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天に刃向かう月  作者: 宮湖
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4 妖

完結済みではありますが、読み易いように改行等手直しをしております。その際「2 慶寿の退治屋」「3 素敵な昼食?」と分割しております。


宜しければご覧下さい。


 4 妖



 さて、今程吉蝶が口にした事だが、対妖能力、所謂退魔力(たいまりょく)は天稟で、大抵は幼少時、早ければ誕生時に発現し、その儘徒弟生活に入る。

 住み込み、内弟子等、形態は師事した相手次第だが、どの国でも十年前後を修行期間とし、師の了承と推薦を以て独立する。綾京ならば仮札を受ける訳だ。その後、単独で仕事を請けるか他者と組むかは、人それぞれである。

 無論、長じてからの能力発現も皆無ではない。何か大きな怪我をしたり、大病を患ったり、或いは妖に襲われて九死に一生を得た後等がそうだ。


 因って、少数ながら成人して尚見習いの者も居る為、千砂が退治屋見習いである事自体は別段奇異ではなかったが、その場合は自分よりも年長者を師と仰ぐのが普通だろう。

 年下、しかも小娘、しかも生意気。たとえ綾京でも一、二を争う凄腕退治屋でも、およそ成人男性の弟子入り先には向かぬ相手の筈だ。


 因みに、仮札が免許皆伝的意味を持つ綾京では、暫く前からこの徒弟制度に弊害とも言える事態が発生していた。

 吉蝶が潜りでいるのは、これを嫌った事が理由の一つである。


「訳有り故に札持ちにはなれず、どうせ潜りを師と仰ぐのならばと、強者を望んで我が門を叩いた……成程、取り敢えずはそれで構わん」


 淡々と、吉蝶は弟子入り志願時の千砂の建前を口にする。


 やっぱり見抜かれていたかと、千砂は内心で顔を顰めた。


 入門して一月、そんな事など噯尾にも出さず、密かに探りもせず、平然と一つ屋根の下で暮らしていたのだから、我が師ながら得体が知れない娘だ。


「訳を明かせんのは、他者には理解され難いからか、外聞を憚る話だからか……だがな、承知の通り、中妖(ちゅうよう)以上は人にも憑く。心に闇が有るのなら、到底妖には対峙出来んぞ」


 札持ちに等級が有る様に、妖にも能力別の大まかな区別が有る。無論、人が便宜上分類したものだが、下から妖雑(ようざつ)下妖(げよう)、中妖、上妖(じょうよう)、大妖の順で、妖雑は要するに、妖の雑魚だ。昨夜二人が退治した妖虫は、妖雑に当たる。


 下位二妖に外見上の差は殆ど無く、巨大化、異形化した虫や動物を想像すれば間違い無い。

 異形化とは、その生物には有り得ぬ姿形への変化の事で、角が生えた鮭並に巨大な金魚や、六本足の雀等、変化に規則性は皆無だ。


 妖雑と下妖を一括りに卑妖(ひよう)とも言う。

 妖雑と下妖を分けるのは、統率の取れた群れとして行動するかどうか、即ち、同種間での意思の疎通の有無なのだが、判断が難しいのは元の生物の習性に左右されない点で、例えば、妖蜂の大群が発生したとしても、ある町では、明らかに群れを率いる頭領役の采配で札持ちが苦戦したのに、別の村では札持ちを助勢した自警団が各個撃破で叩き落せた、等の話に見る事が出来る。


 しかし、卑妖だ下妖だと言っても、それは飽くまで妖に憑かれた哀れな生物の話。卑妖に憑く――生物を妖へと変貌させる大元の妖については、未だに不明の儘だ。

 この大元の正体が全く摑めぬ為、最近は上位の妖の妖気の影響では、との説も浮上してきている。


 その上位の妖、卑妖に対する分類に、中妖と上妖を併せた貴妖(きよう)がある。

 これは単なる言葉の差ではない。中妖から上は別格――強さの次元が異なるのだ。


 先ず、姿から醜悪さが消える。中妖は獣、上妖は人と比べて遜色無い。上妖も、本来は獣だが、人に化ける事も可能なのだと言う者も居る。

 卑妖が現実の生物の異形化ならば、中妖はお伽話等の想像の化け物だ。勿論、有翼の巨蛇や複尾の猫等、恐ろしい外見は同じだが、本能(しょくよく)の儘に襲い掛かる卑妖と異なり、知性を有する為か、吐き気を伴う恐怖が薄れるのである。


