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天に刃向かう月  作者: 宮湖
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9 朱雀

完結済みではありますが、読み易いように改行等手直しをしております。その際「8 初見」「10 封印」と分割しております。


宜しければご覧下さい。


 9 朱雀



 さて、と、そのがらりと変わった雰囲気を纏い、朱雀は千砂を改めて検分する様に見詰めた。

 文机を脇息代わりに凭れ、頰杖を突き、何時の間にか長く伸び紅に染まった爪が、温かみを感じさせぬ肌の上を鋭角に彩る。


「では、改めて名乗ろうかえ。我は朱雀。先程の男は白虎と申す。汝が懸念しておる様に、我等は汝等が言う処の妖じゃ」


 矢張り、と千砂は精神的に後退した。

 本当に下がれないのは、言うまでも無く本が原因である。

 妖に殺されるのも真っ平だが、本で圧死も嫌な最期だ。どうやら退治屋の将来が無くても、自分は司書には不向きらしい。


 吉蝶の莫大な知識量はこれ等に依るのだろうかと、危機感の無い事に耽った千砂は、だから続いた朱雀の予想外の言葉に、掛け値無しで数回瞬いた。


「だがの、汝の師は、正真正銘の人間じゃぞえ」


 己の――吉蝶の胸を押さえて朱雀は言う。


 吉蝶が人間で、朱雀が妖。

 と、言う事は。


「……憑いてるのか?」


 所謂「妖が憑く」とは違う様だが。寄生とでも言うべきか。

 思わず零れた千砂の言葉に、朱雀は妖とは思えぬ程人間臭く嘆息する。


「その様に大半が誤解しよう故、この事は秘しておるのよ。……ちと込み入った話になるのじゃがな、吉蝶様は、その御身に妖を封じておいでなのじゃ。……我を含めての」


――封縛。


 馬鹿な、と千砂は思わず腰を浮かせた。

 その勢いだけで、至近の塔が揺れる。


「生身の人間を封じの要に使うなんて術式、聞いた事が無いぞ!」


 有り得ない。と言うより。


――許されていない。


 それは反魂と同じ、外法。

 禁忌の術だ。

 千砂の剣幕を、だが朱雀は鼻で嗤った。


「人間の(ことわり)なんぞ知らぬわえ。我等の階位も、汝等が勝手に定めたのであろ。しかも敵だけでなく、己の内にも下らぬ壁を設けるとは笑止千万。目前の存在が己より強いかどうか、他者の設けた目安が無いと判断出来ぬかや」


 札位の事だろう。

 人には、自分が何に属するのかを明確にする事、延いては己の存在を他者に認識される事で安寧を得る部分が、確かに有る。

 その認識の基準が広範囲であればある程、世に普遍の価値として重用され信用される。


 認識の基準。


 それがどんな格差を生むとしても、人は他者からの判断(ひょうか)に依存し続ける。

 大勢が属する集団から己一人が孤立する事を怖れ、避ける。


 他者の評価――周囲の目に無関心なのは、千砂の知る限りでは吉蝶しかいない。

 気にし過ぎるのも卑屈だが、吉蝶は意に介さな過ぎて、だから傲慢に思われるのだ。


「人体に妖を封じてはならぬ? 何故じゃ。被術者の殆どが死ぬるか、良くても廃人になるからかえ? 人の取り決めた倫理とやらか。人を殺めてはならぬと同じじゃの。じゃが殺してはならぬ奪ってはならぬと言いながら、人の世から殺人は絶えぬではないか。人にすら役に立たぬ倫理が、我等に通用するかえ」


 極論である。暴論といっても良い。

 だが、千砂は反駁する事が出来なかった。


 不興を買って生命に危険が及ぶ事を怖れたのではない。

 まるで朱雀が、人等どうでもよいと考える筈の妖が、人の世の在り様に――吉蝶の現状に、憤慨している様に思えたのだ。

 理不尽を憎むが如く。

 吉蝶の為に。


――何だ?


 妖にしては、妙な違和感が有る。

 自分でも認めた様に、朱雀も白虎とやらも、妖である事は間違い無い。

 先程吹っ飛ばされた妖圧、今もこうしているだけで凄い妖気が……。


――ん?


 妖気?


「……あ――っっ!!」


 話の腰を折ると承知で、千砂は思わず絶叫した。恐怖も忘れて朱雀に詰め寄る。


「今直ぐ逃げるか隠れるか吉蝶を出せ! 妖気を悟られると拙い事になるんだよ!」


 妖の気配、妖気。

 退治屋とは、これに敏い者の集団でもあるのだ。

 此処は退治屋の総本山ど真ん中、夜陰に紛れて侵入したのなら兎も角、昼日中、この儘では一札が大挙して押し寄せてくるのも時間の問題だ。

 だが千砂の焦燥に反し、朱雀はそれはそれは深く嘆息した。


「戯け。遅い」


 と、至近の千砂の額をぴしゃりと叩く。


「吉蝶様に抜かりは無い。我等の妖気を漏らさぬ手段は、疾うに講じておられるわえ。この屋敷の敷地内に限り、妖気は蜘蛛の糸程も外部に抜けぬし、内部も妖気の影響を受けぬ。先程汝は派手に弾かれたが、家具調度の類は、ほれ、毛筋程も動いておらなんだであろ」

「……そう言えば」


 全くその通りだった。

 玄関の戸が軋んだのも、妖圧ではなく千砂に押されたからで、室内の一切には、微風が通り抜けた気配すら無い。

 骨まで凍る様な冷気も鳴りを潜め、今感じられるのは、朱雀が発する人語では表現し難い異質な気配――それもほんの僅かなものだ。

 色々な備えとはこの事だったらしい。そして本当に今更ながら、同時に千砂は気付いた。


 吉蝶()


