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夜を征く者  作者: 米山幸一
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プロローグ:月下の遭遇

その日は静かな夜だった。


肌を撫でる風が心地よく、夜空には満月が浮かんでいた。


もう何度、夜の森に足を踏み入れただろうか。


所々を苔に覆われる土を踏みしめながら月明かりとランタンの灯りを頼りに探索する。


今回、魔力回復ポーションに使う薬草の採取を冒険者ギルドから直接依頼されていた。


通常、冒険者はギルドボードに掲載されているクエストの中から適当なものを選び、受付に申請する。


その後、ギルドの方で実績を鑑みて正式に申請したクエストが依頼される。


ただ一方で、今回のように直接ギルドから依頼される場合もある。


その場合、クエスト内容は専門性が高く、危険を伴うものが多い。当然その分、かなりの報酬も提示される。


普段依頼している冒険者が負傷したとかでお鉢が回ってきたこのクエスト。


危険度でいえば大したことはないが、薬草の見分け方が素人には難しい。


その点、自分は薬草の見分けた方には長じていると自負している。


これまでにも薬草採取のクエストを申請し達成していた実績が買われたらしかった。


幼い頃には駄々をこねて薬草の採集についていき、学べるものは貪欲に学んでいった。


山や森に入るときの心構えはもとより、薬草の見つけ方、見分け方、使い方、採り方、保存方法、調合方法に至るまで。


今となってはなぜそれほどまでに執着したのか、思い出せない。


採集に連れて行ってもらえなかった日は家にある薬草に関する本を飽きもせず読んでいた。


よく妹に呆れられていたのを覚えている。


成人の日を迎えても薬草への単純な興味は変わらなかったが、あの頃ほど寝ても覚めても薬草のことを考えていた時期はない。


そして、まさか今ではそれを生業としているだなんてあの頃の生活からは考えもしなかった。


慎重に森での薬草採集を続けていくと、小さな湖畔が広がる拓けた場所にたどり着いた。


そのほとりに、目的の薬草が色とりどりに群生していた。


(見つけた。あれが「月光草」・・・。すごくきれいだ)


その幻想的な光景を前にして、しばし見惚れてしまった。


どのくらいそうしていたのだろうか。


優しく頬を撫でる風にはっと我に返った。


辺りを注意深く確認して色とりどりの月光草の中から、まだ蕾で青色の月光草に近づき、膝をついた。


根を傷つけないように慎重に周囲の土を取り除く。


月光草はストレスに弱いため、扱いが難しい。


月明かりの下で幻想的な花を咲かせるこの薬草は、その花の形と相まって「月の雫」と呼ばれることもある高級品。


これ一つを加工して上手く売り捌けば一月は余裕で暮らせるほどのものである。


どうにか傷つけずに採取した月光荘を大事にポーチへ仕舞い、ゆっくりと立ち上がる。


目の前の美しい光景を横目に、当面の生活資金を確保できたことに思わず安堵のため息がこぼれた。


―――だから、だったのかもしれない。


気が付くとほっそりとした白く細い腕が腰のあたりに巻き付き、甘やかな匂いに包まれていた。


背中にあたる柔らかさを感じるまでその存在を認識できなかった。


まずい、と思ったときにはもう遅い。


密着されているせいか、圧を感じない拘束なのに身動きが取れない。


魔術を使用した類の拘束とは少し違った。


その証拠に自身の魔力をかき乱すような影響がない。


「こんなところでこんな時間に、何、してるの?」


女だ。


鈴を転がしたような透き通った声が耳朶をくすぐる。


「・・・薬草の採集です。夜にしか咲かない薬草が欲しくてここへ」


ふーん、と気のない返事。


「ねぇ。それ、誰に許可取ってるの?」


「・・・冒険者ギルドから。正式な依頼証書もあります」


「そう。でも、私は知らない。ここは私の森。私が管理する森。ここで勝手は許さない」


傍から見れば恋人同士が睦み合っているように見えたかもしれない。


だが、女の発する雰囲気は狩人のそれ。


獲物が誰かは言わずもがな。


「ちょっと待ってください。貴女の言葉だけでそれを信じろというのは難しいでしょう?こっちはギルドを信用してここに来ているんです」


「・・・。そんなことはどうでもいいの。私の許可を得ていない貴方が、私の森で、私に見つかった。それが全て」


「そんな無茶苦茶な!・・・僕を、どうするつもりですか」


殺すつもりか、とは聞かなかった。


女の手はいつの間にか自分の胸に置かれている。


自分の命を握る相手を下手に刺激したくない。


「別に取って食おうというわけではないの。人手足りないし、主に肉体労働かしら。あ、つまみ食いぐらいはさせてもらうけど」


底意地の悪そうな笑みを浮かべている様が頭に浮かんだ。


その瞬間、唐突にその正体に感づいた。


まるで気付けなかった気配。


白磁を思わせる白い腕。


己の身体に意志を通せないほどの奇妙な力。


そして、つまみ食い。


恐らく彼女は、人間が相手にして良い存在ではない。


「・・・取引をさせてください。僕は貴女のことを誰にも話しません。今後二度とこの森に立ち入りません。ここで採取した月光草も置いていきます。その代わり、今回だけは見逃してください。お願いします」


