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天に刃向かう月  作者: 宮湖
13/44

10 封印

完結済みではありますが、読み易いように改行等手直しをしております。その際「8 初見」「9 朱雀」と分割しております。


宜しければご覧下さい。


 10 封印



「ずっと寝てなかったのは、お前等が原因か?」


「左様。封印の副作用、或いは副産物とでも言おうか、主は少々……御身が特殊な状態に在られるのじゃ。我と代われば済むと思うじゃろうが、白虎が虎視眈々と機会を窺っておる。不測の事態や不可避の状況等、余程の事が無ければ我も出現は控えておるのよ。妖気封じの札も有るには有るが、短時間しか()たぬでの」


 白虎には、主従して手を焼いているらしい。


 だからか、と千砂は、乱雑な書庫の如き部屋を見回した。

 本を読破する為に寝る間を惜しんでいたのではなく、夜を過ごす為にこれ等が必要だった訳だ。それは博識にもなるだろう。単純に考えて、他人の倍の時間を起きている様なものなのだから。

 そう言うと、何故か一瞬、朱雀は何とも形容し難い表情になった。


「妖気封じが()つ時間ってどの位だ?」


 後学の為にも知っておいた方が良いだろう。


「状況にも因るが、我ならば長くて半日、白虎は案外と抑えてくれる故、一晩と言った処じゃな。他二体には札は効かぬわ」


「何でそんなに差が。力は同等なんじゃ」


――否。封印前、と朱雀は言わなかったか。


 この問いに、朱雀はそれよ、と顔を顰めた。

 そんな表情まで妖しい美しさに満ちているのだから、普段吉蝶が、どれだけ己の容姿に無頓着かが知れると言うものである。正しく宝の持ち腐れだ。

 吉蝶は「顔で妖が倒せるか」とでも言うだろうが。勿論その通りなのだけれど。

 一方、恐らくは無意識に魅力を完全発揮している朱雀は、苦り切った表情の儘続けた。


「白虎はある部分でまだ話が通じる故、妖気撒き散らして騒動を起こす心配は無いがの。厄介なのは青竜と玄武でな。我はこの二体を抑える為に、力の多くを割いておるのじゃ」


 三体を抑える役目。


「……封印の補佐?」


 憶えておったかえ、と、朱雀は表情を和らげた。


「青竜、玄武は普段は眠っておる。奴等が覚醒するのは己に、つまり主の御身に危機が迫った時じゃ。我も含めて、四体には身体……実体が無い。主が我等を封じる際に、肉体を滅ぼされたのでな。故に主の御身は己の身体に等しい。青竜、玄武は妖の最も原始的な衝動に忠実じゃ。己に害を為す存在を赦さぬ。危険を察した瞬間に覚醒と同時に顕現し、容赦無く敵を殲滅するじゃろう。周りが火の海になろうと死の谷になろうと構わずに、の」


 千砂はごくりと唾を呑んだ。

 朱雀は眠る二体の恐ろしさを説いたが、青竜玄武に可能なら、白虎にも、そして封印に力を割いていなければ、同等である、即ち本来の朱雀にも、その所業が可能と言う事だ。

 改めて目の前に居るのが妖、それもかなりの力を秘めている事を、思い知ったのである。


「青竜玄武を眠らせ続け、白虎を制し続けるのが我の使命。……逆に言えば、このお役目に力を注いでおる故、他では我は殆ど役に立たぬ。主の危機には我の抑えも弾け飛び、二体どちらかが地獄絵図を描くじゃろう。平時でも、時折白虎にしてやられておるわえ」


 確かに、入れ替わる度に白虎と主導権争いを繰り広げなければならないのなら、可能な限り吉蝶の意識があった方が良い。

 しかし、それでも一月不眠とは、それはぶっ倒れても当然だ。

 言うと、朱雀も最高記録だと頷いた。


「一対三、じゃない、二対三じゃ分が悪いか」

「左様。じゃが、頭数だけなら漸く対等じゃ」


 千砂は最初意味を図りかね、悟った途端、思わず裏返った声で叫んでいた。


「俺!?」


 他に誰が居る、と有り難くない答えを貰う。


「汝の役目は、人の中で主が異端視されぬ様、我等の事が露見せぬ様に気を配る事じゃ。主は大変聡明であられるが……その、人の世の遣り方と言うか、振る舞いへの配慮と言うかには、少々疎くていらっしゃるのでな」

「あ――……」


 それはそうかも、と千砂は同意した。

 一月前までは、生き馬の目を抜く様にして暮らす露天商達にさえ恐れられていたのだ。

 まあ、これだけ非常識な環境では、そうならざるを得ないだろうとは思う。

 露見(バレ)る危険性を考慮すれば、自然と人付き合いも疎遠になるだろうし、と千砂は常識に疎くなった元凶の一つを改めて見遣った。


 千砂には、朱雀が、本心から吉蝶を案じている様にしか見えぬ。

 だが、朱雀は吉蝶の使役を受け容れた。平たく言えば、力に屈服したのだ。

 妖が使役者の心根に触れて改心した等とは、それこそ有り得ない。

 人と妖は、全く別の存在なのだから。

 だから、考えを突き詰めて、思った。


 強き存在に、妖は膝を折る。

 畢竟、吉蝶は上妖――最低でも単体には勝る。

 その吉蝶が、何故。

 なあ、と掛ける声は、上擦っていたろうか。それとも、擦れていただろうか。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()よな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んじゃないのか?」


