逆さの森と真っ直ぐな気持ち
ここは、逆さの虹の森。
みんな普通と真逆の国です。虹は逆にかかるし、晴れの日に雪が降って、降った雪は温かい。
ちょっと、不思議で、ちょっと変な、でも、楽しい楽園。
ここは、人間たちが知らない秘境。動物だけしか住んでいません。
人間がいないから、ここは自由の国。たとえ、普通ではなくても、それが普通になってしまう不思議な森。だって、人間がいないんだもん。
住人たちは、みんなマイペース。だって、ここは自由な動物たちの楽園なのだから。
例えば、「根っこ広場」の木は、夏に緑になって、冬には枯れてしまう。
私がどうしてと木たちに聞くと、彼らはこう答えるんです。
「だって、夏は寒いだろう。だから、葉っぱのコートを着るんだ」
彼らは、ドヤ顔でそう言うのでした。それがとても誇らしい顔になっていて、おかしかった。
「じゃあ、冬は暑いから、コートを脱ぐんだね」
「ザッツ・ライト。その通りさ」
木たちは、嘘をつきません。だって、嘘をついたら、自分の根っこにおこられてしまうのだから……。
彼たちは、自分が普通でないことに誇りを持っているのです。
「珍しさは、誇りだよ。だって、希少価値なんだから……」
彼らは、笑って踊っていました。根っこが生えていて、動きにくいのに……。そんなことは関係なし。だって、今が楽しいんだから、踊るのは当たりまえでしょ。きっと、そう言うに決まっています。
私は、おんぼろ橋を渡って家に帰ります。
この橋は、たまに壊れて、私は川に投げ出されてしまいます。でも、水はきれいだし、魚たちはやさしいから、その日は得をした気分になる。だから、この橋は、ボロボロなままでいいんです。なおしたら、ここはおんぼろ橋じゃなくなっちゃうんだもんね。みんな、呑気にそう言うのでした。全身水びたしになりながら……。
おんぼろ橋を渡ったら、アライグマさんが熊さんをいじめていました。
「やーいやーい、熊のデクノボウ」
「やめてよ、アライさん」
普通の森だったら、珍しいことでしょう。でも、ここでは普通のこと。
熊さんは、怖がりで泣き虫。体しかおおきくはありません。
逆に、アライグマさんは小さいけど怒りっぽくて勇敢。みんなから頼られています。
「まったくしょうがねえな~。クマ坊は、外の世界では生きられねえぞ。しっかりしろよな」
「うん、がんばる」
いつもの光景で、私は笑ってしまいました。
外の森だったら、考えられない光景。だから、おもしろい。
「やあ、きつねさん。お散歩かい?」
「あら、蛇さん。そう、根っこ広場まで歩いてきたのよ。やっぱり、冬は暖かいから」
「いいね~、冬だから、ご飯もたくさんとれるし。やっぱり、冬は最高だよね」
「外なら、蛇さんは冬眠しているのにね」
「違いない。まあ、夏眠するから、今のうちに楽しんでおくのさっ。さーて、ご飯、ご飯」
こう言って私たちは別れました。蛇さんは、ずるずるずるずる……という音を立ててどこかにいってしまいました。その動きは、音に似合わず、とても軽やかで……。そして美しい所作だったのです。
さあ、私も夕飯にしようかな?
