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架空世界

鬼畜王子と純潔のシンデレラ

作者: 羽鳥藍那

 ある屋敷の屋根裏に、シンデレラという可憐な娘が居りました。

 シンデレラは亡き前妻の娘として、父親からたいそう可愛がられて育ちましたが、父が再婚後すぐに他界したため継母から虐げられてしまいました。

「お前は今日から使用人だよ。屋根裏に住まわせてやるから、追い出されない様にしっかり働きな!」

 継母は屋敷に男を引き込んでは情事に励み、義姉二人は着飾ることに夢中で、屋敷の財産を浪費していきます。


 そんな中、城から舞踏会の案内が屋敷に届きます。

 伯爵位を持つ家柄の娘が揃って舞踏会デビューをしていない事で、是非にと王宮直々のお召でした。

 継母は乗り気ではありませんでしたが、王宮からのお召を断る訳にもいきませんので、仕立屋を呼んでドレスを二着新調します。

「シンデレラには、その辺の山から好きなドレスを選ばせてあげるよ。こんな慈悲深い義母は他に居ないだろうねぇ」

 その山とは、義姉達が一度着て脱ぎ散らかしたままになっているドレスで、サイズも会わなければ洗濯もされていません。

 シンデレラは同じ色合いのドレスを二着拾い出し、寝る間を惜しんで自分の体形に合うドレスを縫い上げます。

 多少の不出来は我慢します。でなければ、胸がきつくてドレスが着られなかったのですから。


 舞踏会当日。

 シンデレラは朝早くから、屋敷の芝刈りを云い付けられました。

「王宮からのお迎えが来るのだから、正面だけでも綺麗にしないと恥をかいてしまう。迎えが来るまでに綺麗になさい!」

 正面だけとは言っても、門から屋敷まではある程度距離もあり、父の死後は手入れなどしていなかったので伸び放題です。どうやっても間に合いそうにもありませんでしたが、シンデレラはなんとかやり遂げてみせました。

 しかし、片付けの最中に城からの使者が来てしまい、着替える時間も無かったシンデレラは留守番を云い付けられてしまいます。


 泥を落としたシンデレラが、屋根裏部屋でドレスを着て独りでベッドに座っていると、突然魔法使いが現れました。

「これはまた、可愛いお嬢さんだこと。王宮の招きは絶対ですから、私が連れて行ってあげましょう」

「でも、こんなみすぼらしいドレスでは、舞踏会には不釣り合いです」

「貴女の可憐さの前では、どんなドレスも霞んでしまうでしょうが、整っているに越したことは無いでしょう。さあ私に掴まって」

 魔法使いの手を取ると、いきなり周りの風景が変わります。

 そこは王宮の廊下でドレスも綺麗なものに変わっていて、目の前の扉からは優雅なワルツが聞こえてきます。

「では、夢のような一時をお楽しみくださいな」

 魔法使いに背中を押される様にホールへと踏み入れたシンデレラは、会場中の注目を浴びてしまいます。遅れてやって来た不心得者を嘲笑おうとした視線でしたが、シンデレラの美貌に感嘆の声が所々から上がります。


