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天に刃向かう月  作者: 宮湖
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11 甲斐

完結済みではありますが、読み易いように改行等手直しをしております。その際「12 凶爪の被害者達」と分割しております。


宜しければご覧下さい。

 11 甲斐



「よう。お嬢は起きてるか」

「あ、甲斐(かい)さん……ドーモ」


 千砂の心境的には驚天動地の一夜が明け、殆どの人が起床し、日々の糧を得る為に精を出しているであろう巳の刻。

 慣れた風情で気安く吉蝶の家を訪れた男に、千砂は頰が引き攣るのを隠し切れなかった。

 歳は確か四十手前。左頰に二筋、大きな鉤裂きの痕を残す甲斐は、堕妖専門の退治屋集団「小塚(こづか)」を率いる頭領である。


 小塚とは、集団が名乗るにしては妙な名だが、堕妖は忌まれ、肉親からも完全に縁を切られる。

 倒した後でせめて塚なりと、と、供養してやるのが由来だとも、当初は小柄と書き、短くとも鋭利な切れ味さえあれば、どんな堕妖も仕留める事を売りとしたからとも言われるが、名付け名乗った張本人に尋ねてもにやにやと笑うだけなので、真偽の程は千砂には分からぬ。


 短く刈った剛毛は青味の強い鋼色、それに目も覚める様に鮮やかな翠緑玉の瞳と言う異色の取り合わせ、七尺に喃々とする体躯は隆として、矢鱈と目立つ外見の大男である。


「何だその微妙な反応は」


 いやーははは、と乾いた笑いで逃げようとした千砂だが、日頃から目敏い甲斐に誤魔化しが成功した(ためし)は無い。小塚は三十人からを抱える大所帯で、仕事の請負、手配から分配金、仕事道具から住処までの面倒を、配下の猛者達から一切の不平が出ぬ様に取り仕切るのが、頭領甲斐なのだ。見習い小僧に太刀打ち出来る相手ではないのである。

 今まで通りに歳の離れた弟扱いで弄られれば良いのだが、昨日と今日とでは事情が変わった。どうしても千砂は緊張する。


 朱雀の言を信じるのなら、甲斐は朱雀達の存在を知らぬ。しかも吉蝶の状態は「憑かれた」と誤解されかねない。

 堕妖専門の退治屋は、斑並に……下手をしたら斑以上に知られては拙い相手だ。


 特に、斑は、まだ火種の内から油を注ぎ煽ぎまくり、周囲を全焼させた挙句「俺様を虚仮にした報いだざまぁ見ろ!」とでも高笑いをする性質だが、甲斐は小火の内に大事にならぬ様に、完全に消し止める性格だ。

 疑いを持たれただけでも危険なのに、よくもまあそんな甲斐と平然と付き合っているものだと、千砂は吉蝶の豪胆さに、感嘆を通り越して呆れてしまう。


「喧しいぞ、甲斐」


 不機嫌な表情で、つまりは常の吉蝶が奥からそう現れて、千砂は心底ほっとした。

 既に戻っていたらしい。体調も万全そうだ。


「仕事か」


 綾京、慶寿でも、堕妖は通常の妖に比べて出現数が少ない。その為、小塚は情報屋や仕事の斡旋屋も兼ねていた。


 札持ちには公的な依頼の周旋が有るが、潜りには支援制度が無い為、高名を頼って直接持ち込まれぬ限りは、小塚の様な斡旋屋から話が来るのを待つか、情報を得て客の元に自分から売り込みに行くか、になる。

 昨日の妖雑も、甲斐から紹介されたのだ。


「商売繁盛で結構な事だな」

「オレがお前の上前撥ねまくってるみてぇな言い方するんじゃねぇよ。適正価格だ」


 んな怖い事するか、と大男が震える。


 斡旋屋への払いは、依頼料の一割弱が相場だ。斡旋屋を通した仕事の場合、依頼主は報酬の全額を斡旋屋に払い、斡旋屋はそこから自分の取り分を差し引いた額を退治屋に渡すのだ。


 着服を企てるなら幾らでも可能で、実際、斡旋屋と退治屋の紛擾(ゴタゴタ)は後を絶たぬ。

 だが、吉蝶相手にそれをする斡旋屋は皆無だ。後が怖い。


「昨日の首尾を聞きがてら、お嬢のご機嫌伺いと……朝から動いた帰りなんで、お茶を一杯」

「図々しい奴め。千砂」


 案内は要らねぇよ、と勝手知ったる何とやらで、甲斐は吉蝶の部屋とは廊下を挟んで対極の応接間に上がった。


 八畳の応接間も殆ど書庫と変わらぬが、一応千砂が掃除をするので、家主の部屋よりかはましな状態になっている。

 甲斐のこの態度は常の事なので、千砂もさっさと厨へ向かった。そもそも然程広い家ではないので、案内が必要とも思えない。

 だが、もし、朱雀が表に出ている時に、甲斐の夜討ち朝駆けに遭ったらと思うと、ぞっとする千砂である。


 吉蝶は家で殆ど食事をしない。大通りに行けば、深夜早朝でも某かの屋台が出ているので、其処で賄う方が早いのだ。

 丑三つ時に、揚げ物の露店が看板灯篭に火を入れている辺りは、人の時の感覚の無い妖と戦う、退治屋の本拠地ならではの光景と言えるだろう。

 その為、住み込みの千砂も、普通の内弟子が課せられる炊事の類には、()()と縁が無かった。

 こうして来客時に茶を出す位が精々で、厨の竃には蜘蛛が巣を張る事さえある。


 後は一番奥、裏庭に面した湯殿に井戸の水を汲み運ぶのが、労働らしい労働だろうか。

 外で薪を焼べて湯を沸かす形だが、術にも秀でた吉蝶は、術師らしく、毎夜一瞬で湯を沸かしてくれ、しかもそれは冷め難い。

 お蔭で千砂は薪割りも免除で、衣食住に関しては、真に楽な内弟子生活を満喫していた。

 竃にも、吉蝶お手製の火符が常備されているので、水瓶に綺麗な水を湛えてさえおけば、お茶用の湯等、半瞬だ。


 何故か有る甲斐用の湯飲み茶碗と合わせて、三つに茶を淹れて応接間の襖を開けると、社交辞令(ごきげんうかがい)が終わった処だった。


「朝から動いたとは。お前の仕事か」

「今ンとこ六四(ろくよん)で違いそうだが……。昨日また出たんだよ」


 有り(がと)よ、と受け取った茶を啜りながら甲斐が顔を顰めたのは、茶が渋かったからではなく、早朝に叩き起こされた一件が原因だった。


「一応訊いてやるが、何がだ」


 誰が相手でも吉蝶はこの態度。千砂も初めは、甲斐が怒るのではと気を揉んだものだ。


「だから、大型らしき獣、に因る惨殺死体」


 またですか、と千砂は思わず口を挟んだ。


「おうよ。これで四件目だ」





お読みいただき有り難うございます。

ご感想等ありましたら是非お願いします。励みになります。★★★★★の評価も頂けるとなお一層有難いです。


全く別の世界観ですが、お時間がございましたら、


星を掴む花

竜の花 鳳の翼


も、ご覧下さると嬉しいです。

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