 そう、吉蝶は何故。


 朱雀達を()()()()()()()()のか。


「……汝は余計な処で鋭いの」


 朱雀は、ぞくりとした一瞥で肯定した。


「じゃが、その問いには、我は答えられぬ」


 説くと言うておきながら済まぬが、と美女は目を伏せた。

 語る権が無いのだと言う。


「それに、我が……我等が知るは、御身に封じられて以降のみ。それ以前の主に何があったかを知る事は出来ぬ。主のお言葉の端々から推察するのが関の山じゃ。それを妄りに吹聴する訳にはゆかぬじゃ……待て」


 朱雀は瞠目する様に言葉を止めた。

 それから、白過ぎる手で、顔の上半分を隠す様に押さえる。

 その儘僅かに俯くや、ぶるり、と何かに肌が粟立ったが如く軽く身を震わせて――。


――あ。


 分かった。


「吉蝶……師匠!?」


 今、朱雀と吉蝶が入れ替わったのだ。

 朱雀を知った後なら、判る。

 存在が、まるで違うのだ。

 妖艶だとか怜悧だとか、そう言う事ではない。その身を包む空気に一切の濁りが無いのだ。

 退場して初めて、朱雀の覇気に毒の様な、敵意や害意と言った感情に因るものではない、存在が根源から放つ、人とは相容れぬ異質なものが在った事に気付いた。気付かされた。


 朱雀の、あの、言葉に出来ぬ気配。

 あれこそが妖気。

 敷地内に施された術と封じの札が在ったからこそ、妖気をそう感じたのであって、無防備に無頓着に剥き出しの妖気を浴びていたら、今頃自分は、骨まで爛れていたに違いない。


 人であれば皆、今、吉蝶が纏う澄明とでも言うべき空気を、持てるものだろうか。

 そんな筈はないな、と千砂は直ぐに自分を含めて嗤った。


 敵意害意悪意殺意犯意等の意向のみならず、邪欲物欲淫欲を抱きながら、人は相手に祝意を表し、善意を装う事が出来る生き物だ。


 人がどれ程複雑で混沌として、己の行動を己自身で理解出来ず、時に我意と没我を同時に両立さえする怪奇な存在である事か、千砂程度の人生経験でも良く解る。


 人に比すれば、本能的欲望に忠実で、人が抱くあらゆる負の感情の粋だけを持ち、力を絶対とし、人と対極の妖の方が、どれだけ純粋で、混じり気が無いと言えるだろう。


 黒い魔一色。それが妖と、迷う者は居ない。


 それとも、対極なればこそか。

 人の心が繚乱であるからこそ、対極の妖が、逆説的な清さに在る様に見えるのだろうか。


 拙いな、と千砂は己の思考を窘めた。

 妖に付け入れられる様な考えだ。

 他の退治屋に露見たら、狩られかねない。


――妖に惹かれている、等と。


 この程度の了見でも異端視されるのは確実なのだが、千砂よりも一番隠し通さねばならぬ秘密を抱えた吉蝶は、()()なり、最前の朱雀の目元を隠した姿勢を保った儘、長嘆した。

