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天に刃向かう月  作者: 宮湖
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14 凄腕退治屋の私見

完結済みではありますが、読み易いように改行等手直しをしております。その際「13 獣に無い知恵」と分割しております。


宜しければご覧下さい。

 14 凄腕退治屋の私見



「退治屋吉蝶の経験と知識に基づいた私見で良ければ開陳しようが、如何(いかが)?」

「……拝聴しよう」

「一。想像し難い巨大な獣と言う点では中妖が挙げられるが、遺体が喰われていない事から、犯行は獣に因るものではないと同時に、中妖に因るものとも考え難い。異論は?」

「……無ぇ」


 想像上の異形(ばけもの)の様な外見。

 血肉を好む中妖。


「では、残る可能性として上妖だろうか? 私にはそうは思えん。何故なら、上妖がこんなつまらん事をするとは、とても考えられんからだ」

「……つまらないって師匠」

退屈(つまらん)だろうが。騒ぎなだけで、趣が無い。やってる事は、物陰から現れて人を驚かせるのと変わらんぞ。それでは()()()()()()()()()


 人を弄び、澱みの様な昏い感情を啜る事。

 それが上妖の、嗜好。快楽。


「一撃必殺、即死。死の瞬間、被害者達の心を多く占めたのは、驚愕が殆どではなかったのか。死の恐怖が無かったとは言わんが、未練や悔恨に囚われる時が、果たして有ったろうか。況してや、他者への悪意等抱く暇が有っただろうか。恐らくは、己の身に何が起きたのかも理解出来なかったのではないかな。上妖が味わう程の感情が生じていたとは、到底思えん」


 千砂は想像する。

 已むを得ぬ事情で深夜の外出を余儀無くされたとして、出会っても不審を抱かぬ相手。

 知己でなくても良い。身の危険さえ感じなければ。その相手が不意に殺戮者に豹変しても、きっと自分は殆ど痛みすら感じずに、凶爪に掛かるに違いない。

 その時、自分は何を想うだろうか。

 誰を、思い出すだろうか。


「……拙い……拙い拙い拙い! 最悪だ!」


 千砂の僅かな物思いは、甲斐の壮絶な呻き声に遮られた。最後はまるで絶叫だ。


「……流石に、ここまで言えば解るか」


 ここまで言われても解らない千砂が目を瞬かせると、こいつぁ冗談じゃねぇぞと唸る。


「七割強の話じゃねぇ。ほぼ十割じゃねぇか」

「……堕妖なら、それ程の騒ぎにならないんじゃないんですか?」

「……完全に堕ちてねぇ堕妖だぞ」

「え……っと、それが?」

退治屋(ひとめ)を避けている事からして、騒ぎを忌むだけの知恵が有る、頭が回る、つまり、人としての意識、或いは、知識が残っている事になる」


 うん、と千砂が頷くと、吉蝶の後を、歯軋りせんばかりの勢いで甲斐が継いだ。


「つまりな、この堕妖は、人の意識を保っていながら凶行を続けてるって事だよ、畜生め!」


 叫ばれ、漸く千砂は事の重大さに気付いた。

 足元から冷気の様な震えが這い上がり、春の昼の陽気が、一瞬、周囲から絶える。


 人でも、これだけの事をしてのける精神(こころ)


 気が知れぬ、狂っていると甲斐は言ったが。


「問題はこれからだ。堕妖は誰にも警戒心を抱かれぬ相手、言い換えるなら、その立場に居る者、と言う事になるぞ。解るな。不審人物ではないのだ。不審者を洗い出していたのでは、永劫捕まえられん。次の被害者が出るぞ」


 確かにこれは……拙い。最悪だ。


「皆に……知らせないと」


 堕妖だと通達し、注意を喚起せねば。

 だがしかし、師匠達二人は首を横に振った。


「何故!?」


 堕妖は妥協点の筈なのに。

 非難めいた問いに、苦り切った表情で答えたのは、先が見え過ぎる少女だった。


「堕妖、即ち貴妖が絡んでいる事は事実だ。妖気瘴気確認の届出が無いので、完全には堕ちていないのだろうよ。だが、人の域を踏み越えた……踏み外した凶行に走る。小塚を動かす方便だった『これまでの堕妖とは違う』が本当になるかもしれん。……混乱が起きるぞ」


