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空想スケッチ

作者: ぺの

 音はしない。

いつも見る夢だ、と彼女は言う。

果てしない遠くのほうまで、水面が広がっている。見渡す限り、水面が続いている。ところどころ群生する木はさして背が高いわけではない。何かにしがみつくようにまとまって生えていて、それがまるで水田のなかにぽつんと残った祠を守っているような唐突さがあるのだという。

彼女はいつもそこに立って、ただ立って周りを見渡している。

木になったような気分になるというのだ。まるで取り残されたような気分が。

夢には彼女のほかに、もう一人登場する。彼女と同じ年頃の少年。どうやらその彼は俺とは違う人らしい。いつも遠くから見かけるだけだが、確実に俺ではない、と彼女ははっきりした口ぶりだ。

彼は背が高くて、線が細くて、ひどい猫背で、しかしどこか遠くを眺める目だけがやけに印象に残る不思議な少年だ。時々かがみ込んでは、浸った足首あたりの水をすくうようにして微笑む。風が吹くと、まるで何かの音を聞いたかのように体を起こしてあたりを見渡すしぐさをする。その時に、少年を見ている彼女に気付くときもあれば、何物も目に入っていない様子でぼうっと風に吹かれるままになっていることもある。

彼女が言うには、あの少年は彼女と「同じ」らしい。彼女はただ同じだと思う、と繰り返すばかりで、具体的に何がどう「同じ」なのかは言わない。ただ同じであることが直観的にわかり、だからあの水の平地で出会い、ときどき互いの存在に気付くのだ。

彼女はいつもその夢のどこかで、遠くにいる少年の存在に気付く。少年はそのうちの何回か、彼女の視線に気づいて目が合う。いつも、その繰り返し。事件も進展も、その夢では起こらない。でも、それを語るときの彼女の面持ちはいつも違う。嬉しそうにしている時もあれば、何かを憂いているようにしている時もある。

きっとその夢は、彼女の何かを映している。「同じ」と彼女が思っている少年も、彼女を映す鏡で、それを見るたび彼女の感情が大きくなって、少しだけ外に出てくる。

俺には、その夢を見てみたい、という気持ちが少しある。彼女の見ている世界を見、彼女が何を喜び悲しむのか、その様子を見てみたい。そんな気もする。しかしそれよりも、その夢を再現したい気持ちのほうが強かった。その世界を再現し、そこに彼女をひとり立たせてみたい。その場面で写真を撮ってみたかった。誰かもわからぬ少年を「同じ」と感じ、その夢を見て動く感情を切り取ってみたかった。

彼女はほとんど感情を表に出さない。よく笑い、よくふざけ、よく困ったり呆れたりした顔を見せるが、それは俺に見せるための、いや俺に限らずすべての他人に向けるための表情だった。その表情は、彼女の感情とは切り離されている。意思表示のため、伝達のための表情。それは完璧に作り込まれて美しく、無駄なく彼女の世界を進める、言葉にも似た表情だ。誰にでも分かりやすく、こちらへ読み取ることを求める。

しかし、俺は彼女の素の顔を写真におさめたかった。美しくない、何を考えているのかわからない表情。しかし感情に裏付けされた、確かな表情。その動きの一瞬を切り取って、形に残したかった。

あるいは、その夢に俺も連れて行ってほしい。幼い頃からずっと、そう願っている。


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