。わずかに見降ろされる。
これまた屈辱的。
多分これでも波留は気を遣ってくれているのだろう。
付き合う前は──普段はもっと高いヒールを履いていることもあった。
要するに俺に合わせてくれているのだ。なんと情けないことか。
わしゃわしゃ。
……ここまで連戦連敗だ。
何とかして波留の鼻を明かしてやりたい。
その糸口を……
なでなで。
「っていつまで撫でてるんだよ!」
「あ、ごめーん。つい」
「もう……子供扱いしないでちゃんと彼氏として扱って欲しいんだけど」
「ごめんね、新くん。でもこれが私の愛し方なの♪」
「それにその『新くん』呼び! 俺だって波留って呼ぶことにしたんだから、波留だって呼び捨てにしてよ」
「えー、それは違うじゃん。新くんは新くんって感じだし」
「何それズルじゃん!」
「大人はズルい生き物なんです♪」
意地の悪い笑みを浮かべる波留。
一目で上機嫌だと分かる。だけど俺を見る目は完全に子犬とか兎とか愛玩動物を見る時のそれ。
──どうすればもっと頼りがいがあって男らしい! って思ってもらえるのか。
ここ最近の俺の悩み。
この悩みがキッカケになって、想像だにしない出来事が起こるなんて。
初デートに浮かれているこの時の俺には知る由もなかった。
連載始めました。
今日はキリがいい所まで投稿する予定ですので、よければブクマ登録して追っかけてもらえると嬉しいです。
 




