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天に刃向かう月  作者: 宮湖
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5 下衆

完結済みではありますが、読み易いように改行等手直しをしております。その際「6 鑑札の弊害」と分割しております。


宜しければご覧下さい。


 5 下衆



 弟子入り先を考え直そうか、等と、些かならず罰当たりな事を三割本気で考えながら在らぬ方へ遣った視線の先、此方を舌舐りして待ち構える男に気付き、千砂は思わず、げ、と呻いた。

 釣られた吉蝶もその男を認め、ち、と舌を打つ。

 二人の顔を顰めさせたのは、潜り黙認の()友好性と、吉蝶が札持ちを嫌う最たる理由の体現者。


「無視だ無視」

「いや気持ちは解るけれども目が合っちゃったら無理だろこの距離で」


 思い切り嫌な顔しちゃったしそれ見られたし、等とやっている間にも、その矮躯の男は取り巻きを引き連れて近付いて来る。


「顔と名前は知っているが、親しくは全く無いのだから、挨拶する必要は無かろう」

「……それが通用するのなら是非とも」

「敬意と礼儀は、それに相当する相手にだけ払うべきなのだ。年上だ先達だと誰彼構わず乱発するから、ほれ、ああ言う馬鹿が誤解する」


 処世術とは真逆の発言。一度で良いから、千砂も口にしてみたいものである。

 吉蝶にそれが許されるのは、周囲を黙らせるだけの実力と実績が有るからだ。


「ああ言う馬鹿」の所で、菫の瞳を氷に変えた吉蝶は先を急いだが、生憎相手はそうは問屋が卸さなかった。

 ずい、と短い足を盛大に伸ばして、吉蝶の行く手を阻もうとする。

 腹の突き出た男の足は短過ぎて、物理的には一向に役に立たず、成り行きを見守る通行人や露天商達、周囲の失笑を買ったが、非常に都合良く出来た男の耳には届かなかった。


 一方で、視界に無理矢理入り込まれた吉蝶は足を止めざるを得なくなったが、男に向き直るまでの数瞬に表情も正しく氷変させて、首をぐるりとそちらに向ける。


「何か」


 平坦なのでも無表情なのでもなく、口調からも一切の色を消して、ただそれだけを口にする。

 完全拒絶の氷の壁は厚く、真面(まとも)な感性の持ち主ならそれだけで怯んで退散する処だが、残念ながら、最初から二人に因縁を付ける気満々の男の感性には響かなかった。


「二日も家を留守にして、一体何をやってやがったんだ? ん? 吉蝶よぉ」


 発言にも外見にも品性も感性の欠片も無い男は(まだら)と言い、これでも三札を戴く退治屋である。

 しかし、ぶよぶよと弛んだ腹と髀肉を嘆くのも無駄な足から窺い知れる通り、札位認定されるや、言を左右にして実戦から逃げ回る様になった似非退治屋、潜り以上の潜り(吉蝶談)だ。


 潜り排斥論者だと公言する愚かな夢想家(これも吉蝶評)――先程吉蝶が説いた通り、現実問題として潜りを排斥するのは不可能――でもあり、排斥なんぞと大層な言葉を使うくせに、実際は精々下劣で卑怯な嫌がらせか絡む程度と言う小者である。


 吉蝶とは以前に悶着でもあったか、千砂も相手にはしないが、僅か一月で姿を見るなり、げ、と呻きたくなる程度には不快な思いをさせられていた。


 油に塗れた分厚い唇から、唾と共に悪意が飛び散る。

 一々監視してやがるのかよ、と毒突いたのは千砂で、家主の方は一声も発さず斑を見返すだけ。無言の肯定でも、先を促すのでもない完璧な黙殺にも、矢張り気付かぬ愚者は、更に下卑た嘲笑を加えて続けた。


「なぁ、吉蝶。これまで弟子なんざ一人も取らなかったくせに、この優男の何処が気に入ったんだ? ん? あぁ、こういうのが好みだったのか。荒くれ男ばっかりの慶寿じゃ、そりゃあ満足出来なかったろうなぁ。疲れてるみてぇじゃねぇか。寝不足か? 二日間もどっかにしけ込んで、乳繰り合って来たのかよ」


 取り巻き共が一斉に卑猥な笑い声を上げる。


 斑に対しては無視が一番と承知の千砂も、この聞くに堪えない下品な挑発には、流石に気色ばんだ。

 手前(てめぇ)、と低く呻くや、地を摺る様に一歩を踏み出――そうとしたのを、さ、と細い腕を上げて、吉蝶が制する。

 軽く上げた手の甲が千砂の胸に僅かに触れただけなのに、その一挙だけで青年の激昂が治まったのは、師の威厳と言うよりも、吉蝶にしかない覇気の様な何かの所為か。


 思わずまじまじと己を見詰める弟子は意に介さず、そんな難事をしてのけた当人は、にっこり笑ってこう宣った。


「驚いた。感動的だ。下衆が本当に下衆の勘繰りをする処を、私は今初めて見たぞ」

「なっ」


 ぶ、と噴いたのは千砂だけで、他は全員絶句の上固まった。


 生意気な小娘ではあるが、年頃の少女が野卑な言葉を投げ付けられたのに、ここまで舌鋒鋭い反撃をするとは想像していなかったのだ。


 これは鈍い斑にも漸く通じ、怒気と屈辱で醜悪な容貌が赤黒く染まる。

 序で、少女の胸の空く様な切り返しと、男の不様な反応に、周囲から抑え切れない忍び笑いが広まり、形勢不利を察した取り巻きに促された斑は、野次馬に虚勢の睨みを残して退散した。


「……なんであの野郎に取り巻きが居るのかが不思議だ」


 尊敬、敬慕の念からは最も縁遠い下衆。生まれた時から馬鹿(ああ)だったとしか思えない。

 あれで実は面倒見が良かったりするのだろうか。


「類は友を呼んだのだ。欲もな」


 即興の辻興行も幕と見た野次馬が通行人に戻る中、「不様な小者」を見送る千砂が納得行かんと首を傾げると「悪党に果敢に立ち向かう美少女退治屋(しゅじんこう)」が答えてくれた。

 因みに、千砂の役回りは「主人公の少々頓馬な仲間」と言った処か。

 正直「右腕」とか「側近」にはあまり成りたくない千砂である。


「あのクソッタレに付くと良い事有るのか?」

「上に取り入る手段は各種取り揃えて壮観だぞ。阿諛追従、諂い、媚びる、歓心を買う……迎合を表す言葉と同じ数だけな。胡麻擂りの教本を作るなら見事な手本だ」

「退治屋がそんな手管学んでどうすんだ」

「全くだ。だがそれが役立つと斑が証明したからな。……師匠と弟子、ただそれだけで良いものを、権力なんぞに目が眩みおって」


 吉蝶が、姿無きものに吐き捨てる。





お読みいただき有り難うございます。

ご感想等ありましたら是非お願いします。励みになります。★★★★★の評価も頂けるとなお一層有難いです。


全く別の世界観ですが、お時間がございましたら、


星を掴む花

竜の花 鳳の翼


も、ご覧下さると嬉しいです。

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