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天に刃向かう月  作者: 宮湖
29/44

23 千砂の変化

完結済みではありますが、読み易いように改行等手直しをしております。その際「22 熊狸の悲哀」と分割しております。


宜しければご覧下さい。

 23 千砂の変化



「……人は動かせん……。退治屋にしか妖気は感じられん……。あれは三札では相手にならん。ああ、堕妖も油断出来んか……」


 吉蝶が、難点を呟き始めた。


 あれ、とは闇の塊の事だろう。確かにあれの相手は、三札でも餌食になるのが関の山だ。

 形態からして下妖だろうが、限り無く中妖に近い下妖である。捕食の為に結界を張る辺り、異様に知性が高い。


「甲斐。お偉方(ジジイども)は、飽く迄も、勾引は神隠しで押し通す心算か? 異界へ迷い込んだに過ぎんと。妖の罠に嵌まったとは明かさんか?」

「報告してみねぇと断言出来ねぇが……多分」


 異界だけなら兎も角、妖の罠となると、堕妖並の大混乱が起きるだろう。

 安全な筈の慶寿を、妖が自由に跋扈している事になるのだから。


「流石にそこまで公表出来んか。……良かろう。神隠しの始末には、爺共にたっぷり頭を使ってもらおうか。呆け防止にちょうど良いわ」


 敬意は値する相手限定、が信条の吉蝶に、老人への配慮は無い。古狸だし、と千砂もこれに同情はしなかった。

 何人か引退する事になったとしても、自業自得だ。


「……こうなると、悠長に情報が集まるのを待ってからとは、言っておられんか……」


 だが、と吉蝶は己の呟きに反問する。

 冴えた知性が、猛烈な回転数で状況を整理し、策を練っているのが分かる。

 この姿を得るまでに、一体吉蝶は、どれだけの時間を費やしたのだろう。

 寝ずに過ごした同じ時間を当てても、果たして自分は追い付けるだろうか、と我が身を顧みた千砂は、そう言えば、とある事に気付いた。


 一体吉蝶は、何時、四体を封印したのだろうか。


 思えば、妖封印の事実とその弊害の触りを聞いただけで、詳細は何も。

 相変わらず素姓も不明の儘、弟子入り当初と状況は大差が無い。


――自分も()()()()()()()()()()()けれど。


 矢張りまだ何か、有るのだろうか。

 駆られた疑念。

 だがその根底に在るのは、不信感や信頼に足らぬかとの屈辱ではない。

 己を卑下する忸怩たる念とも異なる、もっと陽性の、己を動かす原動力となる想いだった。


 自分が何をすべきか、己に問う為の。


 千砂は己の変化に気付いていなかった。

 以前の――少なくとも一昨日までの千砂なら、明かしてくれぬ事を怨みはせずとも、自分を高める為の糧とはしなかった事に。

 僅かな間に起きた心境の変化。それを悟ったのは、この場に居ても認識されぬ存在。

 認識される三人は、他者や自己の内面の変化よりも、当面思案しなければならぬ事が多過ぎた。


