ラスボスの失踪*孫娘付 《続 ・ラスボス戦の片隅でキャベツを刻む》
調子に乗って続き書いちゃいました(´・ω・`)
「モモちゃん何も悪い事してないもん!」
「儂だってモモちゃんが悪いとは言ってないぞ。けどな、ここは勝手に入った者を罰する部屋じゃ─移転魔法陣もあるし危ないんじゃよ」
まるい頬をプゥと膨らませ怒っている孫娘のモスモフィラ─愛称モモちゃんを宥めつつ『贖罪の間』に入るなと諭し中。
一発大声で怒鳴れば即解決なんじゃが、そこは孫に嫌われたくない爺心。拗ねた顔も可愛いのぅ……いかん、いかん。
「そうじゃ、モモちゃんがこの部屋に入らないお約束を守るなら、儂秘蔵の魔術書をやろう」
魔法が大好きなこの子なら釣れるはず。おっ、もじもじし始めた。もう一息…
「料理長がの、珍しい菓子を作ったそうじゃ─一緒に食わぬか?」
モモちゃんは、ゆっくりと儂に顔を向けた。潤んだ矢車菊の青い瞳が揺れる。
「おじいちゃまの魔術書モモちゃんにくれるの?」
「ああ、約束を守るのならな」
「珍しいお菓子ってどんなお菓子?」
「儂も知らんのじゃよ。厨房へ行くか?」
モモちゃんは大きく頷き、花のような笑顔になる。
その瞬間、視界が白一色になった……
「贖罪の間」に一時的であれ、異世界からの侵入者が厨房ごと現れる前代未聞の事象が起きたのは、3ヶ月前の勇者による魔王城襲撃の時。
魔王様は勇者と対峙していて気付かなかったそうだが、執事アベルによると勇者が「贖罪の間」に入るのと同時に現れたと証言している。
彼から詳細を聞くと「出現してすぐ聞いた事の無い楽曲が流れだしたので、魔王様の気が殺がれるのではと危惧し、抹消しようと試みたが悉く攻撃を無効化された。時空の歪みに阻まれた為なのか此方から干渉出来ず、彼方からの物は提供された。チキンカツは驚きの美味さだった、機会あればまた食べたい」とのことだった。
早急に魔力や魔術の知識に長けた者を集め、調査班を立て捜査した結果、壁に描かれた不完全な魔法陣を発見し、それが原因であることと判明。そして、不完全な魔法陣を描いた者が、魔王様の愛する孫娘モスモフィラ嬢である。
彼女は3歳の時に魔力爆発を起こしてから魔法に目覚め、お絵かきの延長で魔法陣を描くようになる。幼子が描くので円が歪だったり記号を間違えたりで、発動する心配は無かった…だが、しかし─
子の成長は早いのうと、逃避しかけたのは致し方あるまい。モモちゃんの膨大な魔力と、子供特有の不安定さで何処かに移転したようじゃ。
「おじいちゃま、ここにお菓子があるの?真っ暗よ?」
「あるかもしれんが……どこかのぅ?」
それほど広くない室内に、ソファー、テーブル、椅子、棚が圧迫感なく配置されている。
さて、どうやって帰ろうか。とりあえず近場のソファーに座る。モモちゃんも儂の隣にちょこんと座り、足をぶらぶら。
それほど待たずにガチャリと音がして扉の向こうが明るくなる。
「ただいまー」
弟二人は寝ているであろう時間、私はまだ履き慣れないパンプスを脱ぎ捨て自室へ向かう。
退社後、人数が足りないと同僚から泣きつかれ参加した合コンはハズレ。一次会で早々に切り上げ、他の女友達と飲み直して帰宅した…うーん、結構酔ってる。水飲みたいし、アイス食べたい。
スーツから何時ものルームウェアに着替え、洗顔で洗面所を経由してリビングの扉を開けた。リビングの電気は付けずキッチンの電気だけ付けるとオレンジがかった光がキッチンを照す。冷蔵庫から出した冷たい水を一気に飲む。
「……カズミさんかの?」
ンブッ!ゴホッ、ゴホッ、ゲホッ…盛大に噎せた。気配の無い不意討ちに驚かない方が無理っ、ちゅーか誰?
