第4話
対馬海峡上空。
日防空軍第8航空団に所属する二機のF-35AJが領空侵犯してきた国籍不明機に対するスクランブル発進していた。
「レーダーコンタクト!二時の方向、距離25キロ」
「高度と速度をそのままで維持。相手を確認する」
「了解」
その内の一機を操縦する坂木乙女三等空尉は前方を飛ぶ領空侵犯機を見つけた。相手も二機だ。
「目標視認!・・・MiG-29?!」
「極東ロシアと中国じゃない。とすると高麗連邦のMiG-29Kだな」
見た目は旧北朝鮮が保有していた旧ソ連性の機体だが、中身は高麗連邦によって最新のものにアップデートされていた。さらにMiG-29Kの「K」とは「Korea」のKで空母艦載機として魔改造されたものだった。
(わざわざ作り替えるなんて、何を考えているのか)
乙女は高麗連邦のやることが理解できなかったが、領空侵犯対応の任務に集中した。
「(警告する。こちらは日本国防衛空軍である。そちらは日本の領空を侵犯している。こちらの誘導に従い、進路を変更せよ)」
英語と高麗連邦の言葉(朝鮮語)を使って呼び掛ける。二機のMiG-29Kは真っ直ぐ飛んだままだ。
(こっちの指示に従わない。こっちが手を出さないと思って舐めている)
乙女は高麗連邦機の態度に腹を立てた。旧航空自衛隊の時でもそうだったが、領空侵犯におけるスクランブル発進でも相手が攻撃してこない限りは緊急避難か正当防衛以外での武器使用は認められていなかった。憲法9条が改正され自衛隊が防衛軍となっても平時の対応は何も変わっていなかった。
一機のMiG-29Kがいきなり方向転換したかと思うと、乙女達の背後に回ってきた。
「・・・いったい何を?、!!」
突然コクピット内に耳鳴りな警報音が鳴り響く。
「レーダー波照射!?ロックオンされている!」
「フレアだ!ブレイク!!」
敵ミサイルの赤外線誘導センサーを撹乱させるフレアをばら蒔きながら散開する。レーダー波照射したMiG-29Kが乙女のF-35AJの背後についたまま執拗に追いかける。
「振り切れない!交戦の許可を!!」
「落ち着け。奴は射つ気がない。からかっているだけだ」
もし本気で撃ち落とす気ならとっくに撃っているはずだ。脅したいだけなのだろう。
「この!そっちがその気なら!!」
乙女が機体を急上昇させ、ループして高麗連邦機の背後につく。
「さあ、まだ遊びたいですか?」
乙女はレーダー波を照射しなかったが、高麗連邦機は僚機の元へ戻ると領空を出ていった。
「坂木三尉、勝手な行動は止めてくれ」
「すみません」
乙女は謝るが、高麗連邦機が飛んでいった方向に目を向けて、きつく睨む。
首相官邸の中に設けられた喫煙エリアで古谷は煙草を吸っていた。妻から禁煙するように言われていたが、古谷にとって今は肺癌等の健康上のリスクを考える場合じゃなかった。
「奥様から止められていたのではなかったのですか?」
声を掛けてきたのは外務省アジア大洋州局局長の吉田勇作だった。彼も古谷にとって信頼することができる閣僚の一人だ。
「君までカミさんみたいなことを言うなよ」
古谷は苦笑しながら二本目の煙草に火をつける。
「なあ、吉田君。今回のことが高麗連邦によるものだとして、狙いはやはり対馬の領有権だと思うか?」
「かつての朝鮮王朝時代の領土回復が高麗連邦の軍事政権が掲げてきた公約ですが、ことはそう単純なものじゃないでしょう」
吉田も煙草を吸おうと箱を取り出すが空だったのでため息をつく。古谷が一本差し出すと「頂きます」と受け取り、火をつける。
「ソ連崩壊をきっかけに世界中に『自国第一主義』が広がり、その結果民族問題に端を発した局地紛争が多発し、その混乱の中で高麗連邦という民族主義国家が誕生しました。しかしその急激な軍備の拡充は、到底彼らだけでできるものではありません」
「裏で糸を引いている国があるということか・・・」
「糸を引いている、と我々にも気づかせないほど巧みな奴らです。彼らの狙いもおそらく・・・」
「『あかぎ』、か」
日本の戦後初である空母の実力がどれ程のものか、高麗連邦以外にも欲しがっている国がある。高麗連邦を隠れ蓑にして「あかぎ」が出てくる緊張状態を作らせ、その戦力データを取ろうとしているのだろう。おそらく日本の同盟国であるアメリカも同じはずだ。
「城山大臣は防衛出動を出せと強く言っていたが・・・、できれば出したくないと思っている」
「領土問題において、日本が現状のプレゼンスを維持できなかったら、防衛出動は避けられないかもしれません。我が国には日米安保条約がある分、戦力的には高麗連邦よりも勝っています。しかし武力衝突の事態になってしまえば、双方とも瀕死の傷を負うことになる」
武力衝突、という言葉に古谷の表情が歪む。高麗連邦は核を持っている。反日感情を剥き出しにする彼らが核を使う可能性もある。
「総理、事態は我々が思っている以上に非常に複雑です。ここで対応を間違えてしまえば、火はアジアに、いや、下手をすれば世界中に広がってしまいます。そのような全面戦争だけは何としても避けなければなりません」
「そうだな」
古谷は煙草を吸い終わると、まだ煙草が入っている箱を吉田にあげて立ち去る。