何を装備しましょうか?
ガラララララ
ちょっとお高いお屋敷にある、古い大きな蔵。この家の主、阿波野小諸は友達を4人連れて、この蔵に案内する。
「ここにあるのよ。私の衣替え。最近、涼しくなったわよね。みんなには手伝ってもらうのと、良ければ貸してあげるわ。着れないのもあるし」
阿波野小諸。
今は華の女子大生をやっているお嬢様といったところ。蔵丸ごと1つが、クローゼット感覚。
今日は高校時代からの友人、後輩を呼んで、お手伝いしてもらいたかった。
「デカい蔵……。これ、阿波野先輩の物なんです?」
遠藤美樹。
「掃除されてるじゃない。出入りは頻繁か?」
一二三穂乃歌。
「マジでもらっていいんですか!?服、タダですよね!?」
朝野由美。
「つーか、蔵丸ごとって……まぁ、あんたの自室やべぇしね。ブロマイド、ラブレター山積み」
斉藤吾妻。
同期や後輩の小言を聞きながら、阿波野が1つずつ答えたこと。
「これだけの物を揃えるのは、家族でも私だけ。毎朝来るから、掃除もしてるわよ」
「そんなに来るのか?」
「私のお部屋は、灯様専用なのですわ。私物はベット以外は置かない。私のクローゼットがお外なのは当たり前」
「お前の部屋って何?っていう、哲学……」
「好みに合うのなら、もらっていいわよ。朝野」
「いやったー!掘り出し物ーー!」
パッ
そして、蔵の明かりが灯ると。
壁中に並べられているのは、蔵の中に相応しい装備ができる数々。入って来た者達が唖然、感嘆、愕然、失笑とする中身。
日本刀、薙刀、鞭、槍、斧、手裏剣、千輪、弓と矢、暗器全般、などなど……。
蔵に入っていると相応しい、武器庫だった。
「なんなんですか、この中身ーー!?」
「凄いな。これだけの数の武器を揃えているのは。ホントに1つ、もらっていいのか?」
「すみません!服が欲しいんですけど!!もしかして、武器の衣替えの手伝い!?」
「こんな事だとは思った……」
ここの8割以上は、阿波野小諸が集めている武器の倉庫であったのだ。
◇ ◇
「厚着の季節ですし、来週から学校に暗器を持ち込もうかなって」
「確かに日本刀や薙刀を背負っていると、職質される時代だからな」
先輩達の会話が少しおかしい……。
そう思う、遠藤と朝野の2人。
武器庫の隅にある衣類の詰め物を拡げて、拝借しようとする可愛い衣類はとてもまともなもの。しかし、成人式も近いから着物でもあれば、お借りしたかった朝野はちょっと着るに着れない気分。武器庫の中にある着物ってなんだよ……。防弾性能でもあるんじゃないのか?
「阿波野ー」
「どーしました?斉藤?」
そんな中、斉藤は武器庫の中にはない。ある種類について、尋ねた。
「銃火器はないの?やっぱ、日本では無理って感じ?」
そう、銃火器である。置いてありそうな感じであったが、この阿波野の蔵にはなかった。
「銃火器なんて風情の欠片もないでしょ。日常生活で面白みのない武器を身につけて何がいいの?見た目って大事じゃない。特に女の子には」
「いや、学校に暗器やら刀を持ち込むあんたに、その言葉は合ってんのか?まぁ、ごめんね」
この独特な、阿波野の感性には何を言っても通じないと、諦める斉藤。引き下がれよって、後輩の2人は言いたげであったが、一二三は語る。
「銃と爆弾、毒ガスは戦士と一体しないからな。研究者が讃えられるものだ。私達にとっては武器ではないし、一部では兵器と言われている理由でもある」
「そうよね。やはり使用者の力に製作者の力が合わさる、刀や斧で相手を屠るのは、己の快感と自らの力の誇示に繫がるわ」
「もう別の時代か別の世界に行けよ」
蔵にある武器庫の衣替えをせっせっとする斉藤。
一二三は日本刀や槍を研いだり、磨いたり。
