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5(ケツにロケット)


   *


 ジャァッと水を流す音がした。

「象のンコはでっかいぞー。アタシのンコも負けてないー」

 ドア越しに上機嫌なアリゾナの品のない歌声が聞こえた。不意に、デンバーは理解した。あの下品女は、就学前のガキそのものだ。だからするっと性差も年齢も、時間も空間も飛び越えて来たのだ。

 あの夜のバカ騒ぎは、ガキどもの鏡写し以外の何物でもなかった。違うのは、図体がでかく、財布があって、アルコールが提供される。だがどうだ、素面となるとさすがに辟易とする。それは朝まで引きずる物じゃぁない。

 シンデレラの魔法は夜中に解ける。酒の魔法は夜明けに溶ける。残ったのはガラスの靴でなく、空のグラスと朧げな記憶に宿酔い。そして、毎度毎度の忘れようもない禁酒の誓い。そうじゃないか?

「ウサギのンコはころっころー。アタシのンコはかちっかちー」

 ドアの開く音がして、歌声が大きくなった。素面のガキがバスルームから出てきたのだ。

「食物繊維を取っててもー、ンコはやっぱり……」不意に陽気な歌が止み、そして「おい」一瞬で氷点下まで落ちた。

 ペペペペッと足音が床を突っ切り、ビィッと勢い良く口のテープを引き剥がした。ブチブチッと無精髭が持っていかれた。カッと口の周りが熱く燃えた。

「誰が来たンだ?」

 肩を小突いてきた。「ええ? どうなンだ? どうしてアタシの荷物がない?」

「おれに何が出来たって云うんだ」

「何もされてないから聞いてるンだ」

 ちっ。やっぱ賢しいぞ、この女。「知るか」

 ビンタ。「もう一回、訊くぞ?」

「だから知らねぇって。口だけじゃなくて目も塞がれて、」

「ああ?」

 ガラの悪さは一級だ。アリゾナはまたもや一息で目のテープを剥がした。もちろん睫毛が持っていかれ、まぶたが伸びて目玉が落ちるかと思った。

「信じられねぇ女だなぁ、情けってモンがないのかよ!」喚くデンバーに、しかしアリゾナは、「ないよ」言下に云い放ち、真っ向から目を覗き込む。「アタシはエゴの女王なンだ。知ってるだろ?」

 ああ、そうだろうとも。デンバーは思った。コイツは図体のデカいガキだ。誰もが年と共に置いていくそれを、コイツは未だにその身に飼っている。それでもデンバーは抵抗した。「気に入らねぇって喚くんじゃねぇ。責めるのはお門違いだ」

 ビンタ。だがデンバーは黙らなかった。「テメェの失態だろうが」

 ビンタ。そして「ケッ」床に唾を吐きやがった。信じられねぇ。

 アリゾナは苛々とした様子で部屋の中をぐるぐると歩き廻った。「ポカなんてもんじゃない。取り引き材料が無くなった。いざって時の命綱も切られた」それからふと、足を止め、「ヤサも割れたンだ」

「ああ。そうだ。今、おれとお前さんは、或る意味、対等だな」

「うるさい」そしてアリゾナは、再び同じことを訊ねた。「何があった?」

「知りようがないだろ」

「頭の中身は藁が詰まってるのか、この能無しスケアクロウ。ちったぁ考えろ」

「お前さんはテープで目隠しされたことあるか?」

「チッ」アリゾナは鋭く舌打ちした。「チッ」

「折角の器量が台無しだぜ?」

「おべんちゃらなんぞ使うンじゃねぇ」

「おーおー、怖い怖い」

 またビンタが飛んだ。容赦のない一撃。

 脳天が弾けるような鋭さだったが、どうしたことか、それが頭をすっきりさせた。「いいか、お嬢ちゃん。よぉっく聞け。ここに荷物があったことはバレた。そして、その荷物を誰が持って来たかもバレた、と思っていいだろう。更に云えば、おれはこの姿を見られた」

「で?」

「おれはたぶん呼び出しを喰らう。だが、同時に、おれはシロだってのが証明される」

「ハッ」とアリゾナが笑った。「そんなに上手くコトが運ぶもんか」

 デンバーは少し考え、「まぁ、トントンと行くとは限らないだろう」と認めた。「けど、そう難しいことではないだろうな」

「ここで始末してもいいンだが?」

「ああ、してみろ。きっと何もかも〝アタシがヤりました〟ってゲロったことになるだろうよ」

「チッ」また舌打ち。

「おれを生かしておく方が、まだ目はあるんじゃないか?」

 アリゾナがじっくりと見返してきた。

 おお、よぉっく見ろ。デンバーは、今や自分が優位に立っていると確信した。賢しいつもりで出し抜いて、陥穽にハメたつもりがハメられたんだよ、お嬢ちゃん。さぁ、お前さんの担保になる男の姿をそのかわいいお目々を目一杯見開いて、よぉっく見ろ。

 ややあって、アリゾナは、「チッ」舌打ちついでに、またビンタ。「スーツケースを取り戻す」

「それで? 返すのか?」

「バカなの?」

「バカはお前さんだよ、お嬢ちゃん。取り返したところでアレに〝ほとぼりがさめる頃〟なんて来ると思うか?」

「アンタならどうする?」

「ケツにロケット詰めて、火星まで飛んで行く」

「オーケー」アリゾナは、降参、とばかりに両手を挙げた。「どうらやらアタシはドジを踏んだみたいね」

「みたいじゃなくて、踏んだんだ」

「そう、踏んだ。でも知ってる? 地雷は近くにいる人も巻き添えにする」

「おいおい」デンバーの顔が引きつる。「おれはもう関係ないだろう?」ちったぁ血の巡りを良くしてくれよ、バカ女。

 しかしアリゾナは。「いいえ」にんまりと笑い、「大いにあるわ」

「何でだ」

「簡単なことよ。アタシは今、腹の虫が収まらない。だから手近な何かに、ひとつやふたつの嫌がらせをしたい気分なの」

「とんでもねぇ女だ」

「何を今更」ハッとアリゾナは笑いながら、デンバーの背後に廻った。首を巡らそうとしたが、べたべたに巻かれたテープがそれを許さなかった。

「何をするつもりだ?」デンバーが訊ねる。

「直ぐに分かるよ」

 言葉通り、それは強烈な一撃となってデンバーの脳天を襲った。

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