「いや」


「即答ですか!少しは考えてくれても良いでしょう?!貴女は僕に顔も見せず、名乗りもしていない。それは貴女に僕を逃しても良いという考えだからじゃないん―――」


言い終わるかどうかというタイミングだった。


背中に触れる体温がふっと離れると、くるり、身体を反転させられた。


「私の名前はリリフィア=イウニス=ゼノバイロン。挨拶が遅れてしまってごめんなさいね?」


美少女だった。


この深い森には似つかわしくないノースリーブの白いワンピース。


猛禽類を思わせる凄みの利いた笑顔。


顔が近い。


背中に変な汗がじわりと滲む。


リリフィアと名乗ったその少女は可愛く小首をかしげてみせた。


表情と仕草が絶望的に噛み合っていない。


彼女の背丈は平均的な身長である自分より頭ひとつ分ないくらい。


下から見上げる形になるので上目遣いをされている状況だが、さて、気分的には質の悪い人間にメンチを切られているのと変わらない。


紅く濡れた瞳と艷やかな長い黒髪が印象的で確定的で、本能が警鐘を鳴らす。


彼女はまず間違いなく、この世界の支配者層に位置する種族、吸血鬼。


けれど頭に響く警鐘がどこか遠くから聞こえるほど、その美貌に見惚れてしまった。


「ちょっと?」


「・・・」


「ねぇ、聞いてる?・・・ねぇってば!」


「あっ、ご、ごめん。聞いてます。あんまり綺麗だったから、つい」


「・・・っ!!」


反応がないことに焦れていたリリフィアの笑みが固まった。


ものすごい勢いで身体を反転させられた。


やあ、また会ったね月光草!


「・・・貴方、見かけによらず図太いわね」


「いや、さすがに照れるよ」


「褒めてない。・・・あんまり巫山戯てると襲うわよ。私の言いたいこと、伝わったかしら?」


「美人な顔を見せて、素敵な名前を聞かせたからには逃がす気はない、てことでしょ?」


「・・・気に入った。良い度胸だわ」


照れ隠し、というには肩に食い込む爪が痛い。


「・・・すみません。だけど僕はどうしても家に戻らないといけないんです。だから―――」


大丈夫、今度はちゃんと動ける。


相手を下手に刺激しないように、自然な動作で手を掴み、リリフィアと再び向き合った。


彼女の怒気を孕んだ紅い瞳がまっすぐ注がれる。


「実力行使に出ます」


頭の中のスイッチを半ば切り替える。


薬草採集用のナイフを素早く抜き放つと、ためらいなく彼女の首筋めがけて刃を走らせた。


踏み込みは本気。


首筋はフェイント。


相手が怯んだ隙に一気に背後の森へ駆け抜ける、はずだった。


「信じられない。傷つけるつもりがないとはいえ、この私に刃を向けるなんて」


リリフィアは怯むどころか、少しも動かなかった。


微動だにしなかった。


ただまっすぐ、こちらを見つめていた。


それは身を守る術があるとか迫るナイフを認識できないとか、自身の危機に対処可能か否かという次元の話ではなかった。


ナイフが自分の首に届こうが届くまいがどうでもいい。


お前のすることを見届けてやる。


その瞳はそう言っていた。


踏み込みで舞い上がった土草がようやく地面に落ちる。


リリフィアの首筋に届く寸前で、ナイフは止めていた。


しかし、自分は何か決定的な間違いを犯してしまった気がした。


鼓動が早鐘を打つ。


「どうしたのよ?ほら、早く刺せば良いじゃない。ぶすっと。勢いよく」


「・・・断る」


「なにそれ。意気地なし。こき使ってやろうと思ったけどやっぱりいらない。お望み通り、今回だけ見逃してあげる」


言葉から急速に熱が失われていた。


瞳に宿っていた怒気も薄れている。


しっしっ、とまるでしつこい犬を追い払うかのような気だるげな仕草。


相手の急激なテンションの変化に戸惑いながらもナイフを収めて、一瞬、何か言うべきか迷った。

だが、肝心の言うべき何かが思いつかない。


何を言っても寝た子を起こすことになりそうだった。


「私の気が変わらない内に早く行きなさい。採取した月の雫は特別に持って行っていいわ」


もうこちらに注意を払っていなかった。


いや、意識にない、という方が適当か。


自分の存在はもはや空気だった。


結局、彼女の機嫌を損ねないよう、何も言わずに湖畔をあとにした。


心地よかったはずの夜風が、今はひどく鬱陶しかった。


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