6 鑑札の弊害
完結済みではありますが、読み易いように改行等手直しをしております。その際「5 下衆」と分割しております。
宜しければご覧下さい。
6 鑑札の弊害
吉蝶の札持ち嫌いの訳、鑑札制度に因る弊害、それは。
制度から派生した、流派間の権力闘争である。
本来は一人前である事を証明する為の、信用の証である仮札。
しかし、これに加わった等級が、純粋な力だけの序列を示す事になったのは、当時の為政者達にも予想外の展開だったろう。
一札は、強者の証。
退治屋を志す者が、出来る限り生存の確率を上げたいと思うのは、当然の心理だ。
そこで彼等は生き延びる為に、挙って強者に教えを乞うた。
つまり、少数の一札保持者の下に、弟子入り希望者が殺到したのだ。
そうして瞬く間に膨れ上がった「一門」は、十年を経ずして「某流」を名乗る様になり、どの流派が最も多く一札を輩出するか、慶寿軍に選抜されるか、大店に召抱えられるかを競い始めた。
争いは過熱の一途を辿り、水面下での足の引っ張り合い、誹謗中傷は言うに及ばず、過去には暗殺事件にまで発展したのだ。
吉蝶はこれを「俗物共め」と両断する。
「最強を争うのならまだしも、対妖の為に修めた術で貴重な退治屋を抹殺するとは何事だ。大体、妖虫踏み潰すのに流派があって堪るか」
「ご尤も」
で、ある。
彼等は戦力増強の為に外部からの招聘にも熱心で、当然の如く吉蝶も招かれていたが、その全てをすげなく袖にしていた。
今では吉蝶を敵に回すと厄介だとの認識が共通し、味方に出来ぬなら触らぬ神に祟りなし、と「友好的でない黙認」に大半が落ち着いていたが、唯一斑だけが「非友好的」態度の儘なのだ。
「あの下衆は、本来四札相当だったものが、色々と公に出来ぬ手段で三札に上がったと専らの噂だ。そんな馬鹿なと笑い話に出来んのは、彼奴を真面な戦力には数えられん事が、周知の事実だからだ。おべっかで成り上がれるのなら、危地に赴きたくない者が真似るのも道理」
「それがあの取り巻き連中か。つーか、そもそも危険が嫌なら退治屋になるなっての」
正論である。正しく類は友を呼んだのだ。
「でも、潜りなら他にも居るだろうよ。あんただけこれ程絡まれる心当たりは?」
師匠をあんた呼ばわりだが、入門当初から敬語すら使っていなかったので今更な話だ。
吉蝶の方も鷹揚で、咎めた事は一度も無かった。今も気にせず話を続ける。
「有るぞ。私は強いんだ」
「うん。知ってる」
そりゃもう、嫌と言う程。
懸絶した、群を抜いた、桁が違う、等、他者との差を示す表現は多々在るが、吉蝶の場合は桁の外れ方が不自然な程強い。
退魔力で妖を倒すとは、端的に言えば、武具に退魔力を籠める事で妖にも有効な攻撃を繰り出す事だ。
徒手なら己の肉体に退魔力を乗せて打撃蹴撃、術は退魔力の視覚具現化。
防具は表面を退魔力の膜で覆って、妖の猛攻を凌ぐ。
結界障壁は防具に依らず、退魔力のみで防御壁を築く訳だ。
聖法具は膨大な退魔力を消費するが、その分、尋常ではない威力を発揮する。
吉蝶は、そもそもこの退魔力保有量が異様な高水準に在った。流石は神銀使用者と言うべきか、聖法具に振り回される事無く、存分に道具の力を引き出しても、まだ余裕綽々なのだ。
また、退魔力には質も有る。
同じ術、同じ武防具を使用しても、質の良し悪しで効果には雲泥の差が出るのだ。
己で強いと言うだけあって、吉蝶の退魔力の質もまた非常に高かった。
千砂は、質は中程度だが、保有量が少ない為持久力に欠け、複数の術を同時に行使する事も難しかった。
質と保有量は、札の等級にも関わる。
修行である程度強化出来るが、生まれ持った本来のものの差は、矢張り如実に表れる。今の儘では、千砂は正しく四札相当だった。
「ひょっとして、やっかみか?」
それなら、斑より強い潜りが全て嫌がらせの対象になりそうなものだが、目立つ吉蝶が目の仇にされるのは、まだ理解出来る理屈だ。
「と、言うより、異端排除だな」
「異端?」
「流派に属さぬ異端者が強者である事が納得出来ん、との理由が先ず一つ」
