聖女として召喚されましたが外れスキル『水商売』のせいで神殿から追い出されたので水を売って暮らします
2020-09-06
安価・お題で短編小説を書こう!8
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>>823
使用お題→『マダガスカル』『意味がわかると怖い話』『ご都合主義』『水素水』『もてはやす』
【聖女として召喚されましたが外れスキル『水商売』のせいで神殿から追い出されたので水を売って暮らします】
ある日、道を歩いていたら、突然、目の前が真っ白になった。
視界が回復すると、そこは見知らぬ部屋……と言うには広過ぎる石造りの空間で、ファンタジーっぽい服装の男女が、私を取り囲んでいた。
「おお……召喚は成功です……!」
「聖女様! 聖女様だ!」
「なんとお美しい……」
「これで我が国も救われる……! 救世主様だ……」
口々に何かを言っている……日本語で。
こんな大勢の前に立つのはいつ以来だろうか。これは何かのドッキリなのだろうか。
「聖女様、突然のことで驚かれていると思います。ですが、まずは私の話を聞いてくださいますか」
微妙に日本人っぽくない、黒髪の男性が話し掛けてきた。落ち着きを感じさせる穏やかな表情を浮かべてはいるが、どこか疲れているようにも見える。
法服を思わせる、濃い紫色の上着に身を包んでいる。男性らしい体格をしているものの、着こなしのせいか、繊細さを感じさせる容貌のせいか、スレンダーな印象を与える。
「ここはカイオス=レ=ダッソ王国、救世主の神殿です。召喚の奇跡を三日三晩願った結果、神は我らの願いを聞き届けてくださいました」
そう言って、その男性が頭を下げる。すると、私を囲んでいた他の人たちも、それに続く。
「聖女様、どうか我らをお助けください。共に戦い、我が国に勝利をもたらすのです」
*
一言で簡単にまとめると、これはテンプレ異世界召喚だった。
彼らの説明はこうだ。
曰く、王国は魔族の国と戦争をしている。
曰く、王国は少しだけ劣勢である。
曰く、選ばれし勇者と聖女がいれば、戦争に勝てる。
今代の勇者は彼ら現地人の中から選ばれ、今は前線で戦っているらしい。
聖女は不在だったので、神様にお願いして呼んでもらうことにした。
他の世界からこの世界に呼び出された人間は、生きていく上で困らないように、現地人のそれよりも強力な『スキル』を与えられることが多い。
「『スキル』ってなんですか?」
念のために聞いてみた。
「『スキル』とは、この厳しい世界で我ら人族が生き残れるよう、神が一人一人にお与えくださる力のことです」
これまたテンプレ通りの答えが返ってきた。
「どんなスキルが聖女様に与えられたのか、それはまだ分かりません。これからスキル開眼の儀式を行います」
そう言われて、さっきよりも狭い、別の部屋に連れてこられた。
部屋の真ん中に台座があって、その上には、いかにも、といった感じの、紫色に濁ったガラス玉が置かれている。
「ここに手を当ててください」
指示に従い、ガラス玉に触れる。するとガラス玉が光り輝いて、その表面に何かの模様が浮かび上がる。
「聖女様のスキルは…………」
ここまでずっと私に付いていた、紫色の法服の男性が言葉に詰まる。
「……どっ、どうしたんですか?」
ちなみに、紫色はこの人だけで、他の人は紺色とか白とかだったりする。
「…………聖女様のスキルは……『水商売』、だ、そう、です…………」
<スキル『水商売』が開放されました>
<コマンド『契約』、コマンド『水生成』、コマンド『契約解除』が開放されました>
<ヘルプが使用できます>
<サブコマンド『水溶液選択』『召喚元選択』『気象操作』————>
*
それからの数日間は、スキルの検証に費やした。
基本的な使い方は、コマンド『契約』で水が欲しい人と売買契約を結び、コマンド『水生成』で水を作る、というものだった。
『契約』なしに『水生成』は使えない。先に『水生成』を使おうとすると、作る水の種類は選択できるものの、『契約』するまで水は出せなかった。
自分自身とは『契約』できない。
水の対価は、なんでも。現金、手形、口約束。ただし、作れる水の量には限りがあり、一日当たり二三リットル程度。かなり少ない。
「『マダガスカルで売られている、ペットボトル入りミネラルウォーター』、なんてのもありますよ」
「『マダガスカル』とは? 『ペットボトル』とはなんですか?」
「水道水、食塩水、海水、サイダー、水素水、重水、トリ○ウム水、なんてのも」
「耳慣れないものもありますが……大丈夫なんですか?」
「私にも分かりませんが……かえって健康になるんじゃないですか?」
『気象操作』も試してみた。花壇の水やりに便利だった。
*
それからまた数日後。
「はっ? 別の聖女が召喚された?」
「ええ。あなたは用済みです。私もですが」
紫色の法服の人は、紺色の法服の人にクラスチェンジしていた。
「なんで? じゃあ、私は元の世界に帰れるんですか?」
