雪原弘樹は仲良くなりたい
『雪原さんって、カワイイですね』
あの日から、俺はおかしな夢ばかり見るんだ。
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高卒の身で、大手の家電メーカーに就職し早五年。
右も左も分からないガキが大人社会に飛び込み、何とか周囲のおかげでやってこれた。
今年入社してくる新入社員は、大学卒なら俺と同い年だろう。
どんな人たちだろう。俺は先輩だから、ちゃんと教えてあげないといけないけれど。
それでも、俺は彼らと仲良くなりたいと思った。
四月。
今年の新入社員は四人だった。
男三人と、女の子が一人。
四人ともなかなか個性的で、かつ新卒らしく仕事もおぼつかない。
新入社員のうち、女の子が一人なだけなのも何だか可哀想だ。
俺らがしっかりフォローしてあげないと、な。
最初の意識は、それだけだった。
「――雪原さん」
椅子に座ったまま振り返る。芳野さんが書類を抱えて歩み寄ってくるのが見えた。
すらりと伸びた四肢。長いポニーテール。吊り上がった瞳。
新卒の月ノ宮朱里さんは、一見キツそうな見た目。
しかし、彼女はうちの男所帯の職場では珍しく、優しい声色のおっとりさんだった。
「どうした?」
「あの、ちょっと分からないことがありまして……今、お時間宜しいですか?」
「ああ、いいよ」
「ありがとうございます」
彼女はふわりと、やわらかく笑う。
何だか声も心地よくて、くすぐったくて、ずっと聞いていたくなる。
うーん。俺って声フェチだったっけ。
「……そう。で、あとは提案書を出すだけって感じなんだけど……大丈夫? わかる?」
「はい! 大丈夫です。やってみます」月ノ宮さんは朗らかに笑った。
「分からなければ、また聞いてくれればいいから」
「ありがとうございますっ」
ぺこりと頭を下げた月ノ宮さんは、ふと俺の手元に目を向けた。
「雪原さん、そのボールペン可愛いですね」
「え? ああ、去年の社員旅行で買ったやつなんだ」
社員旅行で行った動物園のお土産ボールペン。
パンダの顔がたくさん描かれている。その場のノリで買ったのだが、よくよく考えたら俺には可愛すぎるかなーとも思っていたものだった。
「ふふ」
月ノ宮さんが口元を抑えていた。
何だろう。どうしたんだ。俺はぼうっとその笑みを眺めた。長いまつげが震えている。
「カワイイですね」
「え」
それは、いったい。
なんの微笑みなんだろう。
「失礼します」
ぺこりと頭を下げた月ノ宮さんが俺に背を向ける。
俺は曖昧に返事をして、静かに息を吐いた。そっと背もたれに体重をかけた。
「……何だかなあ」
軽く頬を掻く。
触れた頬は、何だか妙に熱かった。
遠くなっていく月ノ宮さんを見送りながら、思う。
同い年の後輩。仲良くなれれば――なんて、他意はなかったんだけどな。