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天に刃向かう月  作者: 宮湖
26/44

20 勾引と神隠し

完結済みではありますが、読み易いように改行等手直しをしております。その際「21 天の呪の如き」と分割しております。


宜しければご覧下さい。


 20 勾引と神隠し



 慶寿の北東は軍関係者、それも高級将校の私邸が、元老院並の厳重な警備の中で立ち並ぶが、その中でもあまり公には出来ぬ立場の別邸が多い事は、南には意外と知られていない。

 所謂、妾宅である。


 囲われているのは、水商売の女性から美貌で鳴らした未亡人、嘗ては他国の没落王族の姫君まで居たそうだ。

 旦那側は、軍の幹部に大店の主人、贈賄の噂の絶えぬ元老数名も、常時札持ちに護られながら、脂下がった顔でその界隈を移動する。

 因みに野村ご隠居の別邸も、格的にはやや落ちるが、事情を知る軍関係者が言う処の「別邸街」の南側に在る。


 約一月前、正確には数えて二十五日前の申の刻、この別邸街の、一見小体な屋敷に奉公する小女が、忽然と消えた。

 本宅に戻る筈の旦那の気が変わった為、増えた一人分の夕餉の材料を使いに出て、そして帰らなかったのである。


 当初は奉公が辛くて逃げたと――屋敷の女主人の奉公人への扱いは、近所でも評判だった――城外の実家に問い合わせるだけで、実家に戻っていなくとも、追手を恐れて身を隠しているのだろうと、陸な捜索もされずに終わった。


 この二日後、大通り近くの空き地で友達と隠れん坊をしていた少年が、最後まで隠れ切って夜になっても家に帰らず、近所の若い衆が総出で捜しても見付からぬ事態になってもまだ、誰も関連を思わなかった。


 異常事態が囁かれ始めたのは、最初の小女失踪から一週間後、五人目が消えてからである。


 僅か一週間で五人の失踪。

 行方知れずとなった男女五人とも、生活苦で逃亡する程困窮しておらず、互いに接点も無く、押し並べて若い事から、攫った子供を他国に奴隷として売り飛ばす組織的な集団の犯行と目星が付けられ、漸く警吏が動き出したのは、更にそれから四日後の、七人目が消息を絶った後であった。


 そしてこの一月で、到頭被害者は十五人。中には成人した男女も含まれ、最後に無事な姿を目撃された場所も東西南北を問わぬ事から、現在は犯人一味が「行き当たりばったり」で攫っていると考えられている。

