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2,アスハ、従順なる少女


「有栖川家の皆様、本日はどうかよろしくお願いいたします」


三日月の光が闇夜で映える。


二条家当主の俺の父親が、有栖川家のお偉い方々にかしこまった挨拶をする。


会食は、二条家敷地内の接待室(俺が勝手に呼んでいて、正式名称は知らないが)で執り行われた。和風で統一された畳張りの部屋の中央には長机が設置され、生け花や掛け軸などのありったけの装飾が施されている。


「二条家さんも、最近は景気がいいようで」

「いえいえ、有栖川家様にはまだまだ及びません」


両家同士は一つの長机を境に向かい合い、腹の探り合いのようなどうでもいい会話が、いつまでも続いていく。


そんな茶番に毛頭興味の無い俺はというと、有栖川家の接待のために用意された、我が家でも滅多に出てくることがないようなご馳走にありついていた。


「ははっ、うめぇ! このご褒美がないと、こんな馬鹿なことやってられねぇぜ!」

「おや、お宅のご子息、育ち盛りですね。あんなに頬張るとは、見ていて気持ちがいい食べっぷリですなぁ」


有栖川家の当主が俺を見て、蔑みを含んだ笑顔で父親に話しかける。そんな物など、気にしていられない。


「いやはや、お目障りな姿をお見せしまして、大変申し訳ありません。我が家の教育がなっておりませんでして……」

「いやいや、うちの娘にも少しは見習って欲しいものですよ。最近は、家でも中々食欲が湧かないようでしてねぇ」


そう言って、有栖川家の当主が、会食に同伴している一人の少女を見やる。


俺と向かい合って座っていた少女、彼女は黙々と食事を続けている。そうか、有栖川家の子女だったのか。整った顔立ちに、美しくサラリと流されている長髪。その風貌は、名家の跡取りとして、申し分ないものだった。


しかし、その表情は何の感情も持たないもので、名家の体裁に対して俺とは別の方法で抗っているように見受けられた。


「お嬢様、お名前はなんとおっしゃるのですか?」


俺の父親が、興味津々な口調で少女に問いかける。

やめろ、傍から見たらただの変態ジジィだぞ。


「……アスハです」


少女は消え入りそうな声で答えた。


「有栖川、アスハさん、いいお名前ですね」


社交辞令のセリフを投げ捨て、有栖川家の当主に向き直る。


「とても上品なお嬢様ではありませんか。うちの壮亮の嫁に欲しいくらいです」

「ゲホッ!」


その言葉を聞いた途端、当主同士の会話を完全スルーしていた俺も、さすがに咳き込んだ。


「なっ、親父、何を言ってるんだよ!? そんなことできるはずが……」

「おぉ、それはいいですねぇ。二条家の皆さんが承諾いただけるのなら、我々有栖川家としても大歓迎ですよ。実は今日その話もしようと思っていたのです」

「!?」


俺の声に被せて有栖川家の当主が放った言葉を、俺はにわかにも信じることが出来なかった。


「いやぁ、壮亮くんはアスハと同じ歳ですし、何より二条家さんには、いつも影で支えてもらっていますから。ここで血縁による信頼関係を築ければ、私たちの関係はより強固な物になるでしょう」


嘘だ。これは、綺麗事だ。


俺は、瞬時に気付いた。これが、本当は二条家を配下に置くための口実だということに。なぁ親父、さすがにこんな単純なことには気付いてくれるよな?


「なんというありがたき幸せ! これが実現されれば、有栖川家、そして二条家のさらなる繁栄は間違いありません! 共に天下を取ろうではありませんか!」


俺は顔を沈め、頭に手を当てる。

もはや、呆れを通り越して、何も言えなかった。俺はこの馬鹿げた茶番を終わらせるために、立ち上がった。


「なんだよ、それ! 人を家の結び付きのための道具みたいに扱いやがって! 本人の気持ちも考えずに勝手に進めるのかよ! そんなに家が大事なのか!」

「こら壮亮! 無礼だぞ! 座りなさい!」

「うるせぇ親父……むぐっ」


俺の言葉を封殺したのは、勝手に俺と結婚させられそうになっている相手、有栖川アスハだった。向かい側から身を乗り出して掌を差し出していた。

そして、俺の口を自身の掌で塞ぎ、彼女は当主たちに告げた。


「お父様、そして二条家の皆様、両家の繁栄に貢献できることになるとは、ありがたき幸せでございます。私共の許嫁の件、了承致しました」

「おい、待てって何勝手に……むぐぐ」


口を締め付ける力が、さらに強まる。

こいつ意外と握力強えな。


「いやぁ、円満に話が纏まって良かった。お宅のお嬢様は、うちの息子と違い、大変優秀であられますねぇ」


さらっと父親が、俺を侮辱する。


「いえいえ、大したことはありませんよ。そうだ、共に仲を深めるために、若い男女二人きりで会食するのはいかがかな? 二条家の皆様、部屋の用意は出来ますか?」

「それは良い考えですな! すぐに手配致します! おい……」


父親が使用人に指示を出し、勝手に着々と準備が進んでいく。

反論したいのは山々だ。だが、有栖川アスハの掌が、それを許さなかった。


「部屋のご用意が出来ました」

「ありがとうございます。それじゃあ行きましょう」


有栖川アスハが俺に二人きりでの会食を促してくる。俺がその返答をする前に、彼女はもう接待室から退出しようとしていた。


「お、おい。待てって!」


彼女を追いかける。俺はその間、浮かんできた一つの疑問をずっと考えていた。


どうしてだ? 俺の父親が絡んできた時の顔は、明らかにこの名家の社交辞令とやらに幻滅している顔だった。


なのに、どうして自分の感情を押し殺して、全て家のために行動するんだ?

俺が、共に名家に抗う同族だと感じたあの感情は、幻だったのか?


俺は、その全てを問いかけるために、先を行く有栖川アスハの後を追いかけた……。





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