 代わりに増すのは妖圧――真性の存在感から来る、恐怖だ。


 毒の瘴気よりも、妖の覇気たる妖気で他を圧し、欲のみの妖雑さえも、本能的恐怖で決して活動領域には近付かぬと言われる。


 人間は餌だが無闇に喰い散らかす事はせず、中妖は血肉を好み、上妖は寧ろ、人の精神を喰う。


 人に囁き、唆し、悪に引き摺り込み、或いは絶望に突き落とし、欲望に塗れた心を、狂気に染まった精神を啜るのだ。

 故に上妖は人に化け、人に交じり、心の隙を衝く機会を耽々と狙っているとされる。上妖にとって下賎な生物――人間は娯楽の種ですらあるのだ。


 妖気に中てられたのではなく、心を喰われた状態を、人の場合は「憑かれた」とする。

 憑かれて自我が崩壊し、肉体も妖気に負けて損壊、或いは異形に妖変した元人間は堕妖(だよう)と呼ばれ、最早、そこに人の思考も心も存在しない。

 妖雑の様に、瘴気を撒き散らしながら人を襲うだけなのだ。


 殺してやる事が救いで供養だと解っていても――堕ちてしまってはもう助ける術は無い――流石に元人を倒すのは嫌がる退治屋も多く、堕妖専門の退治屋も存在する。

 堕妖が妖の分類に含まれていないのは、矢張り、感情的に割り切れぬものが在るからだろう。


 因みに、中妖以上には明確な意思が有り、己よりも強者、上位者への服従意識――階層が有る事が確認されている。

 中妖には単独で立ち向かってはならず、上妖に至っては熟練の退治屋が五人以上、それも一札が周到に準備を調えた上で事に当たるべきとされていたが、幸いな事にと言うべきか、それ程の強者は妖内でも絶対数が少ないのか、それとも余程化けるのが巧みなのか、綾京でも上妖退治は年に一、二件の報告しかされていなかった。


 そして、大妖。ほぼ伝説、神話級の存在である。


 その姿は千変万化、尋常非ざる美貌の人の姿とも、竜だとも、実体を持たず風の中に生きるのだとも言われる。


 獣の姿を取ったなら咆哮一つで山が割れ、猛禽ならば羽搏き一つで空が鳴り、猛き妖気は神威の如く天を覆い、抱く妖力は万物を跪かせると伝わる。

 最早妖を超えた、大妖を神と祀る民が居るのも然もありなんと頷ける領域の存在なのだ。


 最新の目撃例は数十年前、しかも貴重な証言者は、大妖の妖気を浴びて瀕死の状態で何とか逃げ延びた処を保護されたが、呂律の回らぬ舌で大妖を見たとだけ告げて息絶えており、些かどころでなく詳細と信憑性に欠ける。

 だが、それでも、存在を疑う者はいなかった。


 上妖さえもが傅く、神にも等しい妖を。


 だが大妖は兎も角、妖雑にさえ梃子摺る現状では、とても退治屋を名乗れぬ身だとの自覚は、千砂にも有る。

 退魔力に秀でてもおらず、それを補う武術の才に溢れた訳でもなく、困知勉行の思いで努力するにも歳が遅く、独立に十年以上を要する事は誰の目にも明らかだ。


――だが、それでも尚。


 無意識に胸元を押さえた千砂を、吉蝶が感情の読めぬ双眸で見詰める。

 菫の瞳は時に、言葉よりも鋭く他者を射抜く。師の視線を受け止めかねて、千砂はふい、と更に顔を背けた。

 後ろめたいのではない。聡明過ぎる吉蝶には、思考さえも読まれてしまう気がするのだ。


 全てを打ち明けていない事に――信頼で繫がった師弟関係を築こうとしていない事に、千砂が一種の申し訳無さを然程感じずに済んでいるのは、まだ入門してから日が浅い事実の他に、師匠の方もかなりの訳有りである事が明白だからと言う事もあるだろう。