「いえ。あなたを帰す方法はありません。最初に言っておくべきでしたね。あなたが帰りたい素振りを見せなかったので」
ちやほやされて、いい気になっていた。この世界で『聖女様』として愛される人生。それも悪くないと思っていた。
「私はどうなるんですか? ここ何日か部屋から出してもらえなくて。誰もなんにも教えてくれないし。やっとあなたに会えたと思ったら、用済み? ふざけないで! 人をなんだと思ってるの……」
ショックを受けて動揺する私に対し、彼は今日も疲れた様子で、しかし顔色一つ変えず。
「ここ王都の郊外に、神殿が所有する屋敷があります。あなたにはそこで暮らして頂きます。『外れ聖女』でも、聖女は聖女ですから。私もご一緒します。監視役として」
*
そこは屋敷とは名ばかりの廃墟だった。以前は研修施設として使われていたらしい。
近所の民家や畑から少し離れた場所、立派な鉄柵で囲まれた広大な敷地。田舎の小学校か中学校みたいな感じだ。
校庭に当たる場所は草ぼうぼう。校舎のように大きな建物は、屋根も壁も植物に覆われている。その緑色の中に、幾つもの窓が黒くぽっかりと口を開けている。
「寝泊まりできるかどうかも怪しいですよ、これ……」
「そうですね。しかし……名前が良くなかった……」
「なんの話ですか?」
ここまで送ってくれた馬車が帰ってしまうと、荒れ放題の屋敷の前には、失脚した神官の彼と、外れ聖女の私だけ。
「スキルの名前ですよ。『水商売』は、いくらなんでもまずかった」
「それ今話す必要あります? あなたが他の人たちを説得できなかったんでしょう?」
「ええ、ええ。おっしゃる通りです。すべて、すべてです。すべては私の力不足です。申し訳ありません」
いつもの穏やかな表情が、今日は少しだけ歪んでいる。
「あんまり申し訳なさそうに見えないんですが」
「そうですか。よく言われます」
「おい、お二人さん」
急に後ろから声を掛けられた。二人で驚いて振り向くと、そこにはおじいさんが立っていた。
「あんたら、何者だ? ここは確か神殿の持ち物だろう。勝手に入ったら、どうなるか分からんぞ」
「えっと、私たちは」
「その神殿から来た者です。こちらの管理を命じられまして、今日から住み込む予定だったのですが、ちょっと思った以上の状況で」
今は旅装の彼がそう言うと、おじいさんは腕を組んで、首を何度か大きく縦に振り。
「そうか、なるほど。分かった。怪しい者ではなさそうだ。じゃあ、わしの家に来い。泊めてやる」
*
おじいさんの家は、歩いてすぐの場所だった。その日はおじいさんと、その家のおばあさんのお世話になった。
「あの、何かお礼をしたいのですが」
そう言ってはみるものの、おじいさんは「気にするな」とか「こんな時はお互い様だ」とか、そんなことを言うばかりだった。
「では、せめて飲み物でも出して差し上げましょうか。神官様、別に構いませんよね?」
「そうですね。あなたがそうしたいのであれば」
許可が出たので、おじいさんと向かい合う。
「では、何か飲みたいものはありますか」
「わしか? 別に何もないが……酒かな。珍しい酒でもあれば、飲んでみたいものだ」
「お酒ですね。色々とありますよ」
「あるんですか! あなた、そんなこと一言も言ってなかったじゃないですか」
なぜか神官様から突っ込みが入った。
「そりゃあ……だって……ねえ?」
「そうですね。そうでした。例の『商売』で、それではね……」
気を取り直して、スキルの操作を開始する。
「お代はもう頂いてます。お世話になったお礼として『契約』。『水生成』、『水溶液選択』……どれがいいかな……どれにしようかな……これにします!」
その場に一升瓶が出現する。
「おお! 珍しいスキルだな。それに、この瓶も……何かが違うような気がするな」
「これはなんですか」
「『大吟醸』だそうです。なんか高いお酒です」
しばらくの間、おじいさんはしげしげと瓶を見詰めていたが、やがて。
「おい、ばあさん! 神官様ご夫妻から珍しい酒を頂いたぞ! ばあさん!」
一升瓶を抱えて、走り去ってしまった。
*
お酒が出せるスキルの噂は、瞬く間にご近所中に広まってしまった。
「良かったんでしょうか」
「何がですか?」
今は、その近所の人たちが、お屋敷の改装を手伝ってくれている。と言うか、私たちは見ているだけだ。
任せっきりも申し訳ないので、私たち二人は、現場の横で草むしりをしている。
「報酬で釣ってるみたいで。それに、なんか……」
「労働の対価として見合わない? 高いお酒は最初だけで、後はジュースや水ばかり?」
「ええ」
彼は作業の手を止めて、小さく息を吐き出した。それから、こちらに顔を向けることなく、言葉を継ぐ。
「どのみち予算は足りませんでした。助けが得られるなら、その方がいい。厚意は受け取っておくものですよ。実費はお支払いしていますしね」
「そんなものですか」
「高いものばかり渡すのも考えものです。それが当然になってしまう。酔っ払いだらけになられても困る。何を出そうがお金はかからず、それでいて、あなたの手間もあるでしょう」
