22 熊狸の悲哀
完結済みではありますが、読み易いように改行等手直しをしております。その際「23 千砂の変化」と分割しております。
宜しければご覧下さい。
22 熊狸の悲哀
怒れる吉蝶が手薬煉引いているとも知らず、巧く吉蝶を動かせたと、内心ほくほく顔でやって来た甲斐は、全ての目論見が無に帰す衝撃の事実を告げられて、文字通り吹っ飛んだ。
「神隠しでもねぇだと!?」
「……ほう。その口振りだと、怪異と神隠しの関連は、矢張り承知していやがったか」
抑え切れぬ怒りに、吉蝶の言葉が乱れる。
あ、やべぇ、と甲斐も咄嗟に口を押さえたが、覆水盆に返らず、時既に遅し、後の祭りである。
「ま、待て、お嬢、落ち着け」
「情報屋が顧客に必要な情報を隠すとは、何処まで阿漕だ! 貴様、余程小塚を潰したいらしいな。配下と家族含め路頭に迷わせ一家心中させたいか! 貴様が首を括る時は私が背を押し足を引っ張ってやるからそう思え!」
茶を出すより熱湯ぶっ掛けてしまえ! と言われた千砂だが、流石に実行は出来ぬ。
「オシショーサマ。甲斐さんを庇う訳じゃないんだけど、一つ質問が」
「何だ」
「時間的齟齬が有る様な気が。堕妖の所為で避難勧告出せないって話をしたじゃないか。なのに、勾引が神隠しだと証明されたら、逆に依頼人には不利益になるんじゃないのか?」
言って、自分でも何か妙な気がしたが、救いの神よと抱きつかんばかりの甲斐が鬱陶しくて気が散った。
だが、吉蝶は矢張り甘くない。
「だから此奴は拙いと連発したんだ」
「へ?」
「あれは『堕妖だから拙い』に限らず、『筋書きを頭から書き直さねばならぬ事が拙い』と言う意味でもあったんだ。そうだな、甲斐」
「そこまでお見通しとは……。だからオレ、お嬢に黙ってるのは拙いって言ったんだよ……」
「今頃遅いわこの阿呆。不承不承でも加担した時点で、貴様も同罪だからな」
大男が華奢な少女に縋り付いて弁解する様は異様だが、双方の為人を承知だと、滑稽と笑って済ませも出来ない。
それに、解ったのだ。
「甲斐さん、うちの師匠を天秤に掛けたね?」
ぴしり、と熊狸が固まる。
「……正直に話した方が身の為だと思うよ」
「千砂お前な……いやだから待てってお嬢!」
鉄脚制裁。
吉蝶のしなやかな足が跳ね上がり、大男の顎を、死神の鎌の如く無情に捉えた。
「……舌を嚙まなんだだけ、有り難いと思え」
ぴ、と着物の裾を直す吉蝶の足元に、顎を押さえて蹲る甲斐。
これでも温情措置だと低く告げる言外は「二度は無いぞ」である。
「しかし千砂、良く気付いたな」
「自分で言ってて、変だと思ったんだ。そもそも師匠を顎で使おうとしたのは、潜りなら、何かと柵の多い札持ち退治屋と警吏の対立の構図にはならないから、だよな」
言いながら、考えを纏める。
「逆に言えば、そこまでして神隠しだと確定したかったのは、噂じゃ動かない札持ちを動かしたかったから。その時警吏が口を出してくると面倒だから、牽制したかったんだ」
顎を押さえた儘の甲斐が、うんうんと頷く。
「つまりお偉方は、神隠しだと公表して避難勧告を出したい。けど堕妖については、軍上層部は秘密裏に処理したいから避難なんて論外。甲斐さんは同時に依頼を受けて、板挟みになってたんだ」
どちらも断り難い相手であるが、相反する依頼を受けてしまった事を、甲斐自身が先程うっかり白状している。
「俺が『勾引が神隠しだと公表されたら依頼人の不利益になるんじゃ』って言ったのを、甲斐さんは否定しなかった。流石に情報源と依頼人に関しては秘密厳守、誰が堕妖の件を依頼したかは明言してなかったけど、お偉方から神隠しの件だけを依頼されてたなら、堕妖の依頼人の不利益にはならないよな?」
まさか神隠しが妖の罠だとまでは想定外だったから計算が狂い、焦ったのだろう。
情報屋とは思えぬ失態に、甲斐は今度は項垂れる。
その甲斐に、冷徹な声が降った。
「……甲斐よ。情報屋風情が、斡旋屋如きがと蔑まれる身でも、五分の魂はあろう。玄人として、職業倫理に悖るとは思わなんだか」
「……どっちも場末の斡旋屋が断るとは、頭から考えてねぇんだよ」
済まん、お嬢、と甲斐は潔く土下座した。
「軍を断ったら生命の危険が有ったか……」
恐らくそうだろう。吉蝶は頭を掻き毟った。
俗物共め、と吐き棄てる。
だが、どちらも、事件解決に一刻を争うのには変わりが無い。しかも両方とも妖絡み。
退治屋の出番である。
ここで厄介だと退いたら、吉蝶の名が廃る。
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全く別の世界観ですが、お時間がございましたら、
星を掴む花
竜の花 鳳の翼
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