13 獣に無い知恵
完結済みではありますが、読み易いように改行等手直しをしております。その際「14 凄腕退治屋の私見」と分割しております。
宜しければご覧下さい。
13 獣に無い知恵
「先ず確認するが、六四とは、違うのが四か?」
非公式と言うより、暗々の助言者席を甘受した知恵者が発した第一の問いに、小娘の頤使に甘んじるが運命と遠い目で達観していた憐れな男は、その鮮やかな瞳を数度瞬かせた。
「いや。オレの仕事になりそうな率が四、だな」
「その割合、七三位に訂正しておけ」
「あん? オレの出番が無ぇってのか?」
「逆だ。七割強でお前の仕事だろうな」
「だから待ってっての! 根拠は!」
妖ではなく、堕妖の仕業とする根拠は。
お互いに言質を取ったからには、甲斐に遠慮も憚りも無い。
詰め寄る大男に、大層聡明で該博な少女は、察しの悪い男だなと言う風な冷徹な眼差しをくれた。
しかし助言料は確約された。吉蝶は依頼完遂の凄腕退治屋である。
「全員、正面から襲われているのは確かだな?」
「ああ。門兵だけ異変に気付いて逃げようとしたのか、少し身を捩った風にはなってたが、敵が物陰に潜んで背後から襲ったってんじゃねぇのは確実だ。背中は綺麗なもんだぜ」
「ならば、何故、誰一人、悲鳴や逃げる物音を聞いた者が居ないのだ?」
深夜だから目撃者が居ないのか、或いは。
「四人とも悲鳴を上げてねぇ……?」
「上げる暇が無かったんじゃ?」
「深夜だぞ。しかも、これだけ話題になっているのだ。目の前に獣が居たら、叫ぶし、逃げる。犬だとしても恐ろしかろうな。卑妖の醜悪な姿を見たら、絶叫せんものかな。恐怖で声が出なかったか? 武装した抱関が? 此処は長閑な北方諸国ではないぞ。妖なんぞ日常茶飯事なのに、武器を手にした男が、人も呼ばずに大人しく殺されるか? 逃げるか爪を躱すかしようとして、身を捻り掛けた処を殺された、これは間違い無かろうな。だが、遅い」
警備の任に在る者が異変を感じるのが遅過ぎる。
異常を感じて持ち場を離れ、生命の危機に直面して逃げ出すまでが長過ぎる。
「抱関が持ち場を離れる程の何かは、周囲には悟られぬ程度の異常だった。故に、単独で動いた。衆目が断たれる所に到っても尚、不審を抱かずに。獣か妖に対峙して、それは起こらん」
有り得ない。
つまり、門兵は。
「堕妖に、暗闇まで誘き出されたって事か」
そしてそれは、警戒心を全く抱かず、相手を己が正面に置いた事も意味する。
顔見知りでも、そんな時間に出くわせば、疑念の声を掛けるだろう。
知らぬ者なら誰何する。
即ち、どんな時刻に何処に居ても疑われない存在。
だが、それが、四箇所全てで、四人全員に対して、とは。
甲斐が感心した様に息を吐いた。
実際感心したのだろう。千砂もそうだ。甲斐の話を聞いただけなのに、鮮やかな推理である。
しかし、折角そう褒めたのに、本人は真顔で否定した。
「こんなもの推理の内に入らん」
訊けば、これを推理と言ったのでは、世の名探偵が泣くそうだ。
千砂には意味が解らない。
「露店が襲われずに済んでいるのも、妙な話だ」
「ってぇと?」
「獣なら、真っ先に屋台の類を襲いそうなものだが。人を襲う程飢えた獣なら尚更だ」
「……そう言やぁ、残飯漁る野良犬に、毛色が変わったのが混じってるとも聞かねぇな」
それも根拠の一つかと甲斐が問えば、話はもっと厄介だ、と、吉蝶は吐き棄てる様に言った。
「人目を、それも現れてはならぬ場所を避けるだけの知恵が有る、と言う事になるぞ」
単純に人目を避けて、人通りの多い露店を襲うのを控えている、と言うだけではない。
人が集まる所には必ずと言って良い程、退治屋が、それも複数居るのが慶寿である。
「それを避ける知恵が、獣に有るか?」
無い。
獣は勿論の事、下妖にもそこまでの知恵は無い。
だがそうすると、これは堕妖でなくても、最低でも中妖が絡んでいる事になる。
「だが、私が一番解せんのは、殺された理由だ」
「理由って……そんなもん」
「犯行が人の所業なら、犯人なら、殺す目的で殺したのだろうよ。辻斬りの様に狂気に憑かれたのでも、刀の試し斬りでも良い。妙な言い方だが、歴とした理由が有って殺したのだ。その理由が、犯人にしか通じぬ、私達には理解の出来ぬものであろうともな。獣が人を襲う理由は、街中ならば、己の縄張りを荒らしたから、だろうよ。山中ならば飢えていたから、かな」
あ、と千砂は思わず声を上げた。
だから、先程、吉蝶は確認したのだ。
「そうだ。死後、遺体を野犬が食い荒らしたかどうかは、この際問題ではない。肝心なのは、四人何れも、直接の殺害犯に遺体を喰われた形跡が無い、と言う事だ。……喰うのが目的でないなら、獣が何故人を殺す。狂犬病か? 狂った獣が、夜陰に紛れる知恵を有していると?」
ああ、と低い嘆息が漏れた。
「本当に飢えた獣が暴れているのなら、人よりも家畜を襲った方が手っ取り早かろう。鶏でも兎でも良いのだ。人の血の味を憶えた等と戯けた理由なら、女であろうと大人を襲わず、体の小さな子供を標的にするのではないのか? しかも一週間近く間を空けている。三人目と四人目は六日か。仮に襲った獣が喰っていたとしても六日間、人一人分の内臓で、飢えが満たされるものかな。巨大な獣が」
故に、獣の仕業は有り得ない。
確実に妖だ。しかも堕妖か、中妖以上の。
今度は千砂が感嘆の息を吐いた。
獣とは思えない、から、獣では有り得ない、に見事に話が切り替わったのだ。
しかも、論旨が明快で矛盾が無い。
鮮やかである。
だが反して、甲斐は重い呟きを漏らした。
「証拠が無ぇ。それに、堕妖とは決められねぇ」
そうだ。吉蝶は堕妖の可能性が七割以上と、既に結論付けているのだ。
「ふん。話を穏便に済ませたいお前の依頼主は、是が非でも獣で押し通したいのだろうがな。……確かに、今の話は所謂状況証拠だけでの、飽く迄私個人の、私見という奴だ。私は今は隠密裏の誘掖役だから、小娘の戯言を上奏するかどうかの判断は、お前が下すべきだろうよ」
「師匠。獣で話が纏まるとは思えないけど」
「ああ。子供でも騙されんだろうな」
大体、穏便で片付く状況を過ぎているのだ。
「お嬢。証拠を出せとは言わねぇ。けど、堕妖だってんなら、妖じゃねぇって公言出来るだけの根拠が要る。堕妖だって論拠でも良い」
甲斐のこの言い草が、何故か吉蝶は気に入った様だった。
怜悧な面に愉悦の色が乗る。
「妖ではない根拠か、堕妖である論拠か」
歌う様に呟いてから、意地悪そうに笑う。
お読みいただき有り難うございます。
ご感想等ありましたら是非お願いします。励みになります。★★★★★の評価も頂けるとなお一層有難いです。
全く別の世界観ですが、お時間がございましたら、
星を掴む花
竜の花 鳳の翼
も、ご覧下さると嬉しいです。