第一章 4:ギルド
「わかった、そうしよう。ほれ、サインと報酬」
礼を言って、報酬の入った袋を受け取る。
しかし渡された袋が予想よりズシリときた。
訝しんで袋の口を開けると眼が丸くなった。
「・・・あの、これ買い取ってもらった薬草類の金額を足したとしても報酬金額ちょっと多くありません?」
「そこはあれだ、今後ともご贔屓に、てやつだよ。つうか、そんな腕があるなら冒険者やめても暮らしていけると思うが?」
ぼりぼりときれいな赤髪を無造作にかきながら探るように聞いてくる。
付き合い自体はまだ半年ほどと短いが、人の事情に首を突っ込まないはずの彼女にしては珍しいことだった。
いや、それだけ自分のしていることが奇異に映るのだろう。
「あー、自分でもそう思っているんですけど、冒険者は色々と融通が利きますから」
「・・・そうか。まぁ、死ぬなよ」
そう告げて、一瞬見せた表情は複雑そうだった。
きっと彼女は何の融通が利くのか分かっている。
それを承知で、せっかくのビジネスパートナーだからな、と忠告してくれるアーシャの存在は有り難くもあり、心苦しくもあった。
「はい。これからも良い薬草とか、鉱物も持ってきますね」
呆れ顔のアーシャに軽く手を振り、店を後にした。
街を出ようと足を向けてはたと立ち止まった。
サイン済みの依頼書の送付は手紙屋に任せて、もう村に帰ってのんびりしようかと思ったが、やはりギルドボードにある情報が気になった。
ギルドに集まってくる情報量の多さは侮れない。
月光草採取の準備にかけた時間もあってもう一週間以上ギルドに顔を出していない。
ギルドボードの依頼書はあらかた新しいものに変わっているはずだった。
身体を反転させ、ギルドに向けて歩き出す。
通常、ギルドは街の規模と比例して充実した施設が整うが、この街が属するバラニア領は魔物が頻出する。
そのため、街の規模には不釣り合いなほど立派な建物になっていた。
そして、ギルドの立派さに負けないくらい、街の中央広場には祭りでもないのに露店が立ち並び、活気に満ちている。
人混みを避けるように路地裏を選んで入り、足早に目的地を目指す。
表通りには人が溢れているのにひとつ路地裏に入ると全く人の気配がしなくなる。
まるでこちらとあちらで世界を区切られたような、空寒い感覚に襲われる。
ようやく薄暗い路地裏を通り抜けると目と鼻の先にギルドがあった。
最初、冒険者登録と仕事を請け負うために訪れた時はどこの大商館かと思うほどの立派さに足を踏み入れるのを躊躇った。
道を聞いて、すぐにギルドの場所は把握したものの、頭に思い描いていたみすぼらしさは微塵もなかったのだ。
気後れのひとつやふたつは余裕だった。
今でも長居したい場所ではないが、必要なことは早めに済ませておくにこしたことはない。
ギルドの重い扉を押し開くと、中の喧騒が一気に鼓膜を叩いてくる。
と、同時に幾人かの視線が突き刺さる。
街の賑わいとは別種の雰囲気を醸し出すあたり、やはりこの家業に身を置く者たちは堅気と一線を画している。
受付の方はどこも忙しそうで、ひっきりなしに番号を呼んでいる。
番号札を握ってすぐに走っていく者もいれば、すぐそこにいるのに何回も呼ばれてようやく腰を上げる者もいる。
壁面に設置された横長のギルドボードに目をやると、そこにはそこそこの人だかりが出来ていた。
この様子だと、呼ばれるのに30分はかかると予想し番号札を配っている係の者に番号札をもらう。
その間にどんな依頼が更新されているか確かめるため、ギルドボードに向かった。
ボードに掲載されている依頼内容には大きく分けて、戦闘系と非戦闘系が存在する。
戦闘系の依頼は魔物討伐や退治がメインであるのに対し、非戦闘系のそれは薬草の採取はもとより、人捜しや人同士の揉め事処理、果ては庭の掃除に子守りなど、万事屋の様相を呈している。
驚くことに、戦闘系の依頼書が貼ってある側には人が少なく、非戦闘系の側には人だかりが出来ていた。
こんなことは今まで一度もなかった。
この街の冒険者にとって魔物討伐や退治が主だった仕事になっていることもあり、非戦闘系の依頼は処理されないまま積み重ねっていくのが常だ。
それがこの賑わい。
戦闘系の依頼をこなしていた武闘派がこちらに流れているのは明白だった。
しかし、非戦闘系の依頼書に目立った(報酬の良い)ものはないのは先刻承知。
そこでようやく閑散としている戦闘系の依頼書が貼ってあるボードに興味が湧いた。
もしかすると何かこの状況を説明できる手がかりがあるかもしれない。
そうこうしている内に非戦闘系の依頼書がいかつい男たちに続々と持っていかれている。
