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天に刃向かう月  作者: 宮湖
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18 格差

完結済みではありますが、読み易いように改行等手直しをしております。その際「19 降臨」と分割しております。


宜しければご覧下さい。


 18 格差



 慶寿に於いて、声高に論じられるのは矢張り南北の格差であるが、南に於いても東西の差は激しい。

 炎魔の際は屯営となり、最前線にもなりかねぬ西は、平時は最下位兵の官舎が並び、窃盗等の犯罪率は低いが、暴力沙汰が絶えぬ。

 それでも一応は公の施設であり、居住も軍関係者限定の為、貧困層でもかなり上等の部類だ。


 兵卒に刹那的な享楽を好む傾向が強いのは、炎魔の時期に軍編成の都合上、自宅が取り壊される事も有る為、蓄財がし難い事と、退魔力を持たぬ身でありながら、妖雑のみならず下妖退治も命じられ、大怪我や殉職する者も多い為だとされる。

 彼等を狙った娼館が特に南西に多いのも、本来なら厳正な綱紀が及ぶ筈の地区に、乱れた空気が横たわる要因の一つであろう。


 対して東は、江落の側ではあるが、妖が必ず東から襲来する訳ではない。

 にも拘らず、最下層の貧民屈が形成されているのは、北の繁栄に追い付けず弾かれた者達の吹き溜まりとなってしまっているからである。

 無論、始めから東南が敗者の最後の寄る辺だった訳ではない。

 慶寿が形作られた当初は、不平等な北に抗う者達の橋頭堡だったのかも知れぬ。

 だが、やがては、まるでそうなる定めだったかの如く、大店との争いに敗れ全てを失った者、退治屋に憧れ辿り着いたは良いが、芽吹きもせずに折れた者、妖に襲われ生命以外の全てを失い諦めた者、妖から逃れ近隣から流入した貧農等も含め、結局は生きる苦悩を具現した様な場所にしか、行き場が無くなっていたのだ。


 その東を端的に表すなら「砂の茶色」。

 舞う砂埃、茅屋すらも望めぬ暮らし、不衛生な環境、色褪せた筵や茣蓙が、襤褸襤褸の衣服以外で唯一己と他者を隔てる様な、城壁の中に在ってさえ、九竜岐の砂に沈む様な地区である。


 そして、他都市なら、門前の市で賑わうだろう大門前。

 だが、内外問わず、南門付近は閑散としているのが慶寿である。

 これは、程度の差こそあれ東西両門も同様で、所謂門前市の機能は大通りに集約されているのだ。

 大通りにも程近く、便利な立地の吉蝶の家辺りが、実は南では一等地――飽く迄南では、の話だが――である。


 たった一本の通りで、貧困と繁栄が区切られる不自然な都。

 吉蝶の調査は、その目に視える境界を越えても行われた。

 慶寿に至るまでの旅暮らしで、健脚を誇っていた千砂だが、小柄な吉蝶は、千砂を上回る鉄脚だった。

 普段の依頼でも、疲労を見せず何処にでも赴くし、今回の調査中も南の悪路を物ともせぬ様子であるので、ひょっとしたらと思っていた千砂だが、全く無尽蔵の体力である。

 一月寝ずにいられる訳だ。どうなっているのだ。


「……その頑強さは、四体封印の副産物か?」

「何?」


 底無しの体力はちょっと羨ましいと思わず訊ねると、地図と現在地の小路の名前を見比べていたお師匠様が、首を傾げて聞き返した。


 北東の住宅街。慶寿の中でも、紛れも無い一等地である。

 元老院の関係者や大店の荘が多く、日中でも極めて清閑たる空気が漂う。

 猥雑混沌とした南とは正反対に、小路は綺麗に直線を成し、区画も整然と統一されている。

 全ての屋敷は広大な庭を有し、術を組み込んだ高い塀で護られている為、中を窺う事すら難しい。

 下手に家屋に近付こうものなら、傭兵(けいびへい)が即座に威嚇してくる。南とは完全なる別世界だ。


 もう少し中央に移動すれば、華やかな商業区に出る為、華美で豪華な家並みが目立つ様になるが、此処はどちらかと言えば静謐、或いは、瀟洒な佇まいが似合っていた。


「朱雀が、師匠の身体は特殊な状態に在るって言ってた。疲れないのか?」


 その話か、と吉蝶は、興味無さ気に肩を竦める。

 雨上がり、石畳の所々には大きな水溜まり。

 整然たる家並みが含む恩恵か、東風が緩やかに抜ける小路には、雨後の湿った澱みが殆ど無い。

 南ならば、蒸発した水分までも黄色く、不快な霧が立ち込めるだろう。

 だが、此処は北。

 水面に映る清げな竹林が左右に広がる小路は、地図を畳む音さえも無粋に響き、静穏さを尊重してか、答える吉蝶の声も佔佔としていた。


「疲れるに決まっている。生身の身体だぞ」

「不眠で一月過ごしておいてそう言うかい」


 千砂も声を落とすが、発言は失礼である。


「……お前、私を何だと思っているのだ」

「歩く退治屋辞書、体力化物級、退魔力古今無双、態度も(これ)に同じ、我が世の春を謳歌中」

「褒め言葉だな」

「……まあ、ある意味褒めてますけどネー」


 吉蝶の他には通用しない褒め言葉である。

 弟子の棒読みを、師匠は冷淡に迎え撃った。


「知識は努力で身に付けた。これは当然だな」


 至言なだけに、千砂には返す言葉も無い。


「体力は、確かに常人を上回る。朱雀の補佐があるからな。しかし、斬られれば血は流れるし、傷が深ければ普通に死ぬ。……身体が拙い事になると厄介なのが起き出すから、そんな事態に陥らぬ様に体術を会得し、戦闘力を高めただけだ。退魔力の保持量と質は天稟だからな。……これが幸せなのかどうか、私には解らん」


 最後の述懐に、千砂は意外の念を覚えた。


「え? じゃ、退魔力が強いから退治屋になったんじゃないのか?」


 退治屋に成るべくして成った様な少女。

 否、成った()、ではない。

 その為に生まれた娘、それが他者が吉蝶に抱く印象なのに。


 千砂の軽い驚愕に、刹那、長い睫毛の先に零れる様に影が落ちて、それが少女の面に、年経りた色を重ねた。


 時々吉蝶はこうした、大人びたと言うより、酷く老成した表情になる事がある。……()()に至るまでどれだけの事があったのか、余人には想像も付かぬ程の。


 誰にでも、拠所無い事情が、有る様に。


 まるで「成りたくて成った訳ではない」とでも続く様な気がして、千砂が、常は厳格な言葉しか紡がぬ淡紅色の唇に注目した、その時。


 異変は、起こった。





お読みいただき有り難うございます。

ご感想等ありましたら是非お願いします。励みになります。★★★★★の評価も頂けるとなお一層有難いです。


全く別の世界観ですが、お時間がございましたら、


星を掴む花

竜の花 鳳の翼


も、ご覧下さると嬉しいです。

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