そして、早く寝て……。
明日のデートに備えよう。
※
次の朝がきた。
朝日は、西から昇る。
この国では、当たり前のことだけど、外の世界では非常識だ。私も、最初観た時は驚いた。でも、次の日には慣れてしまった。だって、それが普通のことだから。
この国のひとたちは、少しだけ変わっている。
外の世界では、非常識な性格がここでは普通になっている。たぶん、普通じゃなければここにはたどり着けないんだ。そして、私も……。
変人なんだ。
※
私は、「キツネ」。お人よしと呼ばれる「キツネ」なのだ。
私は、幼いころから群れからいじめられていた。キツネは、ひとを騙すのが仕事なのだ。でも、お人よしの私は、すぐに嘘や変装がばれてしまった。いわゆる「落第生」だったんです。
おちこぼれの私には、誰も優しくしてくれなかった。ご飯を食べられない日だって、何日もあった。
苦しくて、苦しくて。
毎日、泣いていた。
そんなある日、ひとつの奇跡が起きたのでした。
雨が降った後に、虹が……。
虹が……。
逆さにかかっていたのです。
その虹は、今まで見た中で一番あざやかで、そして、はかなかった。
ほんの数秒、それを見ただけで、私の中にはそれしかなくなりました。いつの間にか、仲間たちとははぐれていて、見たことのない森にいました。虹をもう一度だけみたい。その一心で、私はひたすら走りました。
「やあ、はじめまして」
後ろからいきなり話しかけられました。
あわてて、振り返ると、そこには草がピョンピョンと跳ねていました。
「葉っぱが、しゃべった?」
すっとんきょうな口調になってしまう私を見て、葉っぱさんは笑いました。
「違うよ。ぼくは、葉っぱじゃない。ちょっと、いたずらしただけだよ」
葉っぱの下から、リスさんが現れました。
「なんだ、リスさんだったの」
「そう、僕は悪戯好きなリスだよ」
「リスなのに、悪戯好きなんだ。変なの」
「おう、ほかのリスは、臆病なんだよ。だから、ぼくはここにきた。きみは?」
「私は、お人よしのキツネよ」
「キツネなのに、お人よしなんだ。おもしろいね」
「おもしろい?」
「そう、ここは変な動物しかいないからね。変なのは普通なんだ。変な動物が増えるのは、たのしいじゃない」
「たしかに、ね……」
「でしょ」
そう言って、彼は笑いだした。つられて私も笑ってしまう。
「そうだ、キミはどうしてここに来たんだい?」
「えっ、逆さの虹を見て、いつの間にかここに……」
「やっぱり、キミもそうか。みんなそうなんだ」
「みんな」
「そう、ここに住む変態動物たちのことだよ。キミのことも、みんなに紹介してあげるよ。さあ、こちらにおいで」
こうして、私の非日常ははじまった。
※
「やあ、待ったかい?」
リスさんは、時間通りに待ち合わせ場所に来た。
「いまきたところよ」
私は、そう嘘をついて答えた。
本当は……
「30分くらい待っていたんでしょ。キミは、嘘が下手だからね」
リスさんは、いたずら好きな笑顔でそう言う。
わたしはいつものように、嘘がばれてしまった。
「どうしてわかったの? リスのくせに」
「キミは、お人よしのキツネだからだよ」
「答えになってないわ」
「こんなわかりやすい答えが、ほかにあるのかい?」
「まるで、あなたがキツネみたいね」
「キミよりも適正あるかもね」
「間違いないわ」
また、笑いあった。
群れにいたころには、味わったことがない感情だ。
この時間が、ずっと続けばいいのに。
※
今日は、ふたりでドングリ池へのピクニックだ。
恥ずかしがる彼をやっとピクニックに誘うことができた。
ドングリ池は、そこに行ってドングリを投げ込めば願いが叶うと言われている場所だ。今日のために、私はきれいなドングリを拾っておいた。
「久しぶりだな~ ドングリ池」
「そうなんだ。あなたってああいうところ行くのね。意外」
「ここに来たときに、散歩がてら森を一周したことがあってね。その時に、お参りした」
「その時はなにを願ったの?」
「ここで、いっぱい悪戯ができますようにって」
「あなたらしいわ」
「自分らしいって言うのは、最高の褒め言葉だよ」
「褒めてないけど」
「知ってる」
「さあ、着いたよ。ここがドングリ池さ」
はじめて来たドングリ池は、水が透き通っていて、周囲に色とりどりの花が咲き誇っている美しい場所だった。
「うわーきれいだね」
私は、おもわず感嘆のセリフを口にする。
彼はやさしくうなずいていた。
「じゃあ、これがあなたの分のドングリよ」
「うわー美味しそうなドングリ」
「食べちゃだめよ」
「わかってるよ」
そして、私たちはドングリを池に投げこんだ。
虹のような放物線をえがいたそれは、良い音をたてて水の中に潜っていく。
わたしたちは、目を閉じた。
※
「ねえ、何をお祈りしたの?」
池からの帰り道、私は彼にそう聞いた。
「秘密だよ」
「えー、いじわるだな」
「最高の褒め言葉ありがとう。ちなみに、キミは?」
「教えない。というか、もう叶ってるから」
「うん?」
わからなければ、わからなくていい。
私の、願いは簡単なことだ。
空を見上げた。そこには、雨も降っていないのに、虹がかかっていた。
「彼と、もっと一緒にいられますように」
私の願いは、現在進行形で叶え続けられている。