 恐ろしく不機嫌である。

 本当に吉蝶が宝刀なら「知られたからには生かしておけぬ」とぶった斬られそうだ。


「……一月しか保たなんだか」

不寝(ねず)に一月は無理だから」


 人間は確か、三日寝ないと死ぬそうなのに。

 隠し通せると算段していたのだろうか。それには状況が色々と特殊過ぎるのだが。


 吉蝶は再度長嘆し、同じ姿勢の儘動こうとしない。

 朱雀に対峙するのとは全く別種の緊張感に耐え切れなくなった千砂だが、何と声を掛ければ良いものか、皆目見当も付かない。


「話は解っておる」


 情け無くも無意味に口の開閉を繰り返していると、吉蝶の方が先に声を発した。

 掌の陰で漏らした自嘲が閃き、漸く上げた目元に光に因らぬ陰影が走る。


「私と朱雀達は、情報の共有関係に有るからな」

「? 寝てる間の事も分かるとか、か?」


 この問いに、吉蝶は何故か、苦虫とやらを数百匹乾燥粉末にして淹れた茶を飲まされた様な表情になった。憤懣遣る方無いに近いか。


「身体の主導権を握る事を、私達は表に出ると言うが、その表に出ている者が見聞きした事は、対して裏に居る者にも共通の体験となるのだ。思考までは読めんが、それ以外は」

「筒抜けか」

「そうだ。だから朱雀に、私が朱雀達を封印するに()()()()()を訊いても無駄な事だ」


 朱雀も言っていた。

 自分が知るのは、封印されてからの事だけだと。

「……ひょっとして、込み入った事情を話してくれる為に表に出たとか?」


 一月完徹したにしては、裏に居た時間は精々半時、とても休めたとは思えない。

 だが一番の事情通は、意味有り気に笑っただけだった。教えてくれる気は無いらしい。今はまだ、何れ、と言う事なのか。


 千砂自身、吉蝶に隠し事の有る身なだけに、執拗に食い下がる事が出来ない。何時か、明かす気になるだろうか。

 自分が吉蝶に打ち明け。

 吉蝶が自分に語る様な、時が。

 来るだろうか。

 それにはきっと、信頼で、関係を築かねばならないのだろうけれど。

 道程は遠そうだ。

 互いに歩み寄るにしても、どちらかが譲歩するにしても、折れる具合はきっと自分の方が多いに違いない。

 何せ全く勝てる気がしないのだから。これも強さと言うのだろうか。

 強い吉蝶。

 あらゆる面で、他の追随を許さぬ強さを誇る退治屋。

 先程も感じた事だが、朱雀を知ったからこそ、対比して気付いた事は多々有る。

 性もその一つだ。


 朱雀は妖艶と言う言葉が女性性で人化したら斯くの如しとでも言うべき美女だ。


 一方、先に吉蝶は「私は女だ」と発言したが、元々吉蝶は女の匂いが乏しかった。

 だが朱雀と比べると、少女よりも更に性的な色香が薄い。いっそ中性的なのだ。

 それも、妖しさや倒錯傾向の有る中性ではなく、何処までも清く硬質で、冷徹さと無機質さを随える様な、孤高な月。或いは、決して何事にも曲がらず凭れぬ、苛烈な程に潔い――一条の月光の様な。

 烈しい程に芯が強く、なのに、静かに、真っ直ぐに、雲間から地上に降る月華の如き静謐さが、吉蝶には在る。


「元に戻るのは地味なんだな」


 何を訊くべきで、何を識るべきなのか。

 吉蝶も朱雀も、答える気が無いのではない。

 答えられないとも違う。

 答えるべき問いか否かを吟味しているのだ。ならば、此方が相応の問いをすれば良い。

 そう悟った千砂だが、浅学の身の悲しさ、適切な言葉が見付からぬ。

 そもそも例の無い事だ。

 だが、吉蝶は意図を正確に酌んでくれた。


「私と朱雀の入れ替わりならこの程度だ。大事になるのは白虎だな。彼奴は骨格を無理矢理変える。流石の私もあれは難儀だ」


 おまけに彼奴は私の身体で好き放題しやがる、と吉蝶は常に無い荒れた言葉で憤った。


「いくら妖気を抑えようとも、周囲への影響を考えずに振る舞ってみろ。危険な業を使う狂人と狙われるのは私だぞ。堪らんわ」


 しかも、と吉蝶は力説する。


「白虎は私の兄を名乗ってふらふらと……その、面倒を起こす。いいか、今度白虎が表に出る様な時が来たら、お前が全力で阻止しろ」

「どうやって!?」


 瞬殺されるのが関の山だ。

 大体、会話は筒抜けなのではなかったのか。


「私が表に戻った直後、短時間は三体を完全支配下に置ける。今は安全だ」

「……だから今戻ったのか」


 到底疲れを癒せたとは思えないのに。

 ふん、と何処か投げ遣りに、吉蝶は笑った。


「白虎は注意力散漫とでも言うか、妖にしては精神的な防御が脆い。気を反らせれば、朱雀が支配権を取り戻せる。先程は、お前に気を取られた隙に入れ替わったんだ」

「注意力って……物音立てて驚かすとか?」


 子供相手じゃあるまいに。

 大体、吉蝶の兄を名乗る位だから、白虎はそれなりに人の世に馴染んでいるのだろう。それが起こす騒動って何だ。

 先刻言い淀んだのが、妙に引っ掛かる。


「手段は問わん。何でも良いから白虎の注意を引け。それと……明朝まで朱雀に任せ……」


 ぐらりと吉蝶の小さな頭が揺れ、細い腕が文机に落ちる。矢張り無理をしていたらしい。

 ぞくり、と千砂の肌が粟立った。


「……了解。朱雀、身体は吉蝶のなんだからな。人間の真似事で良いから横になってろ」


 見れば障子を染める陽は随分と紅い。知らぬ間に結構な時が過ぎていたらしい。この部屋で床を延べられるか、妖が横たわるのかは怪しい処だったが、千砂の言い様に、文机に突っ伏した姿勢でも尚艶冶な声が返った。


「……小僧の分際で不遜じゃが、主への気遣いに免じて、此度だけは見逃してやろうよ」


 この時の己の言が、事態の核心を衝いていた事を千砂が知るのは、暫く後の事である――。




お読みいただき有り難うございます。

ご感想等ありましたら是非お願いします。励みになります。★★★★★の評価も頂けるとなお一層有難いです。


全く別の世界観ですが、お時間がございましたら、


星を掴む花

竜の花 鳳の翼


も、ご覧下さると嬉しいです。

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