飲み物を配るようになってから判明したことがあった。作れる水の量の制限は、あれは一人当たりの量だったのだ。
「そんな手間じゃないですよ。何人もいるわけでもないですし。それより、いまだに夫婦だと思われてることの方が困ります。私たちって、そこまで親しそうには見えないですよね?」
「さあ、どうでしょう。田舎の人たちには、そういう風に見えるのかも知れませんね」
そんな無責任な。
「あの、神官様。ちょっとこっちを向いてください」
「はい」
『契約』成立。『水生成』、『気象操作』、神官様の頭の上に。
「うわっ! あなた何を!」
思い上がった神官様には、聖女が罰を与えます。
*
<サブコマンド『サブスクリプション』が開放されました>
お屋敷の改装が終わっても、私の『水商売』は終わらなかった。
一階に三部屋と、キッチン、お風呂場、もちろんトイレも。今ではそれに加えてもう一部屋、事務所として使うスペースも作ってもらった。
「これすごいですよ。一度『契約』したら、毎日勝手に『水生成』されるんです。やったー! これで水配りから開放されるー!」
最初は同じ村の中だけで水を売っていた。評判が評判を呼び、少し離れた場所からも、お酒やジュースを買いに来るようになった。
彼らは全員が毎日来るわけではなかったが、それでも、お屋敷の前に行列が出来る日もあり、一人ずつ対応するのは限界だった。
「なんとも都合のいいスキルです……。しかし、良かった。あなたは最近お疲れでしたから。少し休んでください」
そう言われて気付く。私と同じく、神官様も忙しいはずなのに、最近あまり疲れた様子を見せないのだ。
私が水を配る間、行列の整理をしたり、お金の管理をしたり、税金や神殿に納める額を計算したり。
「どうしました、聖女様? 私の顔に何か付いてますか」
不思議。
*
それからの数年間。
「おい! 有り金全部寄越せ!」
「もたもたするんじゃねえ!」
「ちょちょちょーっと待ってください! 金庫はこちらです! こっちに来てください!」
「なんだ、素直じゃねえか」
「手持ちの現金を取られたくらいじゃ、痛くもかゆくもないってか」
「どうでしょうねー……これをプレゼントです!」
ある時は強盗に入られ。
「聖女様! ご無事…………はっ? えっ? 何を?」
「えっと。高濃度のアルコールを、胃の中にですね」
「大丈夫なんですか」
「大丈夫です! 生きてます!」
またある時は。
「『聖女』を騙る不届き者よ! 王命だ! 逮捕する!」
権力者に目を付けられたり。
「皆さん、干上がってましたね」
「聖女様と我が社の力を甘く見ていたのでしょうね」
契約者数は右肩上がりで。
「魔族の王子様……? が、私になんのご用ですか?」
「『水商売の聖女様』! 俺と結婚……じゃなかった、俺たちに力を貸してくれ!」
「あの、私の聖女様ですよ。あなたには貸しませんよ」
「えっと……私、物じゃないんで」
とうとう人族以外からも引き合いがあり。
「ありがとう聖女様……! これで俺たちの農地が……! この土地の民も救われる……! だがとりあえず俺と結婚してくれ!」
気付けば戦争も終わっており。
「聖女様、お話があります」
*
ある日。真剣な顔をした神官様が、深刻な様子で切り出した。
「聖女様は、その……あの魔族のことは、どう思っておられますか」
「あの王子様のことですか? 面白い方だなー、とは思ってますよ」
私がそう言うと、彼の表情はますます険しくなった。
「単刀直入に申し上げます。聖女様、私は……いえ、私だけではありませんね……今や誰もが聖女様の虜です。しかし、私はその中でも特に、あなたのことだけを想って生きている」
全然単刀直入じゃなかった。
「もはや私は、神に仕える神官ではない。あなた一人に仕える——」
「いつからですか」
「——へっ? 何がですか?」
こんなに面倒臭い人だったとは。だけど、もう何年経ったんだっけ。
「いつから、私一人に仕えていたんですか?」
彼は、にやりと笑った。珍しいものを見た。
「最初から、だったかも知れない。たった今、そう思ったのかも知れない。私の聖女様。あなたのお心を、お聴かせください」
*
私は今でも、水を売って暮らしている。
大陸中の人々が、私のお客さんだ。もう誰も、私に逆らえる人はいない。
私が召喚される前よりも、世界は少しだけ平和になった。神官様は、そうおっしゃってくださる。
だけどそれは本当だろうか。
私たちの目の届かない場所で、泣いている人はいないだろうか。
考えても分からないけれど。
ともかく、神官様と私は、水を売って暮らしている。
誰に言われたわけでもないけれど。
それが私たちの仕事だから。
それが私たち二人の、せめてもの、できることだから。
意味怖要素もご都合要素も、こじつけに近いですね。正直申し訳ないです。
筆者の八つ当たり、的な要素もありますが、そちらもどうかご容赦ください。
『水商売』でなろう内を検索すると、シリアスっぽい話ばかり出てきます。正直気後れします……。
もしご興味がありましたら、スレの方もご覧ください。