3 素敵な昼食?
完結済みではありますが、読み易いように改行等手直しをしております。その際「2 慶寿の退治屋」「4 妖」と分割しております。
宜しければご覧下さい。
3 素敵な昼食?
二人は、数軒の屋台で適当な軽食を大量に買い込むと、雑踏の途中で南に折れた。
最後に食事をしたのは昨日の夕時、それも仕事の前に大急ぎで握り飯をかっ込んだだけで、雇い主に首尾を報告し、報酬を受け取って直ぐに帰路に就いた為、半日以上空腹を抱えていたのだ。
ちょうど太陽が中天に在る昼飯時、良い匂いをさせている屋台の前を素通り出来る筈も無い。
祭りの縁日の様な喧騒を背に、千砂が野菜の素揚げを幾つか続けて口に放り込めば、隣で吉蝶は鶏肉の串焼きを頰張る。
吉蝶が、行儀だの外聞だのに口煩い事を言わぬ師匠である点を、千砂はとても気に入っていた。
「――虫?」
一頻り腹の虫を宥めた処で、互いが抱えていた軽食の袋を交換する。
蓮根の揚げ物にぱくりと嚙み付いた吉蝶は、咀嚼しつつ頷いた。
「虫の卵だ。この手の依頼は、結構多い」
欲求を満たすまで、師の方に昨夜の妖を説く余裕が無かったのである。それは弟子も同様なので、正常に頭が働く時の講義は有り難かった。
「種は問わん。彼方此方に虫が卵を産み付けるだろう。それに妖が乗じるのだ。知恵が有るのか、本能なのかは知らんがな」
葉の裏、木の枝、軒先等、無数に産み付けられる虫の卵。それに妖が便乗した結果を想像し、千砂は、う、と呻くと、串焼きから口を離した。
甘いと言われるのは承知の上だが。
「……食事中は聞きたくなかったなー」
閃いたのは、昨夜よりも更に冷厳たる眼差し。
「惰弱な。本当に、よくその程度で退治屋を志したものだな。考え直すなら止めんぞ」
「……惰弱って。人に言う奴初めて会ったよ」
そして、正面から言われたのも初めてである。
弟子の感想に、吉蝶はそれ以上の価値を認めず、平然と南瓜の揚げ物を摘まんで続ける。
「寄生した妖の幼体は、孵化前なら常人の自警団でも、潰すなり焼くなりして退治出来るが、妖虫になってしまうと厄介だ。動くからな」
動く――即ち、人を襲う。
「成体は言うに及ばず。種差は在るが、小さくとも人の拳位にはなる。数も多いし侮れんぞ」
「例えば……蚊とか? 巨大孑孑から」
巨大蚊に吸血されるなんて怖気が走る。先ず外見が嫌だ。蚊取線香も効かなそうだし。
「僅かな血液では済まんぞ。触れたが最後、あらゆる体液を吸い尽くされて終わりだ。しかも生きた儘だからな。絶命まで苦悶する」
「蚊って、麻痺毒仕込むんじゃなかったか?」
「妖化した毒を注入されたいか?」
「……いや、やっぱいいわ」
師匠は、弟子の反応を冷笑で切り捨てた。
「ふん。今回は孵化前で種は不明だったが、憑いたのがそこそこの妖だったようだ。卵内で幼体が既に妖気を発し、結界を形成していたのだな。無事、成体に成り果せるまで身を護ろうとしたのは、さて、どちらの本能だかな」
あの妖圧で「そこそこ」なら、大妖の凄まじさはいか程か。それとも吉蝶が桁違いなのか、未熟な千砂には判断が付かぬ。
大体、視界も利かぬ緊迫した状況下で、何故、弟子の様子を正確に把握していたのか。
絡繰でも有るなら、是非種明かしをしてもらいたい千砂だ。
「卵が妖の温床になるのか……」
綾京は既に仲春を迎えた。間近に砂漠を臨んでも、綾京に豊かな四季が訪れるのは、大雪山を通年冠雪させ続ける大寒気団と、南までも届く雄大な水流のお蔭だった。どちらが欠けても、綾京は荊州の儘だったろうと言われる。
遥か上空の強烈な冷気の塊が、南からの激甚な熱を抑え、或いは冷やし、強い川風が地表に適度な湿度を運んでくれるのだ。
しかし、冷徹な天界の氷女も、年に一度は鉾を納める、若しくは炎帝の顔を立てるようで、それが盛夏から晩夏の間に数日吹き荒ぶ、炎風なのだった。
既に芽吹く時季は終わり、万物は活発に動き始めている。豊かな四季と言うが、綾京では矢張り春、特に夏が一番長い。
妖虫だけでも一体どれ程の数になるのかと、想像だけで蟻走感と疲労感に襲われた千砂に、吉蝶は悪戯っぽい、或いは、少々意地の悪い笑みを浮かべた。
