2(手を打つ)
「そりゃ、女の身ひとつで男のヤサに乗り込むなんて、バカな真似はしたくないもん」
「よく云うぜ」まったく。「たいしたタマだよ」
「お褒め頂いたと思っとくわ。でもタマはないの」
デンバーは思った。こいつ、やっぱバカじゃなかろうか。「肝っ玉の方だ」
「肝っ玉ってなに? 尻子玉みたいなやつ?」
デンバーは思った。こいつ、バカを装ってるのかもしれん。「たぶんな」
またビンタが飛んだ。「出鱈目こくンじゃねぇ」アリゾナは吐き捨てるように云った。
「分かった分かった」鼻の奥がツンとして熱い。ぬるっとしたものが鼻の下を伝い、舌でなぞれば、やはり血だった。ビンタで鼻血とか、一体どんな英才教育受けたのか。
「まぁ、アンタをハメるのはそんなに難しくないかな」
アリゾナは椅子から立ち上がると、部屋の中をうろうろと歩き廻った。椅子ごとダクトテープでぐるぐる巻きのミイラにされたデンバーは、それを目で追うが、いかんせん首が廻らない。否、廻せない。
「例えば」とアリゾナは云った。「そのスーツケースをベッドの下に隠してアンタを口封じした後、ひとを呼ぶ」
「冗談だよな?」
「まぁ一分くらい」
「パーセントで」
「猿と人間の遺伝子の違いくらい」
デンバーはやっぱり唸った。それってどのくらいだよ。もっと分かり易い例えはないのかよ。「とにかくおれを縛る意味はないだろ」
「あーりーまーすぅー」
「おれがチクるとでも?」
「しない保証ないでしょ?」
「そんな気は更々ないぜ」
「逆の立場だったら?」
デンバーは天井を仰ぎ見た。「放り出す」
「ほらね?」アリゾナはにこっと微笑んだ。
「そうだな」デンバーは渋々と認めた。
「でもまぁ、アタシの小間使いになるのなら考えないでもないかな。舎弟でもいいわ」
「パートナーは?」
アリゾナはぞっとしないとばかりに両腕で自分の身体を掻き抱く。「アンタ、ちっとも少しもアタシの趣味じゃない」
「ビジネスパートナーだぞ!?」
「ああ良かった」ほっと大きな息を吐いた。「ほんと良かった」
「な? 山分けとは云わん」
「当たり前じゃん」
デンバーは唸りたいのをぐっと堪えた。「お前さんとブツの安全を取り計らう」
「ロハで?」
「ああ」
「アンタ、バカでしょ?」
「確かに賢しいとは云い難いが、おれのお袋は息子をバカに育てるほど間抜けじゃない」
「アタシなら手間賃プラスは請求する」
「手間賃プラス経費はそっち持ち」
「最初からそれなら信用したかな」
「よしよし」デンバーは云った。「オーケー。それで手を打つ」
「打つも何も、アンタはアタシの手のひらの上なんだから」アリゾナはテーブルからテープを取り上げ、「おとなしくしてないと、上のお口も塞いじゃうゾ?」
「分かった分かった」
「だからアンタは信用できないっての。ほんっとに口先だけ。さっさと始末した方が安全じゃね? って気分になっちゃう」
「ここまで来たら、おれだって無傷ってワケにはならんだろ」
アリゾナはテープをテーブルに戻し、むぅ、と唇を尖らせた。「確かにそうかも」
「だろ? だったら共同戦線張る方が冴えたやりかたってワケだ」
「そうかなぁ」どうかなぁ、とアリゾナは椅子にどっかと坐り、組んだ足をぶらぶらさせた。
ちくしょう、あのぴっちりしたジーンズはどうにもいけねぇ。デンバーは下腹部が火照るのを感じた。これだから足の細い女ってのは堪らねぇんだよ。しかも裸足。あのペディキュア。あのターコイズブルーの爪。
揺れてた足が止まった。「なに見てるの?」
「足」うっかり素直に答えてしまった。
しかしアリゾナは。「ふうん」興味なさそうに、再び足をぶらぶらさせた。
ああチクショウ。触れたらどんなにいいだろう。どんなにすべすべしているのだろう。どんな匂いがするのだろう。どんな味がするのだろう。
最低の女が最高の足を持っている。デンバーは確信した。世界に、神なんてものは、いない。
ターコイズブルーの揺れが止まった。
「よし」ターコイズブルーが床に降ろされた。ぐっと腱が盛り上がり、すっと肌の下に消えた。
ああ、たまんねぇ!
「アンタをサツに売るわ」




