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雪原弘樹は仲良くなりたい

『雪原さんって、カワイイですね』


 あの日から、俺はおかしな夢ばかり見るんだ。


 ■


 高卒の身で、大手の家電メーカーに就職し早五年。

 右も左も分からないガキが大人社会に飛び込み、何とか周囲のおかげでやってこれた。

 今年入社してくる新入社員は、大学卒なら俺と同い年だろう。

 どんな人たちだろう。俺は先輩だから、ちゃんと教えてあげないといけないけれど。

 それでも、俺は彼らと仲良くなりたいと思った。


 四月。

 今年の新入社員は四人だった。

 男三人と、女の子が一人。

 四人ともなかなか個性的で、かつ新卒らしく仕事もおぼつかない。

 新入社員のうち、女の子が一人なだけなのも何だか可哀想だ。

 俺らがしっかりフォローしてあげないと、な。

 

 最初の意識は、それだけだった。


「――雪原(ゆきはら)さん」


 椅子に座ったまま振り返る。芳野さんが書類を抱えて歩み寄ってくるのが見えた。

 すらりと伸びた四肢。長いポニーテール。吊り上がった瞳。

 新卒の月ノ宮朱里(つきのみやあかり)さんは、一見キツそうな見た目。

 しかし、彼女はうちの男所帯の職場では珍しく、優しい声色のおっとりさんだった。


「どうした?」

「あの、ちょっと分からないことがありまして……今、お時間宜しいですか?」

「ああ、いいよ」

「ありがとうございます」


 彼女はふわりと、やわらかく笑う。

 何だか声も心地よくて、くすぐったくて、ずっと聞いていたくなる。

 うーん。俺って声フェチだったっけ。


「……そう。で、あとは提案書を出すだけって感じなんだけど……大丈夫? わかる?」

「はい! 大丈夫です。やってみます」月ノ宮さんは朗らかに笑った。

「分からなければ、また聞いてくれればいいから」

「ありがとうございますっ」


 ぺこりと頭を下げた月ノ宮さんは、ふと俺の手元に目を向けた。


「雪原さん、そのボールペン可愛いですね」

「え? ああ、去年の社員旅行で買ったやつなんだ」


 社員旅行で行った動物園のお土産ボールペン。

 パンダの顔がたくさん描かれている。その場のノリで買ったのだが、よくよく考えたら俺には可愛すぎるかなーとも思っていたものだった。


「ふふ」


 月ノ宮さんが口元を抑えていた。

 何だろう。どうしたんだ。俺はぼうっとその笑みを眺めた。長いまつげが震えている。


「カワイイですね」

「え」


 それは、いったい。

 なんの微笑みなんだろう。


「失礼します」


 ぺこりと頭を下げた月ノ宮さんが俺に背を向ける。

 俺は曖昧に返事をして、静かに息を吐いた。そっと背もたれに体重をかけた。


「……何だかなあ」


 軽く頬を掻く。

 触れた頬は、何だか妙に熱かった。

 遠くなっていく月ノ宮さんを見送りながら、思う。

 同い年の後輩。仲良くなれれば――なんて、他意はなかったんだけどな。

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