「お嬢さん。ぜひ私と一曲、踊っていただけませんか?」

 そう手を差し伸べて来たのは、長身で優しそうな顔立ちの男性。

「さっそく王子さまから誘われたわ」

「あの美貌なら、王子様の心を射止めたのではないか」

「今宵はあの子で決まりだろうね」

 周りがそうざわつく中、手を取り一曲踊ります。

 リードもしっかりしてくれたので、久し振りのダンスもよろける事無く踊り切れました。

「美しいお嬢さん、私の妻になっていただけませんか?」

「私の様な者では、王子様の恥になります」

「そんな事は有りません。是非」

「そこまで言って頂けるのならば、お受けいたします」

 こうしてその日、シンデレラは王子の妻として王宮に残りました。


 舞踏会が終わると、専属だというメイドに引き合わされました。

「シンデレラ様。王宮の生活は窮屈かも知れませんが、私たちが尽くさせていただきますので、よろしくお願いいたします」

「お疲れでしょう。ドレスを脱いで湯をお使いください。今宵のため、隅々まで磨き上げましょう」

 メイドに背中を押される様に続き間へと踏み入れましたが、シンデレラは困った顔でメイド達を振り返ります。

「あのですね。実は月のモノの最中で、二日ほどで終わると思うのですが、準備もしていなくて……」

「分りました。用意をしてきますので、今夜はゆっくりとお休みください」

「王子様には三日後にとお伝えしておきます」

 顔を見合わせてしまったメイドたちは、何処かホッとしたような表情でそれだけ言うと下がってしまいました。

 シンデレラは湯で体を清め、ふかふかのベッドで眠りにつきました。

 その夜、シンデレラは久し振りに父の夢を見、目が覚めても父の言葉が耳に残っていました。

「シンデレラ。お前は運命と向き合わなければいけない。皆の幸せの為に、その身を捧げなさい」


 メイドに手伝ってもらい身支度が整うと、食堂に案内されます。

 そこには王族の方はいらっしゃらない様で、表情の欠落した女性ばかりが数十人も座っています。

 シンデレラが席に着くと、幾人かが眉を顰め、幾人かが憐れむような表情を浮かべます。そんな中での食事は、お世辞にも美味しいと言えるものではありませんでした。

 部屋に戻ったシンデレラは、メイドたちを問い詰めます。

「あの方たちはどの様な立場の方なのでしょうか?」

「シンデレラ様と同じ、王子様の妻の方々です」

「王子様の妻、達?」

「ここは後宮。王家の男性方が戯れで女性を求める場所なのです」

「そんな……」

「死すか飽きられるまで、城から出る事は叶いません。どうぞ、ご覚悟を」

「――。ならば少しの間、独りにさせて下さい」


 夢で聞いた父の言葉が思い起こされます。

「私一人の魂で皆が救われるのならば、覚悟を決めましょう」

 シンデレラは、机に置かれた紙にペンで複雑な魔方陣を書いて行きます。

 数刻を経て完成した魔方陣に、指先を傷つけて滲ませた血を垂らし詠唱を始めます。

「古き血の一族、ランサム家の正統なる後継者が願う。我が純潔を盟約の対価として捧ぐ。いざ、我が召喚に応えよ」

 そうです。シンデレラの家系は、過去に魔王と盟約を交わした異端の家系で、対価を払う事で、釣り合うだけの魔を呼び出す事ができるのです。

「召喚に応じ参上した。汝の名は」

「我が名はシンデレラ・ランサム。正当な血脈の者なり。召喚されし汝は?」

「我は第四の魔王。時を支配する者なり。対価と共に汝の願いを述べよ」

「対価は我が魂。願いは女性が踏みにじられる事のない国」

「その望み、永劫の苦しみを伴うが違わぬか?」

「我の持つすべてを捧げる。願いの成就を」

「見合う対価を得た。その願い叶えよう」

 こうして、シンデレラは魔王と契約を交わしてしまいました。


 契約が結ばれたとたん、魔方陣から恐ろしい程の魔力が吹き出し、部屋中が荒れ狂った風に翻弄されます。

 物音で異変に気付いた衛士が扉を開けますが、その風圧に入る事も叶わず吹き飛ばされるほどです。

 ほどなくして収まった部屋の中央には、気を失ったシンデレラと、シンデレラを横抱きにする逞しい体躯の男がいました。

 男はシンデレラをベッドに横たえると、扉の前で打ち震えるメイドに声をかけます。

「我は魔王にして時の支配者。この者を傷つける意思がないならば、こちらに来るがよい」

 顔を見合わせたメイドたちは慌ててベッドに近付くと、シンデレラの無事を確認して安堵の表情を浮かべます。

「さて、この者が置かれた状況を説明できるか?」

「はい。王子に見初められ、騙されるように数多いる妻の一人として、昨晩から軟禁されております。まだ何方とも褥を共にしておられませんが、ゆくゆくは王家の方々の慰み者にされてしまわれます」

「王子だけではないのだな」

「はい」

「ならば我が力にて、相応の報いを受けてもらおうか」


 シンデレラが目を覚ますと、枕元に佇んでいた魔王が気付かう様に声をかけます。

「気分はどうだ?」

「悪くは有りませんが、どうして私は生きているのでしょう」

「契約を履行してもらうためだが? 覚えてはおらぬのか?」

「私の全てを捧げ、永劫の苦しみを受けると」

「さよう、汝の願いに期日は無かった。なれば我の好む方法を取らせてもらうまで。我は死せぬこの国の王となり、汝は我が妃として時を止められ、未来永劫にわたってそばに居続けるのだ」

 シンデレラは思います。なんて馬鹿な願いをしてしまったのだと、なんてお人よしな魔王が来てしまったのだろうと。

 それでも、女性だからと侮蔑される事のない国であり続けるならば、それも悪くはないと笑顔を向けますが、魔王は真剣な表情のままです。

「王族は全て、公開の場で時間を進めて塵と返した。女性を冒涜した者や女性だからと権利を踏みにじる者も、同じ末路だと公言して魔法を発動してある」

「それは……」

「我に出来るのは進める事と止める事。決して戻す事は叶わぬ。後悔に苛まれて耐えられなくなった時は、不義理をもって契約を破棄せよ」


 しばらく考え込んでいたシンデレラは、笑顔で魔王に答えます。

「もし不義理をしても、この魂をその傍らに置いて頂けますか?」

 驚いた表情の魔王は、やがて晴れやかな笑顔になり口を開きました。

「約束しよう。では二日後の夜を楽しみにしておるぞ」

 その意味を正確に理解したシンデレラは、顔を赤らめました。

 傍に控えていたメイド達は、二人のやり取りを終始黙って聞いていて、去りゆく魔王に深く頭を下げるのでした。


 あれから数千年の時が過ぎましたが、シンデレラは未だ魔王の隣りで幸せに暮らしているのだそうです。

移り変わる時の中で、二人のお互いを思う気持ちだけが不変なままで。


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