僕と彼女の物語
これは僕と彼女の物語
「東京都心に突如出現した巨大建造物は、巨大化の一途を辿っています!皆さん、近寄らないでください!」
ニュースキャスターは叫ぶ。
今日未明、東京都新宿に、突然変な建物が現れたとの話。
だが待って欲しい。TVに映されたのは僕の家がある場所。
いや、あった場所。
僕は1人家の中で嗤う。
「ハハハ、すごいなぁ。これがダンジョンか。」
僕はダンジョンマスター。
そして、今急速に拡大しているこの建造物は、ダンジョン。
日常に現れた非日常。
全部僕がやったこと。
けど僕にもよくわからないんだ。
なんでこんなことが出来るのか。なんでこんなことになったのか。
僕は、死にたかっただけなんだ。
ただ、最後に願ってしまった。
「死ぬのであれば、彼女に殺されたい…。」
僕は都心の中学校に通う、ただの男子中学生。
顔は平均、勉強もそこそこ。運動も平均。
僕に出来ることと言ったら、料理を作ることくらいだろうか。
両親のいない僕は、料理くらいしかすることがなかったから、無駄に腕だけは上がって行ったんだ。
そんな僕には、好きな人がいた。
明るく、優しく、可愛い。
クラスの男子の憧れであり、僕の幼馴染。
両親のいない僕にとって、たったひとつの光。
彼女は、誰でも分け隔てなく接して、誰からも好まれていた。
そんな彼女だから、男子からの告白だって両手の指の数より多かった。
だけど、彼女に親しい人なんていなかったんだ。
僕以外に。
そんな僕は少しばかりの優越感を感じていたけど、この場所に甘えないで、もっと先、彼女の隣で一緒に笑いあえる存在になりたいって、思ってたんだ。
だけど、全然届かないんだ。
彼女は僕を置いてどんどん先へと行ってしまう。
僕は必死に努力した。
けどね、彼女はそれを無視するように先へ、上へ行ってしまうんだ。
凡人では届かないところへ。
それでも僕は頑張った。けど、やればやるほどわかるんだ。
次第に僕の手は止まって行った。
もう、届かない…。そう思った。
そんな時だったかな。
彼女は僕に言ったんだ。
「私ね、好きな人がいるの!」
耳を疑った。嘘だ!
「その人はね、真面目でね、いつも努力してる人!その人を見てるとね、私も頑張らなきゃなぁって思わされるんだ!元気が出て来るの!けどね、最近その人元気ないんだ〜。だからね、励ましてあげたいんだ!」
聞きたくない。だって、そんなに嬉しそうに話す君の顔は、
いつも僕と話すときより、綺麗だったから。
「その人のこと、本当に好きなんだね…」
「うん!大好き!」
なんで、なんでなんでなんで!
なんでそんな顔を僕に向けるの?
なんで、そんなにも、眩しいの……
圧倒的な絶滅。
もうどうにでもなってしまいたい。
彼女のいない人生など、意味はない。
僕は、彼女以外要らないのに。
「もう、死んでしまおうか」
ああ、そうだ。楽になろう。
死ぬため、僕は包丁を用意した。
いつも僕が使ってる包丁だ。
いつもお肉を切る包丁で、僕の命を切ってしまおう。
けど、
「死ぬなら、彼女の手で…」
『その願い、聞き入れよう』
不意に声が聞こえた。
その声はやけに不気味で、耳に残る声だった。
僕は周りを見渡す。
けれど、僕以外の影は見えない。
『さあ、もっと強く願え。その命、無為に燃やせ。」
またも声が聞こえる。
願えば、叶うのか?
この苦しさから解放してもらえる?彼女に?
