25 居ない筈の者
完結済みではありますが、読み易いように改行等手直しをしております。その際「24 反逆者の意志」と分割しております。
宜しければご覧下さい。
25 居ない筈の者
「因みに、歳を訊きたいか?」
普通は女に歳を訊くなと言う筈だが、そんな陳腐な台詞とも、矢張り吉蝶は無縁だった。
「五十を超えた辺りまでは数えたが、その後、馬鹿馬鹿しくなって止めた。暦を計算すれば分かろうが……本当に訊きたいか?」
「……イエ止メテオキマス」
何か怖い目に遭いそうで、千砂は斜め上に目線を逸らした。
歳が可怪しかったのは確かだ。
最低十年とされる修行期間をどれだけ短縮したとしても、綾京で三年前から活躍出来る訳がない。
親も退治屋で、赤子の時から伴われていたとでも言うのなら、可能性は無くは無いが、子連れ退治屋の噂等、それこそ流れた事は無いのだから。
人の倍の時間を勉学修術に割けると言った時、朱雀が妙な表情になったのも道理である。
そんな千砂を鼻で笑い……吉蝶の書付を選り分ける手が、不意に止まった。
こんな会話の中でさえ、吉蝶は最善を続けていたのだから、その理解力には驚くしかない。
序で、己で作った紙の山を、猛然と崩し始める。
「な、何だ!? どうした」
「堕妖も異界も、北の中心街は被害からは外れている。多少は札持ちの結界が役に立っているのだろうよ。あの程度を嫌がるのならば、異界の妖は、矢張り、下妖と見るべきだろう」
目的の書付を見付けたか、数枚を射抜く様な目で薙ぐや、今度は地図の印を春笋で追う。
「堕妖も同じと思われていたが、二件目だけは、中心街と別邸街を移動する番頭が狙われている。正確には、中心街の結界を出た直後に」
繊手が翻る様にして、地図に朱の丸を付けた。
「偶々堕妖が其処に居たからか? 嫌悪すべき結界の傍を、妖が彷徨くか? 堕妖だから結界は関係無いのか? ならば何故、中心街で事件が起きん。六件目こそ中心街で起きるとでも言うのか? これは明らかに不自然だ」
こうは言えんか、と吉蝶は朱印を突く。
「もし二件目が別の殺され方だったなら、誰も堕妖の仕業と思わなかっただろう。違うか」
「師匠の書架には判じ物も有るのかよ。まさか、他の四件は、二件目が真の標的である事を隠す為に起こした、とか言わないよな」
「そこまで知恵が回るのなら、昨夜不意打ちでも、反撃の可能性の有る退治屋は襲うまい」
その意味を理解するのに、千砂は数拍を要した。
唾を呑む。
問い返す声が、掠れた。
「待てよ……それってつまり」
「殺す必要が有ったのだ、堕妖には」
或いは、秘めていた殺意が妖に喚起された事で――殺したくなったか。
「そんな……五件とも!?」
千砂は悲鳴の様な声を上げた。
言いたい事は解る。
だが。
「被害者に共通点は無かったんだぞ!?」
「だから、被害者ではなく関係者を洗わせた」
過去の堕妖の被害者は、全て、その周囲に居た者か否か、一面識も無い者に累は及んでいなかったか。
小塚が受けた退治の記録を総浚いすれば良いのだから、この返答は早かった。
藁半紙の中身の半分を占めていたのは、堕妖が、先ずは己の関係者を手に掛けていた事実。
そして。
「流石小塚と褒めるべきか。仕事が速い」
小塚は、正確に吉蝶の意を酌んだ。
もう半分に記されていたのは、視点を変え、被害者を誰かの関係者として捉えて漸く浮かんだ、共通点。
即ち、今回の堕妖事件の被害者が、誰の関係者であったのか。
延いては。
誰が堕妖なのか。
「分かったのか!?」
勢い込んだ千砂に、吉蝶は書付の束を突き付ける。
引っ手繰る様にして読み始めた弟子は直ぐに、こいつが、と呻き声を漏らした。
以前から遺恨の有った相手。
借金先。
執拗に言い寄っていた酒場の給仕。
門兵の俸給だけでは生活が出来ず、借金の取立てを副業にしていた男。
個々の繫がりは一切無く、堕妖の周囲で暮らしていた――殺された四人。
彼等に殺される程の理由は――無い。
理由があったのは、堕妖の側。
堕妖にしか通じぬ理屈が。
「で、でもこいつが堕妖ならうちが一番に」
――あ。
駄目だ。
この堕妖は拒まれている。
千砂の脳裏に、今までの出来事が閃く様に蘇る。
腑に落ちた。
妖気が毒になったのだ。
この者が堕妖なら、全てに説明が付く。が。
「五件目との繫がりはこれからだが、確率としては九割九分九厘、間違い無い。だが如何せん、証拠が無いのだ」
物証、或いは、証人が。
人の姿では目撃されていた。
それが異変として報告されていたのだ。
吉蝶が、それに気付いた。
何処に居ても不審が無い者。
だが昨夜に限っては不審を呼んだ人物。
即ち、居ない筈の者。
それが、書付の中に、在ったのだ。
しかし、相手が少々――厄介だった。
状況証拠だけでは糾弾出来ぬ。
そんな馬鹿なと、皆が思うだろう。
「……どうも、こうなると、天の作意を感じるな」
それも、悪意に満ち満ちた。
どこまでも邪魔をされると吉蝶が吐き棄てたのは、果たして堕妖か、それとも天に対してか。
だが、千砂の考えは異なっていた。
「師匠、それはちょっと違うと思うぞ。口幅ったい事を言わせてもらえるなら、それは天の配剤って言うんじゃないかな」
吉蝶が菫の瞳を瞠る。
宿る色が、驚愕から何処か満足気な色に変わった時、既にその頭脳は最善の策を立て終わっていた。
「千砂よ。甲斐に使いを。夜が明けてからで構わんから、うちに来るようにと伝えろ」
「……用件は?」
そう訊ねたのは話の流れと言う奴で、千砂は吉蝶の策が最上であると信じていた。
「一気に片を付ける、と。それで解る」
だが、そう答えた吉蝶の表情は、何故か少し苦しそうに、千砂には思えた。
お読みいただき有り難うございます。
ご感想等ありましたら是非お願いします。励みになります。★★★★★の評価も頂けるとなお一層有難いです。
全く別の世界観ですが、お時間がございましたら、
星を掴む花
竜の花 鳳の翼
も、ご覧下さると嬉しいです。




