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3,認めたくないリアル

「ガララッ」


部屋の障子が開かれる。


俺たちが使用人に案内された部屋は、二条家敷地内の末端の離れだった。そこには、接待室よりは数弾劣るものの、同じような急ごしらえの装飾が施され、豪勢な料理が並べられていた。

俺と有栖川アスハは、やはり接待室と同じように長机を挟んで向かい合う。


「……カチャカチャ」

「……カチャカチャ」


食器を動かす音のみが鳴る。


き、気まずい。

俺は、この沈黙を打ち破るために、抱いていた疑問をぶつける。


「えーと、アスハちゃん、だっけ? さっきの、俺たちが許婚になるなんて、何かの冗談だよね。まったく、親父たちにも困ったものだ」


俺は、空気を軽くするために、笑い混じりに話す。


「アスハで構いません。それと、決して冗談などではありません。私とあなたはもう許婚の関係になりました」


彼女は機械的に応える。


「え、じゃあもしかしてなんだけど……俺に一目惚れしちゃったからとかそういう理由だったりする?」

「違います」


俺が一瞬思い浮かべた淡い期待も、即座に否定される。まぁ、こんな美少女が俺なんかのこと、好きになるはずがないよな。

……自分で言ってて悲しくなるけど。


「アスハ、君はさっき、名家の社交辞令にうんざりしているようなかおをしていたよね? それなのに、どうしてそれを押し殺すの?」


彼女の顔にほんの一瞬動揺が走る。しかし、AIのような表面上の表情によって、真実の顔は瞬時に覆われた。


「私があなたと許婚の関係になることを決めたのは、有栖川家のためです。この結婚が成立すれば、有栖川家の後ろ盾が増え、家はさらに安泰になります。決して、あなた個人に興味がある訳ではありません」

「うっ」


あまりに直球な言葉に、ついショックが漏れる。

だが、やっぱり俺の予想通りだったか。


「とはいえ、私も淑女。素性を何も知らない相手といきなり結婚などはしたくありません。お互いを知る時間が必要だと思います。なので……」


次に、席を立ち上がりながら有栖川アスハが発した言葉は、既に困惑している俺を、さらに困惑させるものだった。


「私達、同棲しましょう」

「え?」


その言葉と共に彼女は部屋の障子を開け、立ち去って行った。


* * *


「壮亮様と二人っきり、いいなぁ」


ポツリと呟く。


私、成瀬ユイはここ二条家で使える使用人だ。壮亮様と同い年ということもあり、壮亮様の近侍を務めている。今は当主様と有栖川家様の食器を片付けに来たのだが……そこで私の耳を疑うような会話が飛び込んできた。


「ど、同棲ですか!?」


当主様の大声が、食器を片付けていた私の頭にガンガン響く。

瞬間、私の意識は当主様の方へ移った。


「えぇ、前々から言っていたのですが、許婚ができてもお互いのことを知らずに結婚などしたくない、というのがうちの娘の意向でしてな」


曰く有栖川家の当主様。


「それはまぁ、こちらとしても嬉しい限りですが……」

「!?!?!?」


当主様の返答により、私の脳はパニックに陥った。


壮亮様があの女と同棲する!? まぁ、確かに顔だけは良いことは認めましょう。ですが、中身も分からない女と同棲をさせるとは、当主様も一体何を考えているのですか!?


心の中で愚痴を飛ばす。つい言葉が汚くなってしまった。


ダメだ、落ち着け私。今は業務に集中しないと。


「承諾頂けて良かった。では、その方向で手配することにします」


アーナニモキコエナイ。ワタシハナニモキコエナイ。


「いえいえ、こちらこそよろしくお願いいたします」


その言葉を背に、私は片付けた食器とともに部屋を後にした。


「ふぅ……」

「成瀬さん、どうしたの? どこか具合でも悪いの? 顔色が悪いわよ」


よっぽど酷い表情をしていたのだろうか。先輩の使用人から心配の言葉を投げかけられる。


「えぇ、ちょっと体調が優れないみたいです。忙しい中恐縮ですが、少し休ませてもらって大丈夫ですか?」

「えぇ、会食ももうすぐ終わりだし、残りは私達でやっておくわね」

「本当にすみません、では、失礼します」

「お大事にね」


重苦しい倦怠感が私を襲う。


「さっきまではこんなこと無かったのに。でも、それ以上に心が痛い。間違えなく、さっきの会話のせいだ」


私は自分自身を休ませるために自分の部屋へと向かっていたが、心身の痛みに耐えきれず、木目の廊下の端に座り、塞ぎ込む。


「幼い時からずっと一緒だった。私なんかと壮亮様が釣り合うわけが無いし、いつかこうなることは分かってた! 分かってたけど……そんな簡単に諦められるわけないじゃん!」


ひとりごとの本音が響く。

私は壮亮様が好きだ。

でも、これは届かない思いなんだ。


「壮亮様ぁ」


純愛の雫が大量にこぼれ落ちる。もう自分ではこの水流を止めることなどできない気がした。


「あら、あなた。どうして泣いているの?」


沈めていた顔を上げる。


そこに佇んでいたのは、晴れて壮亮様の許婚となった一人の少女だった。




最後までお読みいただき、ありがとうございました!

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