阿波野は秋用の武器を取り出したりと……午前中はこの蔵を完全に綺麗にし、昼食は外で食べようという今日の予定。
なにやってんだって、斉藤は想いながら阿波野の手伝いをしているわけだが。毎朝、阿波野がメイクを終えた後で
『今日は何を装備しましょうか?』
【日本刀を装備しますか?】
『昨日は日本刀だったし、……今日は鉄拳で行きましょう』
【阿波野はメリケンサックを装備した】
なんて、ゲーム的なやりとりをこの武器庫でやってると想像すれば、面白いのかもしれないと思った。あくまで第三者から見ればだ。
ホントにこいつ危ないし。職質されても、並の警官達からなら逃げられるか、返り討ちにできる力量がある。たまに危ない仕事も引き受けると聞く。
「最近、人を斬ったな。この刀。刃こぼれしてるぞ」
「あら?じゃあ、一二三にあげるわ」
「…………」
今のは聞かなかった。今のは聞かなかった。
「あの、阿波野先輩。この着物の赤い染みは……」
「ああ、返り血がついちゃったのね」
◇ ◇
そんなこんなで午後。
「美味しかったですね、回転寿司」
「奢ってもらってありがとうございまーす。服まで頂いて」
阿波野奢りの寿司をたらふく堪能した4名。
武器の衣替え、整備、清掃には驚きと重労働を味わったわけだが
「……ところで、阿波野。あんた今、何を装備してるの?」
「クナイ。胸ポケットに入ってるわよ、斉藤」
分からなかった。春夏仕様の阿波野は、堂々と刀や槍を腰や背に付けているから危険だと分かるが、秋冬仕様は普通の女に見えるから危険度が大幅に下がっている。いや、止めろよって思う。
「ふむ。しかし、刀や斧を装備していない阿波野は雰囲気が違うな」
「そ、そうだよね!一二三!ずーっと、この方が……」
「頼りない感じだ。おどおどしたというか、自信の希薄さが出ている」
「うーん……確かに暗器ってあまり練習していないから、かな?暗器は奇襲に対して使うから、自己防衛には向かないのよね。確実に先手で襲われちゃう」
「いや、違うから!!誰も阿波野なんか襲わないから!」
そんなこんなのやり取りの中、路上で悲鳴が上がった。
「きゃーーーー!」
「ひったくりーーー!」
反対側の車線でカバンを盗られるおばさん。原付で逃げる悪ガキ2人。
「へへへっ、いただきだーーー!」
「俺達は少年法で護られてるんだぜ!!」
イキッた無免許運転。最近、こんな感じの馬鹿がいなくて良かったのに。はぁ……。
「ナンバー見えた!?」
「いや、面倒だ!走って追うぞ!美樹!」
「もーぅ!お寿司でお腹一杯なんですけど!」
一般人らしい反応の朝野と、超人らしい反応の一二三、どーでも良い事に首を突っ込みたくない美樹。3人の世界が違うことを示しており、
「斉藤」
「阿波野!あんたの出番よ!」
斉藤と阿波野の世界も違う。
【”斉藤吾妻”を装備しますか?】
「はい?」
そんなテロップが流れたような気がした。
疑いたいんだが、阿波野の右手が斉藤の首根っこを掴んでおり、
「行きなさい!斉藤!!」
「あたしを飛び道具にすんなーーー!!?」
装備したと同時にぶん投げる。それは原付が逃げる速度よりも速く、確実に先回りしていて、制球も完璧。
ドガアアァァッ
悪ガキ2人に斉藤を直接ぶつけて、逃亡阻止。その間に一二三と美樹が悪ガキをひっ捕らえ、朝野が警察に通報したり、なんだったり……。
「ちょっとーー!何してくれてんの!阿波野ーー!か、顔が傷付いちゃったじゃん!」
「斉藤ってなかなか丈夫な武器じゃない。あれで壊れてないなんて」
「反省しろーー!?」
「あ!良い事思いついた。斉藤、私の武器庫で暮らさない?」
斉藤と阿波野の喧嘩で、ひったくり以上に交通を麻痺させちゃったり。だったりしていたのだった。