そして僕は、願ったんだ。
今、ダンジョンの拡張が終わった。
地面の胎動は止み、静寂が辺りを占める。
僕は座る。玉座に。
ダンジョンマスターは、僕だ。
ダンジョンの前では多くの人々が一点を見つめていた。
ダンジョンの入り口の前に設置された“聖剣”
何人かが抜こうとしていたが、ビクともせず。
そんな彼らに、警察が近づく。
「こらこら君達、勝手に触らないように。これがなんなのかわからないんだから。毒とか付着してるかもしれないんだよ?」
その言葉に一気にどこかへ散ってゆく。
「はぁ、全く。…それにしても、一体なんなんだこの建造物は。取り込まれた一般人も大勢いるって話だし……」
僕は玉座にて、ただの石版に見えるよくわからない端末を操作する。
これがなんなのか、そんなのはどうだっていい。
大事なのは彼女に殺されること。それだけだ。
だから、
彼女にしか“聖剣”は抜けない。
彼女しかここには来れない。
彼女以外がこのダンジョンに踏み入ったとしても、たちまち中にいるモンスターに喰われるだろう。
「う、うわあああああああああああ!」
「た、助けてくれええええええ!」
『Gugyaaaaaaaaaaaaa』
ダンジョン内に入った警察官。
彼らは、異形とも言える怪物に襲われていた。
銃を撃っても怯まず、殴っても単純に腕力で叶わない。
『Guryaaaaaaaashashashasha』
怪物は嗤い、肉を喰む。
それは数分前は人間であったものであり、今は物言わぬ屍となったモノの肉。
また新たな怪物が生まれた。
それはダンジョンからは決して出ることはない。
ダンジョンで生まれ、ダンジョンで死ぬ。ダンジョンが消滅すれば彼らも消滅する。
彼らは何で出来ているのだろうか。
それは、ダンジョンマスターにもわからない。
「はぁ、はぁ、はぁ」
ニュースを見て私は知った。
謎の建造物。
その発生場所を見て戦慄した。
何故なら、私が何度も足を運んだ場所だからだ。
「はぁはぁ、彼が、巻き込まれてなければいいけど…」
彼女は祈る。
彼の安否を祈りながら、走る。
2人はもうすぐ出会うだろう。
「くっ、先遣隊はまだ帰ってこないのか!」
「連絡、取れません…」
「クソっ、自衛隊はまだか!」
大人たちは焦る。
それはそうだ。だっていきなりこんなものが出現して、辺りは大混乱。
それに、行方不明者だっている。
捜索に出た先遣隊は連絡が取れない。
焦る。けど、何も出来ないだろう。
だって、彼らは舞台に上がれないんだから。
「早く、来て。僕を殺して。愛しい君。」
「お願い、生きてて、愛しい貴方!」
2人の願いはすれ違い、舞台は最終局面へ移行する。
彼女はようやく到着する。
“聖剣”の前へ。
「ちょっと君、近づいちゃダメだよ。」
自衛隊の若いお兄さんが言う。
ただ、彼女には届いていなかった。
(私なら、これを抜ける?)
何故だか、そう思った。
そして、手をかける。
ズズズズズズ…
地面の擦れる音。それと同時に露わになる剣身。
地面より抜け切った時、聖剣はより一層の輝きを見せた。
誰もが声を失う。
抜けるはずがないと思っていた剣が、非力に見える少女に抜かれたのだから。
だが、彼女は動いた。
(わかんないけど、剣が、先へ進めって言ってる!)
彼女は駆ける。ダンジョンへ。
門を塞ぐ自衛隊のテントを一太刀で斬り伏せ、ダンジョンの中へと潜った。
ああ、やっと。彼女が来てくれた。
ここへの道は剣が教えてくれるだろう。
これで、願いは叶う。
走る。走る。走る。
彼女は走る。
道は剣が示してくれる。
彼女の前を塞ぐモンスターは剣の光に当てられ、怯えたように、離れて行く。
彼女の道を塞ぐものはもういない。
あとは出会うのみ。
厳かな両開きの扉が、大きく音を立てながら開く。
遂に対面の時間だ。
「待ってたよ。」
僕は言葉をかける。
ここまで走って来た彼女に。
「な、んで、、、、。」
逆に彼女は言葉を失ったようだ。
「なんで、か。これが僕の願いだから、かな。」
「…願い?」
「そう、願い。」
ああ、君はわかっているはずだ。剣が教えているはずだ。
僕の願いを。
だから、僕の願いを叶えておくれよ。
彼女の泣きそうな顔が心に刺さる。
そんな顔、しないで欲しいな。
「なんで、こんなこと…」
僕は歩み寄る。剣を持ちながら立ち尽くした彼女に。
「その剣でしか僕を殺せない。君にしか僕は殺せない。」
彼女は迷う。殺したくない。けれど、彼の願いを叶えてあげたい。
だって
これはエゴだ。彼女に殺されたいという、とんでもないエゴ。
そうわかっていても、僕はこれを願った。
だって
「「貴方が好きだから」」
聖剣は光る。
そして。。。。。。
『彼の者の願いは果たされた。』
これは、僕と彼女の物語。