「……降ったのか?」

「真に、遅い」


 心なしか、朱雀の眼差しに軽侮が一割程増した様だが、千砂は何だぁ、と力を抜いた。


 降る、即ち、吉蝶は妖を己の式神とし、平時は自らの肉体に封じていると言う事だ。勿論、それだって、桁外れに非常識な事態である。


 普通、式神には動物や虫の類が用いられるが、それさえ主従の契約には甚大な退魔力を要する。妖相手では一体どれ程の力を喰うのか。しかも体内に(とど)め、顕現時には骨格まで変化させるとは異常極まりない話だ。

 だが何事にも規格外の吉蝶ならやりそうだ、と千砂は納得したのである、が、話はそう簡単に終わらなかった。千砂は別の意味で脱力しそうになった。


「……誤解の無き様に言うておくが。吉蝶様……(あるじ)の式は我一体のみ。他は敵と心得よ」

「はぁ?」

「退治屋を志すならば存じておろ。妖雑単体でも、人身に封じるは至難の業じゃ。なれど、主が抑えておられるは実に四体。内、最古の我が降り、他三体の封印を支え、主の意識の無き際は御身を御守りする役目を賜ったのじゃ」

「……三体?」


 白虎と――青竜、玄武か。


 千砂は眩暈がしそうだった。

 これはどうにも、有り得なさ過ぎる。


「……え、ちょ、と待て。お前、上妖だよな」

「人間の括りなんぞ知らぬわえ」


 そう言われるだろうと思ったが、確認せずにはいられなかったのだ。

 会話による意思疎通が可能なので上妖……まさか大妖と言う事は無いだろうが……無いと思いたいが。


「……先刻の白虎も含めて、……その、強さはお前と……同程度と考えて良いのか?」

「主に封じられる前の状態でなら、是じゃな」


 今度は千砂は卒倒したくなった。

 上妖四体!

 非常識にも程が有る。

 頭痛までしてきた頭で懸命に考えた。

 この際、非常識云々は脇に置く。置かないと頭が追い付かぬ。で、事実のみを見る。

 単純簡潔に纏めると「吉蝶が自身に妖を複数体封じ、一体は式神に降した」だ。

 しかしそれを何故、伏せる必要が有るのか。

 吉蝶を知る者ならば「あの小娘ならやりかねない」と思う筈だ。事実、千砂も先刻そう考えた。だって本当にやりそうだ。

 朱雀は「誤解される」と言った。

 憑かれている、のではないのに。


――何を?


 千砂の瞳に揺れた疑問の光に、朱雀は満足気に目を細めた。

 内心で、虚けに非ずと呟く。


「……強き妖は人に憑く。主は身の内に封じておられるが、この様に意識の無い時は、四体何れかが御身体を乗っ取る事も可能なのじゃ」

「あ――だからさっきの白虎」


 吉蝶の不調に乗じ、朱雀よりも先に吉蝶の身体を乗っ取って顕現した。


「その通りじゃ。普段の主には無い言動、明らかな妖気。傍目にはこれが憑かれたと見える。強大な妖を封じたが故の副作用――弊害を、主と同じ力量の無い者は見分けられぬ」

「いやでも――説明すれば」


 各流派の一札は吉蝶の実力を認めている。事情を話せば解ってくれそうだが。


「……我の他は完全なる妖じゃ。白虎は少々変り種じゃが、基本、人を殺すのに躊躇いは無い。煩わしい相手は殺して済ます。人間は、これを、主が妖を封じ切れていない、とは見做さぬのかえ? 或いは妖が暴走した、と」


 ああ、と千砂も苦く納得した。

 いかに吉蝶の力が知られていようとも、小娘が四体の上妖を自身に封じたとの事実は、札持ち達には甚大な衝撃を与えるだろう。

 黙認状態の理解者達に、嫉視が生じないと言えるだろうか。

 持たれていた僅かな反感が、煽られないと言えるだろうか。

 少なくとも、千砂には断言出来ない。

 眩しい功績の持ち主を引き摺り下ろす絶好機と思う輩の方が多いだろう。


 人は、妬みには容易に身を任せる生き物だ。斑の様な愚者も居る。

 吉蝶潰しが怒涛の勢いで展開されるのが、容易に想像出来た。

 しかも最悪、吉蝶の身体で妖が人を殺してしまったら、その責任を追及された吉蝶に抗する手段は無い。


「……あー」


 頭痛の原因が変わる。

 これは確かに公表出来ぬ。

 理解した様じゃな、と朱雀が丹花を綻ばせた。

 本当に四体中朱雀のみが吉蝶の式なら、これで千砂(なかま)が増えた事にな――否、待てよ。


「他に事情を知ってる奴は?」

「生者でなら、汝のみじゃの」

「……意味深なお答えドーモ」


 単に知る者が死亡したのか、知ったから死亡したのか、千砂は深く考えるのは中止した。


 しかしまさか、吉蝶に付き従うと視えたあの陰が、妖だったとは。

 あの陰は幾つ在ったろうか。

 先程、吉蝶の身体は幾つに分かれて見えたろうか。

 道理で、訳有りの千砂に動じぬ訳だ。本人の方が更に訳有り過ぎるのだから。




お読みいただき有り難うございます。

ご感想等ありましたら是非お願いします。励みになります。★★★★★の評価も頂けるとなお一層有難いです。


全く別の世界観ですが、お時間がございましたら、


星を掴む花

竜の花 鳳の翼


も、ご覧下さると嬉しいです。

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