「すまん、カズミさん─ヤマシタカズミさんに似ていて、つい」
「山下和美は私の母ですが、本日夜勤で朝にならないと」
訝しげに声の方向に顔を向ける。黒基調の黒色長髪にメリノー種の角…かなり悪酔いしてるらしい。思わず顔を顰めた。
「おじいちゃま、お話終わった?私お菓子が食べたいの」
場違いな可愛い声がして、黒衣装越しに覗くと、ピンクベージュのふわふわロングヘアの子がソファーで、つまらなそうにしてる─チョー美幼女!可愛い!描きたい!描いて残したいとウズウズする。
「すまんが、何か分けて貰えんじゃろか?」
「じゃあ絵のモデルしてくれる?」
「……相分かった。そうじゃ、これに載せてくれぬか」
渡されたお盆は馴染みのある物。
何故持っているのか聞くと、母に返しそびれたそう。詳細は後にして、私はそれにお菓子とアイス、簡単に摘まめるカツサンド(朝食用)と発泡酒の缶を載せてく。
「私、実咲って言います。貴方は?」
「儂はケイオスじゃ。あの子はモモ…ありがとう」
ケイオスさんはお盆を受け取り、嬉しそうにモモちゃんに持っていく。その間に部屋へスケッチブックと筆記用具を取ってきた。
「おじいちゃま、これ甘くて冷たくてとっても美味しいの」
ニコニコしながらアイスを食べるモモちゃんに、そうかと頷いた。
向かいで「尊い」やら「萌え」やら言いながら、カズミさんの娘─ミサキさんは紙に驚きの速さで筆を走らせる。
儂は缶という容器の開け方を教わり、この世界の酒を堪能していた。弾ける刺激と爽やかな苦味と飲み心地、酒精は強くないが気に入った。供として出されたカツサンドも美味い…アベルには秘密じゃな。
「ところでミサキさん、チキンカツの作り方は知っているかの?」
「チキンカツ?分量は分からないけど、材料なら」
「教えてはくれぬだろうか─出来ればカズミさんが作るものがいいんじゃが」
ミサキさんは手を止め何やら思案した後、紙を一枚破り取り硬筆と共に差し出してきた。
「口頭で説明するので書き留めるのに使って下さい。私が書いてもいいけど…読めないと意味無いから」
紙と鉛筆を受け取ったケイオスさんは、紙の端に試し書きしている。
チキンカツは鶏肉のフライ。通常、鶏肉に小麦粉・卵液・パン粉を付けて揚げるけど、我が家はバッター液とパン粉を使う。
「材料は鶏肉、揚げ衣に小麦粉と卵と水を合わせて混ぜたバッター液と、パン粉」
「パン粉…パンの粉じゃから小麦粉のことかの?」
「パン粉は、パンを磨り下ろして粗い粉状にしたものです。おろしたままだと生パン粉、おろした物を乾燥させるとドライパン粉で我が家ではドライパン粉を使ってます」
「パン粉用のパンは焼き立てが良いのかの?」
「パン粉工場ならパンを焼く工程からでしょうが、自宅で作るなら余ったパンで十分。むしろパサパサくらいが磨り下ろしやすいです」
「余ったパン…」
「調理工程は、鶏肉を食べやすい大きさに切って塩胡椒で下味を付け、バッター液パン粉の順で衣を付けて揚げ油で揚げる─あらら、モモちゃん眠たくなっちゃった?」
ケイオスさんの隣で、モモちゃんの頭がこっくりこっくり揺れはじめている。
「おっと、いかん─モモちゃんそろそろ戻るか。ミサキさんモモ共々馳走になった、礼を申す」
「いえ、可愛い子が見られて十分…帰れます?」
「多分な。借りていた盆、カズミさんに渡してくれぬか?」
私はこくりと頷いた。
儂は意識が落ちそうなモモちゃんを抱き上げると、耳元で囁く。
「モスモフィラよ、汝の描いた魔法陣を開き道を示せ」
モモちゃんの体からピンク色の魔力が溢れ、儂共々包み込む。ミサキさんの口があんぐりと開いていた。
「……おじいちゃま、道が狭くて怖いわ」
「儂も手助けするから大丈夫じゃよ。モモちゃんは帰りたいと思うだけでよい」
儂の服を掴む小さな手に力が入るのを感じ、モモちゃんが繋げた道に魔力を加えて拡げる。
そして、その先へ向かうべく意識を集中させ目を閉じた。
「どちらにお出掛けだったのですか、魔王様」
