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天に刃向かう月  作者: 宮湖
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1 綾京妖事情

完結済みではありますが、読み易いように改行等手直しをしております。


宜しければご覧下さい。

 1 綾京妖事情



 古今東西、狩る力と術に長けた者は数多く存在し、彼等は土地、時代毎に、祓い屋、退魔師、拝み屋、術師等、様々に名乗り、また呼ばれてきた。退治屋もその一つで、(あやかし)の退治封滅を生業(なりわい)とする者達の昨今の総称である。


 基本、退治屋の看板を掲げるのに必須の資格は無い。その力や才有る者が、先達に弟子入りし、技術的知識、情報、蓄積された経験則を学び、ある程度の期間や練度を修めると、独立(ひとりだち)を許されるのが大概だが、勿論、独学独力で技術方式を体得する者も少なくない。

 要は退治出来れば退治屋なのだが、此処南の辺境国綾京(りょうけい)の状況は、他とはかなり異なる。


 五十年程前、綾京では退治屋の騙りが続出し、依頼金目的の詐欺に因る金銭的被害と、実際は退治されていなかった妖に因る物理的実害で、国内が大混乱に陥った。

 妖に滅ぼされた町村は国土の一割に及び、辺境都市も一つ壊滅した。

 死亡、或いは他国への流出で、人口も一割弱減、討伐隊の組織編成予算、復興資金、被害者への見舞金等に、国庫の二割強を一時的に割かねばならなかった当時の綾京為政者は、これを教訓とし、呼称に拘らず、所謂退治屋――妖に抗する事で何らかの代償を得る者――を全て国に登録、つまり鑑札制にしたのである。


 鑑札取得希望者は、国に一定金額を納め、対戦式の実技考査に合格すると「仮札(かりふだ)」と呼ばれる営業許可証を取得出来る。

 これで退治屋の看板を掲げる事が可能になるのだが、「仮」で想像が付く様に、鑑札制には、実はまだ続きがある。

 仮札取得後、営業、つまり、退治実績を、査察官に依り、最長で一年掛けて精査され、上の一札(いちふだ)から下の四札(しふだ)までの等級が付けられるのだ。


 仮札も含めた五階位は、それぞれ受けられる依頼や報酬も細かく決められており、これに依り退治屋の言い値だった報酬相場が統一。不当な利益を得辛くなり、所謂ぼったくり被害が激減した。

 依頼側も、妖被害に応じてどの退治屋を頼れば良いのかが明確になり、逆の退治屋の立場からすると「無理難題を吹っ掛けられる」事が無くなった為、無用な諍いを避ける事が出来る様になったのだ。


 しかし、鑑札制度下の退治屋――俗に札持ち――は、依頼内容を国に報告する義務を持つが、世に善悪が有る様に、依頼人全てが清廉潔白であるとは限らず、後ろ暗い処が有る者程、秘密裏に事を処理したがる傾向(もの)である。

 鑑札制度に与さぬ裏の退治屋、つまりは無資格(もぐり)が登場するのに、然程の時間は掛からなかった。

 他国での正当な実績が有れば、申請のみで鑑札が得られるにも拘らず、潜りが一向に減らなかったのは、裏での需要が絶えなかったからと言えるだろう。


 報酬がどれ程高額でも、闇から闇へ葬りたい曰く付きには、潜りこそが依頼人には必要であり、万一の時、国からの応援も保証も無いからこそ、高額の報酬を請求出来る潜りに求められたのは、信頼――口の堅さと腕の確かさだった。


 自然、どんな危険な依頼でも解決出来る腕利きが、不可視の名簿に暗黙の裡に名を連ねる様になったが、無論、精鋭全てが潜りとなった訳ではない。

 一度だけと高報酬に釣られ、軽い気持ちで裏の依頼を受けた浅慮から、二度と陽の当たる道に戻れなくなった者。

 鑑札は体の良い国の監視だと、最初から束縛を嫌った者。

 能力の高さ故に裏社会に目を付けられ、脅され引き摺り込まれた者……理由は様々なれど、皆、自らの意思に関わりなく、二度と綾京の()で退治屋として活躍出来ぬ事だけは同じであった。


 ならば他国に移れば、と考えがちだが、一度でも関われば目に見えぬ毒の様に身体を蝕む、或いは、見えても振り払い切れぬ蜘蛛の糸の様に執拗に絡み付くのが裏の縁である。

 仮に何とか逃げ切れたとしても、他国で退治屋として生計を立てるのは中々に難しかった。

 何故なら、綾京と他国では、妖の出現率に天地程の差が有ったからである。


 仮に他国の出現率を一とするなら、綾京では百、国境付近では千にも至るとされるのだから、いかに綾京が危険域――退治屋曰く、絶好地――であったかが窺える。

 これは、綾京の地理に要因が在った。


 その広大さの上に、陸上生物の八割を載せるとされるグラネリア大陸。それは同時に、広大さ故に千変万化、厳しい気候の殆どを有する事を意味する。

 南と西に砂漠を、北に大雪山と氷河を、東に大森林を備え、地表を縦横に蛇行する幾筋もの大河と、東西に長く峰を伸ばす大山脈を走らせる大陸の、綾京は最南端国だ。

 だが、これは、()()()()()()()()()()()()()()()()()、人間が存在出来る最南の地である事を示す。

 そして、人の活動限界地たらしめているのは、地理気候に因るものではなかった。


 妖である。


 妖――人非ざる存在(モノ)