 恐慌状態での、紛乱の如き。

 千砂はごくりと唾を呑んだ。


「しかも、誰それは堕妖ではないか、等の疑念の噂も無い事から、堕妖は憑かれる前と同じ生活を送っている可能性が高い。自分の現状を隠すだけの知恵が有るのだ。これは極めて厄介だぞ。人間の皮を被った妖が紛れ込んだ様なものだ。人に化ける上妖より直接的な分、性質(たち)が悪い。慶寿から避難する者も出るだろう。だがそれに堕妖が混じらんとは、断言出来ん」


「でも、避難先でも事件が起きれば、避難者の中から堕妖の目星が付けられるんじゃ」

「避難者を生贄の羊にすんのかよ」

「そんな心算は」


――違う。囮にしろと言っている様なものだ。


「避難者ではなく、避難先と慶寿を往復する人足に紛れるかもしれん。荷運びの日雇いの類は需要が増すだろう。貧民の人別帳は穴だらけだと聞く。日銭を稼げるのなら人足の口には貧民が殺到し、一日の人口流動率は恐ろしい数になろう。それを軍が正確に把握出来ると思うか? 今の城門兵だけで捌けると?」


 無理である。


「一度堕妖を見失えば、慶寿の外でも凶行が続く。人々の恐怖は頂点に達するだろう。暴動が起きたら、流石の私にも止められん」


 八方塞だ。


「お嬢、何か……何か手は無ぇのかよ!」


 髪を掻き毟った甲斐が、縋る様に吼える。

 吉蝶はそんな甲斐を暫く見詰め、一度開き掛けた口を、だが、閉じた。

 珍しく躊躇う仕草に、千砂は密かに眉を潜める。


 碩学な知識と、若さからは想像も付かぬ経験に裏打ちされた即断即決、それが千砂の吉蝶像であるのに、まだ違う塑像を作る必要が有るのだろうか。

 勿論、昨日の一件は別だけれど。


「……甲斐。()()()()()()()()()


 何か別の糸口を見付けたかの様に、菫の双眸が眇められた。

 男二人は顔を見合わせる。


「この儘無為に手を拱いていたのでは、私の評判に関わる。暴動は止められんが……」


 内密に受けた、小塚頭領からの依頼。

 堕妖を何とかしてくれと。

 吉蝶はにやりと笑った。

 その不敵な笑みが、何と似合う事か。


「妖絡みの事件ならば、止めてやろうよ」

「お嬢!」


 やってくれるか、と早くも愁眉を開いた甲斐を、今度は吉蝶は呆れた眼差しで見遣った。


「恥も外聞も無く、小娘(わたし)によくもそこまで頼るものだな。堕妖はお前の領分だろうに」

「面目無ぇとは言わねぇぞ。異常事態だ」

「開き直るな。先ずは、情報を集め直す処から始めねばならんぞ。これまでは()()()()()で仕入れたものではないだろう?」

「任せろ、十八番だ」


 堕妖退治と情報収集が、小塚の真面目(しんめんもく)である。


「では、最近妙な依頼を受けた者がいないかも調べろ」

「妙な依頼?」

「ああ。……否、依頼の内容は問題ではないか。常なら受けぬ……これも語弊が有るな」

「何だよはっきりしねぇな、お嬢らしくねぇ」

「私の言葉に縛られ、先入観を持って臨まれては困る。……ふむ。堕妖に関わらず、常とは異なる事が無かったか……この一月で。これを心に留めて、皆には励んでもらいたい。良いか」