聞き慣れた声に目を開くと、見慣れた忠義者の執事アベルがいつもの無表情で溜め息をつく。
「話は後じゃ、モモちゃんを部屋に送ってくる。後ろの壁に魔法陣があるじゃろ?消すか結界を施してくれ─大至急な」
穏やかに眠るモモちゃんを抱き直して『贖罪の間』を後にした。
「ううっ、頭……痛い…」
ベッドの中で寝返りすると、目が回る。完全なる二日酔い─厄落としとはいえ、調子に乗って飲み過ぎた。
コンコンとドアがノックされ、呻き声を出すとお母さんが水と薬を持って入って来た。
「辛そうね─鎮痛剤と胃腸薬持ってきたよ。お母さんもこれから休むけど必要な物ある?」
「………無い」
ノロノロと上半身を起こし薬を飲み、力尽きてバタリとベッドに倒れる。そんな状態の私に、母は変な事を聞いてきた。
「あんたが帰って来た後に…誰か訪ねて来た?」
「帰ったの2時半だよ?流石にいないよ」
「そう。ゆっくり休みなさいね、何かあったら言うのよ?」
お母さんは私の頭を撫でると部屋を出て行く。
実咲が貴重な休みの大半を二日酔いからの回復に費やし、机の上に乱雑に纏めた大量のスケッチを目にして戦き、夕飯の母の配膳で実際に遇った事だと認識するのはもう少し先の話。
一方魔王城─今回の事案について魔王ケイオスは、息子でありモスモフィラの父親であるケルハイトに娘の師を早く見つけるようせっつく。
「今回は運良く戻れたが、下手に魔法陣を発動させて時空の狭間に落ちでもしたら大変じゃからの」
「はい。私達も探してはいるのですが、モスモフィラの魔力量に合う者がなかなか見つからず」
「確かにアレは厄介じゃのう…昔の馴染みに声を掛けてみるか─ケルハイト、下がってよいぞ」
ケルハイトは一礼すると、足早に退室した─その足でモスモフィラの顔を見に行くのだろう。
「魔王様は─どちらに移転したのでしょうか?」
「それはな……あ、そうじゃ。アベルに土産がある」
儂は懐からチキンカツの材料を書き留めた紙を渡す。一瞥したアベルの眉間に皺が寄る。
「カズミさんのチキンカツの材料じゃ。やはり『魔道』がカズミさんの自宅に繋がっていての─カズミさんは不在じゃったが、娘のミサキさんから教えてもらえたのがそれ。料理長に渡したら再現出来るやもしれん」
「またアレを味わえると思うと心が浮き立ちますが……あちらで何かおもてなしされたのでは?」
アベルの表情は変わらないが探るような視線がささる…お前はそんな柄だったかのぅ?
「いや、主にもてなされたのはモモちゃんで儂は特に…」
「ではこちらは私が頂いても宜しいですね」
いつの間にか奴の手には酒入りの缶が握られていた。思わず動揺したが、疚しいことは何も無い。
「それは冷えた方が美味い。アベルは冷却魔法は無理じゃろう─深い杯を2つ持ってこい」
「畏まりました」
缶をサイドテーブルに置き、茶器の棚から杯を2つ取り缶の横に並べる。
アベルの目の前で缶にサッと手を翳す。
汗をかいた缶のリングプルに指をかけ起こすとプシュッと音がした。開封した中身を等分に分け片方をアベルに渡す。
「ビールという名の麦酒じゃ。酒精は強くないが美味いぞ」
恐る恐る口付けたアベルが、驚きに目を見張る。一口二口と喉を通し大きな溜め息をついた。
「……凄い!」
「そうじゃろ。つまみとして出されたカツサンドも美味かったわい」
口が滑って余計なことを言ってしまい、アベルにジト目で見つめられる。
「そんな目で見るな。料理長に頼めば近いうちにチキンカツもカツサンドも食えるじゃろうて」
斯くして、研究熱心な料理長の手により『カズミさんのチキンカツ』と『カツサンド』は再現され、その作り方と新しい食材『パン粉』は庶民にも広まり食を豊かにした。
一つの弊害として、ご機嫌でチキンカツを食べるアベルにより、魔王の国は日照り続きだったそうな。
─終わり─
前作『ラスボス戦の片隅でキャベツを刻む』
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