人だかりの隙間を上手く縫うように移動し、非戦闘系でやり慣れている薬草採取の依頼書を3枚選んだ(個人の場合は3枚が上限。達成具合によって上限が増減)。
自分に見合った依頼書を確保し、戦闘系の依頼書を確認していく。
すると張り出されている依頼書に奇妙な点が見つかった。
戦闘系の依頼内容というのは基本、自己責任の下に依頼を遂行する。
つまり、依頼を達成できるなら誰でも構わないし、手段も問わないとされるのが一般的だ。
それゆえ必要以上に血生臭くなることもあるが、それはもう仕方ないのこととして認識されている。
だが、今張り出されている依頼書は難度の低いものから高いものまですべて、ある特記事項が赤々とその存在を主張していた。
曰く、バラニア公爵家の認めた人間にのみ魔物の討伐・退治の仕事を任せる、ということだった。
特記事項は不可解極まりないが、合点はいった。
バラニア公爵家と一介の冒険者が接点をもつことなどそもそもない。
冒険者など言ってしまえばスネに傷のある者たちばかりだ。
面会を求めたところで適当な理由で追い返される可能性もある。
実際、非戦闘系側のボードの賑わいを考えても認められた冒険者はごく少数なのだろう。
つまりはハナからまともに仕事を依頼する気がないのだ。
多分にきな臭い話になってきた。
もしかすると頃合いかもしれない。
「89番の番号札をお持ちの冒険者様―!!こちらのカウンターへどうぞ!お待たせいたしましたーっ!」
賑わう喧騒の中でも自分の番号だけはよく聞こえるのはなぜだろう。
不意に呼ばれた自分の番号に反応しながらカウンターで用事を済ませる。
「大変お待たせしました。本日のご用件をお伺い致します」
「用件は依頼達成の報告と署名入依頼書の確認1件、それと新規の依頼書3枚の承認をお願いします」
「承知いたしました。完了しましたらお呼びしますので少々お待ちください」
こうしたやり取りにもすっかり慣れた。
ギルド内の椅子に腰を落ち着け、先程の出来事を振り返る。
戦闘系の依頼遂行がバラニア公爵家に独占という形で事実上禁止された今、非戦闘系の依頼に冒険者はますます群がるだろう。
非戦闘系のパイはそんなに大きくない。大人数で奪い合う羽目になる。
どうしてバラニア公爵家が今更そんなことをしでかす必要があるのか分からない。
人に害をなす魔物が少ないなら分からないでもない。
だが、むしろこの領地は魔物が多いのだ。
人手は多いに越したことはない。
公爵家自前の騎士団だけでは早晩行き詰まるだろう。
思索に耽っていると今度はすぐに呼ばれた。
「お待たせいたしました。こちら、署名入依頼書をご提出いただいた証明書と、3件の承認済み新規依頼書になります」
「どうもありがとうございます。すみません、1ついいですか?」
考えても分からないことは知っていそうな人物に聞いてみるのが手っ取り早い。
「はい、なんでしょうか」
「さっきギルドボードの依頼書を確認したんですが、戦闘系の依頼書、公爵家の認可が必要になってますよね?一週間くらい前にはなかったと思うんですけど、何があったんですか?」
怪訝な顔をしていた受付が、なんだそのことか、といった顔になった。
「私共の方で把握している限りの話ですと、なんでも街のイメージを上げたいようですよ。実力はもちろんのこと、教養も備えた人物に依頼をこなして街のイメージアップに繋げたいとか。この街は荒事に慣れた人間が多いですからね。外から見たら野蛮に映るのでしょう」
「・・・そう、ですか。まあ、そうかもしれませんね。じゃあ、依頼をこなしたい場合は公爵家に直接認めてもらうんですか?」
「いえ、そうではありません。実は公爵家からギルドに面接官が来ています。その面接官のお眼鏡に適えば戦闘系の依頼をこなせるようになります」
「なるほど。ちなみに合格率はどれくらいなんでしょう?」
「だいたい10%くらいですね。100人受けて10人通ったかどうかというくらいです」
「ずいぶん狭き門ですね」
「ええ、私達も驚いています。ですが公爵家がそう決めた以上従う他ありません。いつまで続くか分かりませんが、手続きは随時受け付けています。よろしければどうですか?」
「有り難いお話ですが、けっこうです。自分には薬草や鉱物の採取が性に合っていますから」
「そうですか。貴方ならたぶん合格すると思いますよ。気が変わったら受けてみてください」
「はい、考えておきます。ありがとうございます」
受け取るものを受け取ってカウンターを離れる。
さっきの話は納得半分疑問半分だった。
やはりどうしてもスッキリしない。
もう少し探りをいれたくなってきた。
さて、まずはどうしようか。