 その所為だろうか、最近独りで外に居る子供を見掛けなくなったと、千砂は今更ながらに気付いた。


 部屋の隅に正座で待機する千砂の前で、吉蝶は自室の書籍の海の上に二枚の地図を広げ、何やら剣呑な顔で考え込んでいる。

 その内の一枚は、昨日甲斐から預かった地図だ。


 あれから吉蝶は二、三の用事を済ませて帰宅すると、直ぐに自室に籠もった。尋問……詰問を、覚悟していた千砂は放置され、身の置き所が無い儘ご下問を待つしかない。

 その内に、小塚からの使いが、詳細な勾引事件の資料を持って来た。吉蝶は帰宅途中、小塚にこれ等を大至急届ける様に言付けていたのである。

 そうして待つ事、約半時。

 地図と資料を突き合わせていた吉蝶が、豪く物騒な表情で漸く顔を上げた。

 冷たい眼差しで弟子を絡め取る。


「で?」


 千砂はびくりと肩を揺らした。

 吉蝶の問う声もまた、極めて冷たい。


「お前が、先程の妖を神隠しだとする根拠は?」

「か……」

「勘だとか巫山戯た事をぬかすと捻り殺すぞ」


 千砂は慌てて口を閉じる。

 その様子に、吉蝶の顳顬の辺りに筋が立った。拙い。


「……まだ退治屋の中での非公式な噂に過ぎんが、勾引が神隠しではないのか、とは、そこそこな信憑性を以て囁かれてはいたのだ」


 だが、吉蝶は大喝せず、千砂が知らぬ情報を明かし始めた。

 小塚の他にも、親交の有る同業者や武防具の取扱者等、情報網は存外細かい。


「大規模な勾引事件だとしたら、先ず不自然だと言うのだな。一日、四日と多少間隔に差異は有るが、平均すれば犯行は二日に一人。これが本当に犯罪組織の仕業なら、他国に密入国させ売り飛ばすのだから、一人二人では採算が取れん事は解る。大勢攫って、一度に人買いと取引する方が手間が掛からんだろう。二日に一度の割合で攫うなら、確かに大勢商品が手に入る。だが、これだけ人々を恐れさせ、警吏も動いていると言うのに、一月も同じ町を拠点にすると言うのは、犯罪組織にしては警戒心が無さ過ぎるとは思わんか? 隠れ家を探し出され、踏み込まれたら全部水の泡だぞ」

「近くの農村で家を借りるとか、適当な廃屋見付けて住みつく……駄目か」

「ああ。人の目が有る所では駄目なのだ。拉致しても、数が揃うまで、暫くは何処かに監禁しておかねばならん。助けを求めて騒がれてはならんし、周囲から不審を抱かれてもいかん。廃村の廃屋なんぞ一見良さげだが、人が住まぬ筈の茅屋に灯りが点いていた、炊煙が上がっていた等と噂が流れただけで、其処は目立つのだからな。犯行が大胆なら、思考も楽天的とは限らん。寧ろここまで大胆な犯行を続ける集団なら、それなりの頭目や参謀役が居るだろう。行動は大胆に、だが計画は慎重に。私が参謀なら五人も攫った辺りで他の町に移る。その方が警吏の目を晦ませるし、新たな狩場の人々(えもの)は警戒が緩いのだからな」


 確かに、各地で数人を攫いながら移動した方が、大規模な捜索が始まる前に逃亡出来るし、追手も掛かり難いだろう。商品(ひがいしゃ)を城外に運ぶのだって、数が多ければそれだけ手間な筈だ。


「その通りだ。子供一人、眠らせて行李にでも詰めたとしても大荷物。一体何度、城門を往復で潜る事になるのだろうな。引越しでも装うか? 大八車に、実は中身は人間が詰まった家財道具を積んで。だが勾引事件からこっち、城外へと転居した者の中で、消息が摑めぬ不審者は居らん。不自然な往復をする人足の報告も、抱関から上がっておらんそうだ」


 ぴ、と吉蝶がそれまで手にしていた書付を抛って寄越す。

 目を通した千砂は舌を巻いた。

 書面はこれまた大至急最優先で、今の二点を小塚に調べさせた報告書だったのだ。


 千砂が神隠しと漏らしてから帰路に就くまで、一体どれだけの時間が有ったと言うのか。

 そして吉蝶の思考は、何処まで達してるのだろうか。


「以上の点から、どうも勾引とは考え辛いと言うのが、退治屋内での見解でな。しかも十五人中一件だけ、被害者が姿を消した()()()()を見た者が居たのだ。ちと要領を得ぬ話で、警吏には半ば握り潰された形なのだがな」


 そう言う噂の類を残らず拾い集めるのが、小塚の真骨頂である。


「直前直後って?」

「姿を消した瞬間を目撃してはいないと言う事だ。だから要領を得ず、警吏が無視した」


 警吏は、軍とは異なり、常人だけの構成である。

 彼等の管轄は、人に因る犯罪。他国より許容範囲が広いとは言え、異常不可思議は職務外だ。


 黙殺された貴重な目撃者は、九歳の少年。文字通りの年端も行かぬ子供ではあるが、生来聡く十分分別もつくものを、その年齢だけで、警吏は信用に(あた)はずと取り上げなかった。