「どちらもここまで的が絞れんとは……」


 三人の想いを代表して、吉蝶が歯嚙みする。


「数からすると、異界の妖を先に片付けてぇが」


 そちらは頻発しているだけに、犠牲者の数が多い。平均して、二日に一度、しかも昨日今日と喰いっ逸れた状態だ。

 一度は異界(てのうち)に引き込んだ分、逃した無念で空腹は増している事だろう。今この時も、異界が発生していても不思議はない。

 だが、と吉蝶は暦を繰った。


「……拙いな。堕妖の方も、動きがあっても可怪しくないぞ。二人とも気付かなかったか。惨殺事件の間隔が、徐々に狭まっている事に

 げ、と呻いた甲斐が、血相を変えて身を乗り出した。

 小塚作成の事件資料と暦を見比べる。


「最初が……もう二十四日も経つか。二件目がその十日後、三件目が六日で四件目が……」


 資料を読み上げる甲斐の声が、途中で消える。

 四件目は、三件目の事件の、四日後。


「妖の凶暴性を抑え切れなくなってる……?」


 確実に日数が減るとは限らないが、今日が無事に終われば明日、それ位差し迫っている。


 だが、依然として、手掛かりさえ摑めていないのだ。

 焦りばかりが先行し、思考が空転する男二人に、歳若い才媛も侮蔑の視線を送る余裕は無かった。

 何か見落としていないかと、猛然と書付を繰る。

 その手が、ぴたりと止まり。


「……甲斐よ。堕妖専門の退治屋集団小塚の頭領に訊くぞ。これまで小塚が倒した堕妖で、人を殺めたのは何割位だ」

「人を殺してねぇ堕妖なんか居ねぇよ」


 何を唐突に、と甲斐が眉を顰める。

 それを無視して、吉蝶は更に問いを重ねた。


「では、殺された被害者は全て堕妖の周囲の者か? 身内や知人友人か? 通り魔の様に全く面識の無い相手は居なかったか?」

「……悪ぃ。そこまで把握は……」

「調べろ」


 簡潔な言葉は、拒否を赦さぬ厳命だった。

 何が琴線に触れたのか、語らぬ儘に模索は次に移り、その合図の様に独白が漏れる。


「そもそも、何故()()()()重なったのか……」


 頭の回転が鈍い訳ではないが、吉蝶の高みには到底及ばぬ男二人は顔を見合わせた。

 吉蝶は淡紅色の唇を一度、きゅっ、と固く結び、今は埒もない言葉を振り払う様に、次を紡ぐ。


「時間が無い。一先ず対処方法を採る。甲斐、斡旋屋小塚の伝手を駆使して、動かせるだけの退治屋を動員しろ。勿論、使える者だけだぞ」


 斑辺りは居るだけ邪魔だ。


「お前が為人と腕を見込んだ退治屋を慶寿に展開させて、人々を護れ。異界の妖は、妖気を感じられる退治屋ならば警戒出来るからな。だが油断はならんぞ。攻撃力は然程でもないが、異界の妖は知恵が回る。下妖と高を括ると、二札でも足を掬われると警告しろ」

「あ……ああ、解った」

「お前の信用に足る相手ならば、事情を明かしても構わん。報酬を要求されたら爺共に付けろ。寧ろ、その筋の依頼だと思わせた方が、都合が良い。面倒事は全部押し付けてしまえ」