 皆とは、小塚の面々の事だ。

 要領を得ぬ儘、甲斐は取り敢えず頷いた。


 聡明過ぎる吉蝶の思考は、常人には到達出来ぬ高みでの閃きから至る事が多く、一から十までの説明が無いと、凡人(かずさ)達には理解出来ぬのだ。


 じゃあ早速、と甲斐は腰を上げた。

 話が済めば、いつも吉蝶は見送らない。

 玄関先で、甲斐は、これで少しは先が見えそうだ、と笑った。


「こう事件が続くと、落ち着かなくていけねぇ」

「連続惨殺事件に……まさか、勾引まで妖絡みとか言いませんよね」


 最近の慶寿を不安の渦に叩き込んでいる二大事件だ。

 千砂の下手な冗談に、それがな、と甲斐は、意外にも真剣な表情で答えた。


「どうやら、勾引じゃなくて、神隠しらしい」


 一瞬、千砂の息が止まる。

 蘇る、あの闇色の――。


「へ……ぇ。じゃあ、そっちこそ妖絡みかもしれませんね。依頼が有ったらうちに回して下さいよ。()()()()、動きますから」


 何とか息を繫いで、堕妖の件では大っぴらに動けぬ事を仄めかすと、解ってらぁ、と何も気付かぬ甲斐は、年下の青年の額を小突いた。

 この辺りの遣り取りは、完全に兄弟の様だ。


「そう言えば、甲斐さんは、うちの師匠の兄貴って知ってますかね。先日偶然……見掛けたんですけど、一瞬だったから、挨拶出来なくて」


 兄弟で思い出した千砂は、何気無くそう訊ねた。

 兄を名乗って騒動を起こすと言うのなら、噂位は耳にしていないかと、特別な期待も意図も無かったのだが、甲斐の返答は、想像を遥か上空で錐揉みで裏切る凄まじいものだった。


「ああ、花街のすけこまし」

「…………はい?」


 何か聞き間違えたかと思ったのだが。


「知らねぇ? 偶ーに花街に出没して、来た時は必ず一晩で女を最低三人は買って、翌朝には煙の様に消えてるって話。一夜で五人相手にして全員足腰立たなくさせた絶倫武勇伝」


 千砂はあんぐりと口を開けるしかない。


「退治屋修行も結構だが、お前はもちっと敬語を勉強しろ」


 そう言い残して甲斐が立ち去ると、千砂はその表情の儘、吉蝶の自室に戻った。

 絶対聞こえていると確信すれば案の定、吉蝶はこの世の終わりの様な顔をしていた。


「……本当に?」

「……目が覚めた時、己の全身から白粉の匂いがした時の悍しさ……絶望が解るか!?」


 己に置き換えてみろ、と言われて想像して、千砂は吐き気に襲われた。

 この場合、自分は女になっているのだ。主従で言い渋るのも道理、全力阻止の厳命が下る訳である。


 昨日「寝てる間の事も云々」との問いに、凄い表情になったのも頷ける。苦虫数百匹でも足りない。


 流石に変化するのは外見だけで、男性としての生殖能力は無いらしい。当然だ。有ったら困る。

 それでも初めは、白虎が何を仕出かしてくれやがったかを知る度に、憤死しかけていたそうだ。


「せめてもの救いは、白虎が表に出ている時は私の疲労が極限で、裏での意識が保てていない事だな……。然もなくば発狂するぞ」


 正しく「寝ている間の夢」状態らしい。


「……俺はそんなに非常識と言うか、非日常的な事は求めてないんだけどな」


 出来る限り平穏に、謎は解かれたのを後でご高説賜って楽に。

 多少の刺激は歓迎するが、連日の緊張感は御免被りたい。

 この述懐を、皮肉屋の少女は鼻で嗤った。


「そんなもの、退治屋を志した時点で求める方が間違っているな」


 これまた真にご尤もだった。





お読みいただき有り難うございます。

ご感想等ありましたら是非お願いします。励みになります。★★★★★の評価も頂けるとなお一層有難いです。


全く別の世界観ですが、お時間がございましたら、


星を掴む花

竜の花 鳳の翼


も、ご覧下さると嬉しいです。

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