 大体、怪しさ加減なら、吉蝶だって良い爆発具合なのだ。

 退治屋には有り得ぬ若さに続く、生まれ育ち経歴の一切が謎。

 初登場は三年前の慶寿で、旅姿の少女が通りすがり()中妖(敢えて首を突っ込んだのだ。しかも()()()()()()()())を単独で伸した――つまり十三歳の(凄腕)旅の退治屋が中妖を独りで倒したのだから、話題にならぬ訳が無い。

 この衝撃話は、電光石火の勢いで慶寿から綾京全土に広まり人々を熱狂させたが、後に詳細を直接本人から聞いた千砂は眩暈を感じたものだ。


「『あ、中妖』で、退治すんなよ!」

「少し先に明らかに飢えた風の妖が居たら、それは退治するのが筋と言うものだろう」


 対中妖単独行動禁止の常識は吉蝶には無い。


 更には、正体不明に加えて、大妖並みに稀有な退治技量、知識。


 極め付きが聖法具(せいほうぐ)である。


 そもそも聖法具――聖具とは、非常に稀な鉱石御神石(みかみいし)から、これまた非常に特殊な鍛錬法で作る滅魔の武防具で、神鉄(かみくろがね)を鍛えれば武具となり、神鋼(かみはがね)を鍛えれば防具となり、神銀(かみしろがね)を鍛えれば足らぬ事無き聖法具となる、と言われる。

 神銀は、神鉄と神鋼両方の性質を兼ね備えた無欠の聖具の元なのだが、吉蝶が聖法具所持者では可怪しい点は、その稀少性に在った。


 非常に稀な鉱石――金の様に、鉱脈が稀なのではない。


 御神石は石にあって石に非ず、鉱脈から産出される石でも有り得なかった。


 三種中最多の神鉄は、十年に一度、九竜岐の砂中から見付かるとされるが、御神石探しを生業とする流浪の民は、砂漠の縁を彷徨くのが精々。十年に一度とは、その周期で炎風が強まるだけの事で、炎魔撃退後の惨憺たる戦場跡を調べると、稀に九竜岐の縁で拾う事が出来るのだ。


 神鋼は、太古の森に暮らす民が有し、流浪の民との取引で、神鉄以上の間隔で外部に流れる。

 一説には、森の民の長一族にだけ口伝の製法が有り、代替わりの時に作られるのだと言われる。


 そして、最も稀少な神銀は、大妖の眼だとも、天寿を全うした大妖の心の臓だとも伝わるが、何れにせよ、確たるものが在る訳ではない。

 人が知っているのは、御神石が神秘の力を秘めた滅魔の要である事だけ。

 吉蝶は、妖の謎と合わせ「人の得た知なぞ、その程度でしかないと言う事だ」と達観している。


 しかし、仮に大妖の目であろうと臓器かもしれなくとも、金銭で贖える(もの)ではない事は明白で、しかも、それを十三で既に腕に嵌めていた事が異常である事も解り切っているのだ。

 聖法具の使用には、膨大な退魔力が必要なのである。


 加えて、御神石は、鍛冶屋の手で鍛えられるものではない。

 石に応じた術式に則り、大量の退魔力を直接注ぎ込む事で、術者の意の儘に形を変えられるのだ。


 当然、術者一人では事足りず、退魔力に秀でてはいても、性格面等で戦闘には向かぬ者、即ち退治屋には不適合な者達が工房を結成し、数人で組んで加工に当たる様になった。為に、工房に属する有退魔力者は、工房術師と呼ばれる。


 聖法具の製作加工には数年を要する事も珍しくない為、どの工房の何と言う術師が作った聖具かを調べる事は難しくない。

 だが、慶寿の詮索好きな同業者達がどれだけ調べても、吉蝶の腕輪の製作工房が摑めないのである。


 怪しいのはお互い様だが、程度も矢張り師匠の方が桁が違う。

 胆力だけでも、吉蝶は桁違いどころか桁外れなのだ。


 弟子入り先を誤ったかな、と思わないでもない千砂が、弟子入りしてから日常的に最も()()な頭痛の種に遭遇するのは、この数拍後である――。




お読みいただき有り難うございます。

ご感想等ありましたら是非お願いします。励みになります。★★★★★の評価も頂けるとなお一層有難いです。


全く別の世界観ですが、お時間がございましたら、


星を掴む花

竜の花 鳳の翼


も、ご覧下さると嬉しいです。

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