 千砂は何だかちょっと愉快になった。

 不謹慎だが、ここまで明快だといっそ小気味良い。


「問題は堕妖だな。人の判断力が残っている事に期待するしかないが……」


 小塚の――甲斐の号令なら、動くのは名ばかりの札持ちではなく、腕利きの潜りだ。

 それが都内を警戒して回っていれば、堕妖だと露見させたくないのなら、残っている人の部分が、必死で己の内の妖を制するだろう。

 妖の方も、人の部分から得た情報で、堕妖だと露見(バレ)れば狩られるだけだと、解っている筈である。


「だが、それだと長くは()たねぇぞ」

「解っている。飽く迄対処方法だ。凌げても一日、二日保てば上等だろう。だから、その引き延ばした時間で、手を打たねばならん」


 その為にも堕妖の情報が必要なのだと、吉蝶は声に力を籠める。

 先に頼んだ件と、先刻と、手掛かりになりそうな話は、掻き集められるだけ集めて寄越せと、吉蝶は言った。


「情報の精査は必要無い。その分の人手も収集に回せ。何が契機(きっかけ)で局面を変えるか分からんのだ。有象無象でも一向に構わん」

「幾らお嬢でも一人じゃ無理だ。うちから使える奴を遣るから……」

「要らん。邪魔だ」


 お前からも何とか言え、と甲斐に(つつ)かれた千砂は、肩を竦めて答えに代えた。


 確かに常人ならぶっ倒れるだろうが、吉蝶は睡眠時間を考慮しなくて良い。

 事情を知らぬ甲斐が心配するのは尤もだが、華奢な少女が、連日不眠不休で精力的に動く現場を目撃されては、何事かと怪しまれる。

 有能な人物でも、居ない方が良い。


「千砂。一連の騒動が落着するまで、全ての依頼を断るぞ。面会も甲斐以外は拒否する」

「了解。って事だから甲斐さん、小塚の陣頭指揮執る忙しい身なのに悪いけど、人を使いに寄越しても、門前払いを食うだけだから」

「オレに日参しろってのか」

「最悪、()参になるかもしれないけど」


 小塚の本拠地は西南地区の、治安のあまり良くない辺りの甲斐の家がそれである。

 おんぼろ長屋一棟を丸ごと買い上げ、壁をぶち抜いて、むさ苦しい猛者達の待機宿にしてあるのだ。

 吉蝶の家との距離は、時間にして四半時も掛からないが、往復を重ねるならそれなりに面倒だ。

 矢張り小娘の頤使に甘んじる運命かと、大男はがっくりと肩を落とした。


「……しっかし急な事だな。堕妖も神隠しも、お嬢に話を持って来た途端にこれだ。仕組まれてるとまでは言わねぇが、何かこう……薄ら寒いもんが有る気がするな」


 背後にまだ人智の及ばぬ、或いは人の身だからこそ考え付く様な、悍しい何かが有る様な。

 甲斐の述懐に、吉蝶の蛾眉が僅かに上がった。


「逆だ戯け。ここまで事態が差し迫る前に依頼すれば良いものを、下らぬ体面等、妖雑にでも喰わせてしまえば良いのだ。それに、だから神隠しの真相は、信用出来る相手にだけ話せと言っている。そんな話余所(ほか)でするなよ。妙な噂を立てられたら敵わん」


 甲斐の、何割本気か分からぬ冗談に、吉蝶が太刀の様に鋭い眼差しをくれた。

 この状況を悪意の()で見るなら、より名声を得る為に、吉蝶が仕組んだ一連の事件とも取れるのだ。


「私が今更これ以上の売名をしてどうする」との吉蝶の言を、本人を熟知する周囲は然りと肯定するだろうが、何処にでも歪んだ眼鏡の持ち主は居るもので、仮に斑が聞き付けたら、小躍りして腐った尾鰭でぐるぐる巻きにした噂を吹聴する事だろう。

 更に困った事に、人が多ければ、それを信じる馬鹿も多少は居るのである。


「下衆な瑣事に煩わされる余裕は無い。それで私の手を焼かすのなら、利()行為だ。袋叩きにして召し捕ってしまえ」


 此方は九割本気で、吉蝶が吐き棄てる。

 小塚は仕事の取引相手ではあるが、実は構成員の多数が吉蝶の信奉者だ。吉蝶の敵と認定したら、本当に実行するだろう。それを承知での発言である。

 この傲慢さも、これまでの実績在ってこそ。

 だが吉蝶は、名声よりも、時が気に掛かる様だった。

 千砂も今出来る事はこれしかない、これが最善の策だと思うのに、それでも納得せずに、良計上策を求めて思案を止めぬ。


「堕妖は、恐らく人の姿の儘忍び寄る。勘の鋭い者なら何か変だと察するかもしれんが……これは退治屋でも防ぎ切れんだろう」


 何処に居ても不審が無い者が相手では。

 兎に角時間も情報も、全てが足りない。


「……間に合うか……!」


 その一言が、全ての懸念を物語る。


 だが、残念ながら、吉蝶の憂慮は杞憂で終わらなかった。


 その夜、起きてしまったのは最悪の事態。


 北東の蔵街で若者が消え、逆に、西門付近の神社の境内では、二人の無残な姿が発見された。

 異界の妖と堕妖が、同時に動いたのだ。

 しかも堕妖の被害者の一人は異界を警戒していた退治屋であった――。






お読みいただき有り難うございます。

ご感想等ありましたら是非お願いします。励みになります。★★★★★の評価も頂けるとなお一層有難いです。


全く別の世界観ですが、お時間がございましたら、


星を掴む花

竜の花 鳳の翼


も、ご覧下さると嬉しいです。

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