2 慶寿の退治屋
完結済みではありますが、読み易いように改行等手直しをしております。その際、「3 素敵な昼食?」「4 妖」と分割しております。
宜しければご覧下さい。
2 慶寿の退治屋
慶寿は、古くは荊州と呼ばれた。人が暮らすには荊の地、との意味である。
綾京の都を置くに当たって、それではあまりな地名だと慶寿に改名されたのだ。その名残か、古地図には慶州と誤記されているものも在る。
成り立ちからして妖有りきな国だけあって、綾京では一定規模の集落の大半に、堅牢な城壁が備わっている。
そこまで手が回らぬ小村は、始めから妖の高出現地を避けて点在し、倒せぬまでも放逐可能な雑魚の為に自警団が組織されているのが常だった。自分達の手に負えぬ場合は、札持ちを頼るのだ。
しかし、妖の襲撃数に対し、圧倒的に数の足りぬ札持ちには待たされるのが通常で、急を要する妖退治には到底間に合わぬ。
そこで、密かに潜りに依頼し「親切な旅人さんが倒してくれました」と大嘘を吐く事も、実は珍しくはないのだった。
「で? 今回も、俺達は親切な旅人役な訳?」
「その辺りは、依頼主が適当に誤魔化すだろう。報酬さえ貰えれば、私達の知った事ではないな」
違いない、と千砂は頷いた。
「でも、俺、実際綾京に来るまでは、潜りは問答無用で牢にぶち込まれると思ってた」
「そんな事をしたら、一度の炎風で綾京は滅びるぞ。何せ、慢性的な人手不足なのだからな」
「……そりゃそうだ」
「友好的ではない黙認、と言った処だな」
首都だけあって、慶寿の城壁は一際高い。しかも、巨躯の妖の突進にも耐え得るとされる外壁と、弓兵が三列に展開出来る内壁の二段構えだ。
石の二壁は繫がれて、武器庫等も内包した城壁は、その儘、慶寿軍の兵営でもあった。
「……まあ、城壁なんぞ、気休めに過ぎんがな」
城壁の東西南北に開かれた城門の両脇には抱関、櫓には物見が、常に妖の襲撃を警戒する。
東門から慶寿に入った吉蝶は、両目頭を押さえながら呟いた。
流石に一仕事の後で疲れたかと思いつつ、千砂は問いを更に重ねる。
「気休めって事はないだろ」
「空を覆っている訳では有るまいし、妖鳥の類や翼を持つ妖は防げんだろうが」
「慶寿ご自慢の弓兵隊が居るじゃん」
「妖が馬鹿正直に、城壁近くから襲撃してくれるか? 多少でも知恵が有るなら、矢の届かぬ上空から街中に降下すれば人は喰い放題だぞ」
事実なだけに、千砂は反論出来ぬ。
特に最近街中で、人の所業とは思えぬ惨殺死体が続けて発見され、犯人は捕まっていないのだ。
他にも連続勾引等、物騒な話題には事欠かぬ。
「……あれ? って事は、やっぱり例の事件は、妖の仕業と思ってんだな?」
「例の事件?」
「大型獣に襲われたみたいな」
「ああ……。さて、な」
依頼を受けた訳でもないし、軍が仕切っている事件だ。明言を避ける吉蝶を少々歯痒く思うが、千砂も一応は弁えている。
事実は容赦無く、現実はあまりに過酷だ。それでも安堵を得たいのだろうと、千砂は通り過ぎたばかりの城壁を振り返った。
他国より整った妖への備え、人々の心構え。それは、妖が身近な脅威である事の裏返しだ。
危地に暮らす覚悟は、有るけれど。
此処が死地だと、承知していても。
常に気を張り続ける事は難しい。だから、ふと、息を吐ける時を、誰もが欲する。
城壁は、きっとその象徴。
此処に生きて良いのだと、思える為の。
「……無いよりまし、か」
妖の襲来に何ら規則性の無い北方諸国は、大半が国土中央、或いは交易の拠点に首都を置き、都市の発展の仕方には様々な地域性が見られたが、妖への備えが最優先の綾京では、殆どが北に拓ける。
大半の災厄は南からである為、都市機能を北に集約させるからだ。
不測の事態で万が一にも流通が遮断されぬ様、主要街道も都市の北側を通す。
だが、本来ならば北で護られる筈の首都慶寿は、綾京の都市の中で最南。
慶寿以南に在るのは、中規模都市や町村ばかりである。建国由来と同じく慶寿は先駆、先陣を切るからだ。
炎魔襲来時、近隣市町村の民は慶寿に避難し、有事には、慶寿はその儘慶寿砦となる。その為、慶寿の南は兵卒や貧民の住居が多い。
対して北は、綾京を指揮する元老院を筆頭に、下部組織の官衙ごと、選りすぐりの一札を擁した慶寿軍が常時厳重に警戒している為、要人の邸宅が多かった。
富裕と貧困。
それとも、安寧と恐怖――寒心だろうか。
城壁で一つに囲われても、厳然と在る南北の差。それを視覚に最も強く訴えるのは、老舗大店の集中だろう。
街道が北門前を横切る為、北側が流通に適する立地も然る事ながら、大商人達が慶寿軍の警備を欲したのは明白だった。
元は退治屋相手の取引で伸し上がった商人、老舗大店とは、先見の明の有った古参と成功者の事である。
彼等は金に飽かせて北の土地を買いまくった――下衆な表現をするなら、金で安全が買える事を証明したのだ。
そうして北門付近に形成された商業区には、重厚な店構えがずらりと並び、きっちりと舗装された石畳の道は、庶民が気軽に店を冷やかす事を厳然と拒む空気が有る。
他国ならば観光客の姿も在ろうが、此処は綾京。首都と言えども、旅人が土産探しに頭を悩ませる光景とは縁遠かった。
慶寿を訪れる者の大半が、妖問題関連なのだ。
豪商達は城内を更に高い塀で分け、広い庭園や高楼、蔵まで有した大邸宅を次々に建てると、札持ちを用心棒に雇い入れ、身辺の安全を図った。
これが、札持ちの北集中に拍車を掛けたのである。
慶寿軍の存在意義は、勿論首都の警備防衛だが、仮想敵を妖とするのが他国には見られない点だ。
当然、武芸だけに秀でた猛者では務まらぬ。その為、一札の中でも特に優れた者を選抜、軍に編入しているのだ。
「潜りの需要が減らない訳だよな」
「お蔭で飯の種には困らん。有り難い事だ」
堅牢且つ華やかな北と、貧者が肩を寄せ合う様な南を繫ぐのが、出遅れた零細商家で、彼等は東西の城門を貫く大通りに店を構える。
その隙間を埋める様に、露店や屋台が賑やかな声を張り上げ、一本裏に入れば娼館が立ち並ぶ通りさえ在る。
質を問わねば、慶寿で必要な物は大概入手出来ると言われるこの大通りこそが、慶寿で最も活気の有る繁華街なのだった。
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星を掴む花
竜の花 鳳の翼
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