「もっと悍しい話をしてやろうか。虫は数が厄介だが所詮雑魚。手間なだけで、孵化しても真っ当な退治屋ならば、最終的には始末出来る。害虫駆除と同じだ。だが、多胎の動物だとかなり面倒だぞ。仔でも妖。繁殖力の強い鼠なんぞ最悪だ。それこそ鼠算的に増えるからな」
「虫と小動物は全然違うだろ!?」
「人の話は聞け。種は問わんと言ったろうが」
母体に妖が憑く事もあれば、強い妖気に中てられ、妖化した状態で妊娠、出産に至る事もある。
或いは、虫の卵同様、胎内の仔に妖が乗じたり、母体に変化は無くとも、胎児だけが妖気で妖変する事も珍しくはない。
何れにせよ、生まれた瞬間から、それ等は凶暴な妖として人や家畜を襲う。
本体である動物の本能と相俟って、その勢いは妖虫の比ではない。妖化は凶暴化巨大化を伴う為、母体の腹を喰い破って自ら地を踏み締める等ざらだった。
「そう言う意味では、妖虫退治はボロいぞ。基本的に抵抗されんからな」
「妖気凄かったじゃないかよ!」
「戯け。想像力の無い奴め。十数匹の仔牛大の鼠の群れに突撃されるよりましだろうが」
吉蝶は、空にした袋を握り潰しながら宣った。
食わんのなら寄越せ、と食欲を無くした千砂の手から串焼きを奪う。大した胃袋である。
今回の依頼主は、ある村の庄屋だった。村人が卵に気付き、自警団が動いた時には既に手遅れで、札持ちは妖蠢動の季節を迎えて手一杯。
庄屋が自腹を切って、吉蝶を雇ったのだ。
仕事後、村側はお疲れでしょうと饗応を匂わせてくれたが、村の経済状態を承知の吉蝶は丁重に謝絶した。
元々潜りは黙認状態でも、依頼自体は秘密裏に行われるものだから、大っぴらに宴会と言う訳にもいかぬ。
一方で、ふんだくろうと思えば幾らでもふんだくれるのが潜りとも言えるが、吉蝶は依頼主の財政状況をきちんと把握して、報酬の交渉に臨む。
勿論悪い奴からは、ごっそり奪い取るのだ。
札持ちはこの辺の事前調査が不要なのが、特長の一つと言えるか。
全てを己でこなさねばならぬ潜りは、問題が起きても全て己の責。
吉蝶も、高額過ぎる報酬と、小娘のくせに生意気過ぎる態度の所為で怨まれ、度々刺客を送り込まれていたが、刺客は全て完膚なきの返り討ちに遭っていた。
「で?」
あっと言う間に串焼きも平らげ、空の紙袋で手を拭った吉蝶は、不意に千砂を見上げた。
「でって?」
「歳は兎も角、退治屋としては、ぎりぎり四札程度のお粗末な力しか持たんお前が、潜りに、しかも年下の小娘に弟子入りしてまで退治屋を志す訳有りの訳を、話す気にはなったか」
これに千砂は目を逸らせて答え、吉蝶はそれを見て、ふむ、と首を傾げて応じた。
東の森の民の血を引くと一目で知れる、鳶色の瞳と柔らかな亜麻色の髪。清げな音の名は乙女を連想させそうだが、千砂は今年二十一を迎えた、歴とした成年男子である。
六尺には届かぬ背丈は全体に引き締まり、長年の旅暮らしで培われた無駄の無い動きが、剛よりも柔を感じさせる。
整ってはいるが、精悍よりも柔和に大きく傾いた容貌と相俟って、歳よりも二つ三つ若く見られる事が多かった。
慶寿に在ってさえ、とても退治屋見習いには見えぬ。大店の苦労知らずの若旦那、と言われた方が、余程万人を納得させられるだろう。
一方の吉蝶は、五尺強の背に、性格を現したかの如き真っ直ぐな黒髪、紫水晶の様に輝く綺麗な菫色の瞳の少女である。
自称十六だが、それにしては懸絶し過ぎる高い退治技術と、碩学過ぎる知識、傲岸不遜な態度、と、千砂とは逆の意味で歳相応に見えぬ。
長い睫毛の下の切れ長の瞳に在るのは、常に冷徹、或いは沈着冷静な観察者の如き光で、年頃の少女の愛らしさは欠片も無い。
しかし大人の妖艶さも無く、氷の美貌は宝の持ち腐れと、専らの評判だった。
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星を掴む花
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