 少年は憤懣遣る方無く、周囲に漏らした不満を、小塚が周到な情報収集網で拾い上げたそうだ。


 報告に依れば、目撃されたのは十日前、八人目の少女が()()()()()()()()()の、()()()()


「場所?」

「空間、と言い換える方が適切かもしれんな」


 それだけで、今の千砂には十分だった。

 昨日も、そして先程も、陥った妖の空間(わな)


「異界か……!」


 ああ、と漏らした千砂を、吉蝶は裁定者の眼差しで見遣る。


 今年十六のその少女は、下働きに通う娼館へと昼過ぎに家を出て、そして直ぐの所で消息を絶ったと言う。

 場所は東南、東門にも近い大通りの喧騒と貧民街が重なった辺り。

 人通りの絶える時刻でも場所でもなく、なのに忽然と消えた少女のその後は、他と同様に杳として知れぬ。

 少女を攫う様な悪漢の情報も無く、捜査は行き詰っていたが、だがこの時だけは、人通りが有ったからこそ目撃者が居たのだ。

 少年は、はっきりと証言した。


「近所のお姉ちゃんは、いつもの様に家を出て、大通りへの道を真っ直ぐに向かった」と。


 そして、友達に呼ばれて少女から視線を外した少年が、再び視線を戻すまでの間は僅かに数拍。


 大通りに出るまで、辻も無く、無理矢理少女を連れ込む家屋も無いその小路に在る筈の少女の後姿は既に無く、少年が見たのは「お姉ちゃんの着物の裾だけがちょっとだけ宙に浮いて揺れていて、それが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()」その瞬間。


 喩えるなら、建具に挟まった着物の裾が「()()()()に引っ張られる(さま)」に、少年は不思議を見たのだ。


「退治屋には、この情報は決定的だ。人攫いではなく、彼方側に紛れ込んだとしか考えられん。しかも、目撃者と被害者は近所で顔見知り、見間違えも有り得んのだ。……だが、そうなると」


 吉蝶は、何かを堪える様な表情になった。

 千砂も己の発言と少年の証言の意味に瞑目する。


 勾引が神隠しなら。

 これまで吉蝶達、謂わば退治屋の上層部は、事件を「異界への道が慶寿で偶発的且つ()()()開いてしまっている」のと見解だった。

 早急な原因究明は勿論だが、人々に警告しようにも、道の予想は不可能で、妖気を感じられぬ常人には警戒も出来ぬ。堕妖の事もあって避難勧告も致し難い。

 それに、生存の望みは断たれていないと、まだ何とかなる見込みはあったのだ。


 だが、神隠しが先程の妖の仕業ならば、被害者は……絶望的だろう。

 あれは紛れも無い、妖の捕食行為だ。

 神隠しか、妖の罠か。

 それを急ぎ見極めねばならず、故に吉蝶は、千砂が妖と神隠しを結び付けた理由を知る必要が有ったのだ。


 だが、千砂にしても、何処から説明すれば解ってもらえるのかと、思案の必要が有った。

 何せ確証が無いのだ。

 にも拘らず、神隠しがあの妖の仕業と断言出来たのは、それは。


「……知ってたんだよ」


 そう、そうだ。

 自分はあの異界を、知っているからだ。

 そして、何故知っているのかと言えば。


「今までに何度も、俺は、妖の異界に呑み込まれた事があるんだ……」


 そしてその度に、あの人のお蔭で還って来られた。


 千砂は無意識に胸に手を遣る。その動きを、吉蝶は眇めた双眸で冷徹に捉えた。






お読みいただき有り難うございます。

ご感想等ありましたら是非お願いします。励みになります。★★★★★の評価も頂けるとなお一層有難いです。


全く別の世界観ですが、お時間がございましたら、


星を掴む花

竜の花 鳳の翼


も、ご覧下さると嬉しいです。


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