囲炉裏
囲炉裏の火に照らされた薄暗い部屋。
茶を啜りながら老爺が問いかける。
「それでオメェ、道に迷ったつってたか?」
「村の子じゃねぇよなぁ?名前は?どっからきたんでぇ」
「えっと……ライアと言います。北の村から来ました」
「北だぁ?北なんて山ばっかでなんもねぇだろよぉ、それに親はどおした、一人で歩いてきたなんてわけじゃねぇだろ?」
(い、痛い質問が来た)
「爺さん、」
「あぁそうか?…まぁそうだな」
(あれ……?なんで納得したんだろう)
「んで何処へ行きてぇんだ?」
「…ニューサイロ王国?という所です、南にあると聞いたんですけど、もしかして此処ですか?」
「ニューサイロぉ?そいつならもっと南だ。此処はイヌイの村だぜ」
「…そうでしたか、どれくらいの距離なんでしょうか?」
「あー…遠いぜ?歩いて5日ってとこか?オメェには無理だやめとけやめとけ」
(行けます)
「それに街なんか行ってどうするってんだ?」
(……なんて話せば……身体の事は話さない方がいいかな)
「…………その、目が覚めたら知らない場所に居て……魔獣…に襲われて逃げてきたんです。」
「分からないことばかりで訳も分からなくて街で誰かに話が聞ければと思って行こうかと…」
「そいつは……………」
そう言い顔をうつ向けた老爺は湯呑みを呷り飲むと言った。
「婆さん…」
「ええ、構いませんよ」
「まだ何も言ってないだろうがよぉ」
「娘が欲しいと思っていたところなの」
(……娘?)
「俺もよ……つーことでライア、今日からおめぇは俺たちの子供だ」
(……え?)
「…え?」
「行く宛ねぇんだろ?ガキを雪ん中なんかに放っぽっておけるかよ、知りてぇ事なら教えてやる。此処にいな」
(えぇぇぇ…」
「よろしくねライアちゃん」
(えぇぇぇぇ…………)
「よっしゃ!そうと決まれば酒だ!酒とってくる!婆さん飯頼んだ!」
「あいよ任せとくれ、若い子がいると腕がなるねぇ」
そう言うや否や、未だ話に追いつけないライアを残し老夫婦はパタパタと何処かへ行ってしまった。
「えぇぇ…」
酒屋の主人であるサカクラは、一刻前からできた、遠慮がちに鍋をつつく娘を眺めながら眉間の皺を深めていた。
いったい何処のどいつがガキ放っぽって遊んでやがんだと、大人のやる事じゃねぇだろと。
そんな行き当たりのない怒りと共に酒を呑み込み息を吐いた。
全く見てらんねぇ…
「ほら、ガキが遠慮すんじゃねぇよ、肉食え肉」
器にいれてやり強引に押しつけてやると渋々受け取り、娘がゆっくり食べるのをまた眺め酒を呑む。
しばらく静かな食事が続くと、無言の時間に耐えきれなくなったのか、おずおずとライアが話を切りだした。
「あの、お聞きしていいですか?」
そういうことならジジイに任せろと胸を張って応える
「おぅ、なんでも聞け」
「その…今って何年でしたっけ?」
「天闘666年だな」
「あ、いえ、セイレキでは何年でしょうか?」
「セイレキ?知らねぇなぁ…婆さん知ってるか?」
「分からないわねぇ」
「……ニホンという国…いえ有名な国ってどんな所があるんでしょか?」
「ニホン?てぇのは知らねぇが有名つっても西のルーシィアと南のニューサイロくらいしか知らねぇなぁ…」
「そうですか…東にはないんでしょうか…?」
「東は海しかねぇなぁ…ずーっと海だぜ」
「……ありがとうございます」
「なんだ?もういいのか?遠慮すんなよ?」
「じゃあ…魔獣というのはなんなんでしょうか?」
「お!よし!そうだなぁ、あー…婆さん」
顎に手を当て頭を捻るがとんと浮かばなくて婆さんに聞いてみる。
「そうねぇ…それならイイノメさんに聞いてみるといいじゃないかねぇ」
「おっそうだな!明日連れてってやるか!」
「その…イイノメさん?という方は…?」
「ん?あぁ…イイノメは村付きの魔術使いでな、魔獣のことならアイツに聞くといいぜ」
「魔術……?」
「魔術知らねぇのか?ちょっと待ってろ持ってきてやる。
こいつぁ楽しみじゃねぇか、ガキは魔術が好きって決まっとるしな!おっとそうだ
「婆さん、待ってる間に風呂にも入れといてくれ」
「はいはい、はしゃいじゃってまぁ…」
ライアは1人湯に浸かりながら木窓から覗く雪が隠す朧月を眺めていた。
血の通わぬ体となって数日。
今までは話を聞ければ状況が少しは分かると思っていたが思い違いだったらしい。
全く知らない国に年号、かと思えば日本を思い起こすこの家。
私はこれからどうすればいいのだろう?
この不可解な世界で、寿命なき孤独な体でずっと生きて行くのだろうか。
この体の事も老夫婦に打ち明ければ何かわかるのだろうか?
「お湯加減は大丈夫かい?」
着地点を見出せぬ問いは窓越しから聞こえた声に遮られた。
「ありがとうございます、大丈夫です」
「そーお?遠慮しなくていいからね?洗い方は大丈夫かい?入ろうか?」
「い、いえいえ大丈夫です!1人で大丈夫です!ありがとうございます!」
「そうなの?…じゃあ替えの服を置いておくから着替えておきなさいね?明日服を洗濯しておくからね、それじゃあ、ゆっくりはいるんだよ」
ひとまずの危機を乗り越えたライアは
新たに直面した障害に頭を捻った。
「服持ってないのにどうしよう」