「何だそりゃ」
「目立つ一匹狼は、憧憬を以て孤立を尊重されるか、組織に依らねば生きられぬ輩に憎まれるか。私は斑に出来ぬ生き方のほぼ全てが出来るからな。彼奴はさぞ憎かろうよ」
無いもの強請りの逆恨みとは。
「……餓鬼以下だな。先ずって事は、他は?」
「私は女だ」
「……うん。それも知ってる」
女の色気には乏しいが、誰がどう見ても吉蝶は少女である。男だったら吃驚だ。
「女の退治屋は少ないからな。退魔力が発現しても、女は工房術師になる者が多いだろう?」
「……そう言えば」
確かに、吉蝶の他にも前線で活躍する女性は居るが、大半は危険の少なく、また老いてからも働ける工房術師の道を選ぶ傾向にある。
「自分には無い能力を、少数派の女である私が有している事が、我慢ならんのだろうよ」
「……あほらしい」
正に感想はそれに尽きる。吉蝶も肩を竦めた。
本当に、相手にするだけ馬鹿馬鹿しい。
「だから、お前もあんな安い挑発に乗るな。相手をするだけ時間の無駄だぞ」
……今、妙な発言があった様な気がする。
「……オシショーサマ、今、メッチャ喧嘩売ってましたヨネ」
それともこの場合は買った事になるのか。
「それは違う。安く買って高く売る、が商いの基本だろう?」
「……だから?」
「だから、喧嘩を底値まで買い叩かれても良いなら買ってやるぞ、と、交渉したのだ」
「……」
何処にそんな高度な取……否、駆け引きが。
「……しかし、最近毒気が増したか」
「毒?」
何の話だと聞き返せば、吉蝶は顎を刳る。
「斑だ。どうも……矢鱈と執拗な」
細い顎が示した先に、這々の体で退散した男の姿は、既に無い。
以前を知らぬ千砂は、暫しの熟考の後、もしかして、と己を指した。
「俺が増えたから。いちゃもん付けるネタも増えたんじゃないかな」
ふむ、と、退場した「所詮小者」の残滓を腕組みして見送る吉蝶に、千砂は、斑が言った様に、自分を弟子にした理由を訊ねたい衝動に駆られた。
寸前で踏み止まれたのは「何故私に弟子入りを望んだ」と、先程の話を蒸し返されそうな気がしたからだ。
それに、斑が矢鱈と絡んでくる原因が本当に自分に有るとしたら、謝る筋ではないが申し訳無い様な気もする。
一方、吉蝶が考え込んでいたのは暫しの間だった。
直ぐにこれ以上不快な事で頭を使いたくない、との風に手を振って思考を散らす。
「千砂」
「あいよ」
ここからは恒例行事だ。吉蝶の合図で、千砂は声を張り上げた。
「騒がせて申し訳ない。迷惑料代わりにまた何か買わせてもらうぞ!」
千砂の口上に、周囲の露天商達が歓声を上げる。
実はこれは、千砂の上申で始めた事だった。
弟子入りして直ぐの頃、今の様に往来で斑に難癖を付けられたのだが、斑を冷然と蔑む吉蝶を、野次馬を含めた周囲は遠巻きに見守るばかりだった。
弟子も付き人も居ない孤高の退治屋の為人が量れず、慶寿で三年名を売っても尚、吉蝶は親しいと形容出来る相手が居なかったのだ。
吉蝶も、自分も斑の被害者だからと、露天商達に謝ろうとはしない。
しかし、意図せずとも往来を妨げ、商売を邪魔した事は事実なのだからと、毎日定位置に構える店に限って、適当な買い物をする事にしたのだ。それなら顔見知りも出来、下町の情報も入手し易くなる。
これが効果覿面で、今では吉蝶が斑の顔に泥を塗る様を楽しみにする行商人や、吉蝶の信奉者まで現れる始末。
今も「良い啖呵だったなぁ」「毎度惚れ惚れする気風の良さだねぇ」等と賞賛され、迷惑料を払う筈が、お代は良いからと、逆に複数の店からお土産を持たされてしまった。
それ等、野菜や果物が満載の紙袋を家まで抱えるのは、勿論千砂の役目だ。
まあ、これぐらいでも役に立てる事があるなら、斑よりはマシかな、と、重い荷物を抱えて思う最近の千砂なのであった。
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星を掴む花
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