第1話
〈『スカイ・アイ』から『あかぎ』へ。敵戦闘機編隊、高度30000フィート、速度マッハ1.5で『あかぎ』に接近中。到達まで30分!〉
「『あかぎ』より各艦へ。教練対空戦闘用意!」
「第93飛行群、出撃準備!」
横須賀から出港した第5航空護衛隊群は小笠原諸島海域に到達すると、対空戦闘の訓練を行った。
訓練の内容は第5航空護衛隊群を攻撃しに向かって来る敵戦闘機編隊を「あかぎ」の戦闘機部隊が迎撃し、撃ち漏らした敵戦闘機から発射された対艦ミサイルを護衛艦が迎撃するというものだった。
敵戦闘機編隊を演じるのは日防空軍飛行教導群で、旧航空自衛隊では飛行教導隊と呼ばれていたアグレッサー部隊で、敵機役を演じて殴り込みをかけ、その技を披露して教導する日防空軍きってのエリートパイロット集団だ。対艦攻撃をF-2戦闘機、護衛をF-15DJが担当した。
「第93飛行群、ワイバーン隊、グリフォン隊、各機は準備ができしだい発艦せよ!サラマンダー隊は待機!」
「あかぎ」の飛行甲板から艦載機のF-35BJが次々に発艦して、空へと上がっていく。
憲法9条が改正され、自衛隊が防衛軍となっても日本が空母を持つことに日本国内の一部の政治家や国民から強い反発を受け、これを納得させるためにも「あかぎ」が侵略戦争のための攻撃型空母ではなく、対潜哨戒を主とした短距離限定の垂直離着陸機を搭載した護衛艦として認められたためであり、スキージャンプ式の飛行甲板を採用したのも発艦に伴う燃料消費を抑え、防衛装備品の能力を最大限に発揮させる意味もあった。
「あかぎ」の操艦は海軍、航空管制は空軍がそれぞれに行い、防衛軍初となる海・空軍統合運用艦でもあった。
ADACS「スカイ・アイ」に乗る朝倉しおり一等空尉はレーダーディスプレイを見つめながら、第5航空護衛隊群と交信している。
彼女が乗るADACS(Airborne Defense And Contorol System:捜索管制機)は航空機への管制のみならず飛翔する弾道ミサイルの捕捉も行え、高度なデータリンクシステムも備えられ陸海空各防衛軍への指揮統制も行える。また、機体は旧航空自衛隊で運用されていた政府専用機のB-747-400の機体が転用され、防衛軍の最高指揮官である内閣総理大臣の他、防衛大臣や防衛軍陸海空各幕僚スタッフが乗れるスペースも設けられていて、まさに「空飛ぶ戦闘指揮所」とも言えた。
今回の訓練では日防空軍飛行教導群が演じる敵戦闘機編隊を迎え撃つ「あかぎ」の第93飛行群への管制を行うのがしおりの役割だった。そして第93飛行群には彼女の同期がいて、個人的にも応援していた。
(頑張ってね。カノン)
「敵戦闘機5機、接近してきます。我が艦隊との距離400マイル。敵のミサイル発射圏内まで約20分!」
「『ふそう』、『やましろ』より迎撃ミサイル発射!」
「あかぎ」のCIC(Combat Information Center:戦闘指揮所)内でビィィーー、ビィィーー、と耳障りな警報音が鳴り響く。
「敵機、レーダー波照射!ロックオンされました!!」
「『ふそう』、『やましろ』の迎撃ミサイルを掻い潜った敵機3機よりミサイル発射!計6発、向かってきます!!」
「あかぎ」砲雷科の初任幹部である近藤いさみ三等海尉は緊張していた。自分の指示の出し方次第でこの艦の運命が決まってしまうと思うと無理もない。
「大丈夫だ。落ち着いてやれ」
「あかぎ」副長の新波蔵之介二等海佐が近藤をリラックスさせようと、彼の肩に優しく手を置く。
「はッ!対空戦闘、チャフ発射、シーRAM、CIWS、攻撃始め!!」
近藤が的確な指示を出していることを見て、新波は満足そうに微笑む。
「敵ミサイル2発、高速で本艦に向かってきます!・・・本艦の飛行甲板、左舷後方に被弾!!」
「各班、被害状況の確認と報告!ダメージコントロール、急げ!」
新波が命令を発する。近藤は自分のせいで艦に被害が出てしまったと落ち込む。
「副長、申し訳ありません」
近藤は謝り、新波は「気にするな」と応えた。
「群司令、訓練終了しました」
「あかぎ」の艦橋にいた艦長の西島英俊一等海佐が、第5航空護衛隊群の群司令の海江田正種海将補に報告する。
「ご苦労」
「飛行群は全機撃墜、我が艦もミサイルが2発命中し大破、という結果です」
「まあ、2発の被弾で済んで撃沈が免れただけでも良しとしよう」
飛行群のF-35BJが次々と着艦してくる。これが実戦だったら飛行甲板に大穴が空いているので、帰るべき所が無くなることを意味していた。
「飛行群のパイロット達もいい勉強になっただろう。何しろ今日の敵戦闘機編隊を率いていたのが、秋津二佐だからな。君も日防空軍の出身ならよく知っているだろう?」
「ええ、日防空軍きってのエースファイターですからね」
「今日の訓練を教訓にして、次までに各自が練度を上げればいい。張り切りすぎもほどほどに、な」
「はッ」
新波が「失礼します」と艦橋に入ってくる。
「群司令、横須賀の司令部からの入電です」
新波から手渡された紙に書かれた文を読む。
「『第5航空護衛隊群は直ちに呉に向かい、指示を待て』とのことだ」
「何かあったのでしょうか?」
「行けば分かるだろう。艦長、全艦に下令を」
「了解。『あかぎ』より第5航空護衛隊群全艦に達する。これより本海域での訓練を切り上げ、呉へ向かう。機関全速、転舵!!」
「あかぎ」をはじめとした第5航空護衛隊群は進路を変えて、呉へと向かった。
何かが起きていることを感じながら、西島は艦首の先の海を眺めていた。