 人に害を為す異形。

 尋常の手段では屠る事叶わず、動物の血肉を喰らうばかりか、人の害意、悪意――所謂負の情念さえも好み、糧とする恐ろしき魔。


 何時何処で誕生し、どれだけの種族に分かれ、どの様に意思の疎通を図り、何を老いとして滅びてゆくのか。

 生態の殆どが不明の儘、人とは決して相容れぬ事だけが自明の敵。

 だが数百年を生き、凄まじい妖力を得た大妖(たいよう)は、所によっては神に崇め奉られる事もあると言う。


 妖が何時何処から襲い来るか。存在の不透明性故に、不意の天災や不慮の事故と同じく、禍つ影に怯え退治屋に縋るしかない他国に対し、最悪の危険域である綾京は、辛うじてでも襲撃を察し備える事が出来た。

 何故なら、綾京の南の東西を挟む様に広がる砂漠と断崖から、多くの妖が出現したからである。


 綾京の南西に、灼熱の壁を築く九竜岐(くりゅうぎ)砂漠。年に一度、九竜岐からは炎風(えんぷう)と呼ばれる強烈な熱波が吹き寄せる。

 この仮借無い熱暴風に乗って妖が大挙するのが「炎魔(えんま)襲来」である。


 砂漠に妖の巣が在るのか、或いは砂漠を越えた先に妖の生まれる地が在るのか、砂漠に踏み入り無事に帰還した者が居ない為、矢張り何も解らぬ儘、綾京はこの炎魔に立ち向かわざるを得ない。

 当然の如く、札持ちを総動員しても人手が足りず、毎年他国の退治屋に助勢を求める程で、対炎魔戦は、不謹慎な物言いながら、退治屋には「命懸けの風物詩」だ。


 そして九竜岐と同じく人の南下を阻むのが、綾京の南東を切り取る断崖絶壁江落壁(こうらくへき)である。

 その縁に立って見下ろしたなら、まるで綾京が高地に在る様に錯覚する程の急峻な崖の名は「(かわ)も落ちる」威容から付けられたと言われる。


 実は、厄介なのは、炎魔よりも江落から現れる妖の方だった。

 長年の風雨に削られ、抉られ続けた壁の表面は恐ろしく起伏に富んでおり、そうして出来た千とも万とも言われる数の小洞窟が、妖の棲み処となっているのだ。

 穴を潰して塞ごうにも、江落は人が降りられる限度を超えた急角度で、下降に手間取ったなら、確実に妖の餌食となる。

 炎風は年に一度で済むが、昼夜を問わぬ連日の妖の襲来はこの江落からで、甚だ眉唾の話ながら、小洞窟は奥で繫がり地底に巨大な空間を形成しており、其処には咆哮だけで大地を揺るがす程の大妖が微睡み、下位の妖に命じて人を狩っているのだと囁かれるのも、然もありなんと思われる状況だった。


 江落の端の一方は九竜岐に繫がって完全に人を拒み、大回りして北東から崖下に出ようとすると、綾京の遥か北から鬱蒼と広がる大森林が人の足を縫い留める。つまり綾京は対妖の最前線なのだ。


 そんな危地に何故国が出来、人が暮らすのか。――否、何故人が生き、国が在るのか。


 死地なればこそだろう、と吉蝶は言う。


「安息安寧を望む者は、そもそも退治屋にはならん。生命(いのち)の遣り取りを覚悟して初めて、退治屋の心構えが出来るのだ。最近は恐怖感が堪らん等と戯言をほざく阿呆も居る様だが、そんな馬鹿共は必ず雑魚に足を掬われると宣言してやろう。この地で妖に立ち向かおうとした先人の覚悟を愚挙で汚してはならん」


 炎風と江落と。

 綾京と言う国が出来る以前に、確実に妖が襲来する(ここ)で、稀な力を持つ者達が、生命を懸けて妖に抗しようとしたのが全ての嚆矢だと、綾京には伝わる。


「……まあ、多分に腕試しの割合が有っただろう事までは否定出来んが」

「何だよそれ」

「往々にして、先人の偉業は誇張され、美化された故事は喧伝されると言う事だ。万人が支持……受け入れ易い様にな」

「ああ……それは何か解る」

「だが、先人が、使命感、つまり自己犠牲だけで行動したと解釈するのは、少々私達に……後世に都合が良過ぎると言えるだろうな」


 推測しか出来ぬ動機は兎も角、その先人達に依って妖に抗する橋頭堡が築かれたのは事実である。

 そして、一度確保された「人」の領域には、退治屋が続々と集い始めた。

 何故なら、其処には妖を倒す為のあらゆる方式手段呪具が在り、且つ、新たに開発されていたからだ。


 人には有り得ぬ体躯の化け物に後れを取らぬ、武術、体術。

 より効率的に魔を滅せる術。

 僅かでも謎を明かそうと試行錯誤される妖の研究、統計、武具の開発……。

 積み上げられる経験と知識は、退治屋の垂涎の的だった。

 その力を持った者がその力で一旗上げようとするのに、これ程適した地は他に無かった。


 己の力を試せ、活かせる最高の場。


 妖を狩る者達にとって、其処は間違い無く、武の国、術の地、知の都だったのだ。


 すると、当然の如く、退治屋相手に日々の糧を得んとする、逞しい者達が現れた。

 妖の高い危険性は、矢張り、他に類を見ない程高密度の退治屋人口で相殺される。

 退治屋と懇意になれば、何かの折には便宜を図ってもらえるだろうと、危険を慮外視し、或いは、金銭とで天秤に掛けた者達の出現に因って、更に其処は人が増した。

 そうして誕生したのが、妖に屈さぬ、技と知と術と、人々の希望の(すい)――綾京。


 その綾京の都が、慶寿(けいしょう)である。






お読みいただき有り難うございます。

ご感想等ありましたら是非お願いします。励みになります。★★★★★の評価も頂けるとなお一層有難いです。


全く別の世界観ですが、お時間がございましたら、


星を掴む花

竜の花 鳳の翼


も、ご覧下さると嬉しいです。

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