魔神と勇者
――魔神対勇者の最終決戦。
大部分の記述は都合上割愛。考察は不要。なにせ頂上決戦ゆえに。
それはラグナロクと呼べるほどの超常的な戦いだった。
次元を飛び抜け、勇者の作り出した亜空間で繰り広げられていた。
ただ一撃で世界を崩壊させかねない魔力の波動。
空間が揺らぎ、余波で多元宇宙の因果律が狂う衝撃。
「――」
亜光速の詠唱。ナノ秒単位で成立する惑星規模の大魔法陣。
銀河に匹敵する規模で超新星爆発の熱量が放たれ、空間を焼き切った。
「プペペペペ」
魔神は頬を膨らませて、煤を吐き出した。
一瞬、ナノ秒以下で蒸発させられて、二ナノ秒後には肉体を完全復元させる化物だ。
ガンマ線バーストと超高温ガスでまみれた顔を再構成させたマントで拭うのは五ナノ秒かかった。
「おい! 勇者!」
亜空間に浮かびながら魔神は地団駄を踏んだ。10ナノ秒。
「ん? なんだよ」。
超重力場形成魔法の皮膚と光変換魔法で肉体を光に変えた主人公は、さらに超定理魔法で光を越えて加速した思考で返事した。
宙に指を動かし、黙々と何かを描いている。恒星規模で。
「もっと上手く灼かんか! 焼けた肉片が臭いではないか!」
「いや、その熱量で肉片なんて残るお前がすごいんだよ」
「お、そうか。そうならしかたないの。フアハハハハ」
「――」
「ブヘっ! 笑っているところで燃やすなっ!」
「あーごめん。なんかムカついてさ」
「なにを! 喰らえ、ダークノヴァ!」
反物質によって生成された亜空間を呑み込むそうなブラックホールが主人公にぶつけられた。
「――、――」
ちょっとめんどくさい太陽系規模の特大魔法陣を描き、そのブラックホールをまるごと熱的死によって蒸発させる。宇宙が熱的に死滅する規模の冷却魔法だった。厳密には熱拡散魔法。
「おのれー!!」
「それ五京回以上見たわ。もうちょっと面白いのにしろよ」
「アホか! 人間上がりのくせにお前強すぎなのじゃ!」
「いやだってお前さ。俺の魔法の練習待ってくれるじゃん。嫌でも強くなるぞ。懇切丁寧に返し技教えてくれるし」
「我は魔神じゃ! 人間との戦いでなぜ焦らねばならぬ! 魔の神こそ優雅たれ!」
「――」
「プペペペペ! だからー! 人が、あ、いや魔神が喋っているときに灼くな!」
「なんとなく?」
「あほか! なんとなくで灼くヤツがあるか! 血も涙もない悪魔め!」
「魔神が言うなって。それより休憩しない?」
「お、いいのう。そろそろいい時間じゃ」
魔神はにんまりと笑う。
「――」
「ブベベベベ!! こら! 勇者!」
けほけほと口から二ナノ秒前の自分の肉の煤を口から吐き出す魔神。
「ごめんごめん。ついでにと思ってさ」
「なんのついでじゃ!」
「今回は俺が用意するから許せ」
と、主人公はパチンと指を――光なので鳴るわけないが、代わりに空間が変位した。
とつじょ、そこはお茶の間になった。
昭和風のちゃぶ台のコタツと畳、アンテナがニョキリと生えたカラーテレビ、座布団。ちゃぶ台の上には蜜柑、せんべいと緑茶の急須。魔神と明朝体で書かれたお寿司屋風のでかい湯飲み。勇者印のマグカップ。
「おー。やはり勇者のお茶の間はよいな」
といいつつ背の低い幼女の魔神がコタツにぬくぬくとしている。ぺたりと頬をちゃぶ台にのせていた。
「好きだなーお前ここ」
「ここはよいのじゃー。我もほしいぞ。どこにいけば手に入るのじゃ?」
「あー。だめ。地球が滅ぶ」
「地球という場所なのか? ふむー次元宇宙座標を教えるのじゃ。ちょっとひとっ走りいってくる」
コンビニへ行くノリで地球征服に出かけようとした魔神を主人公は止めた。
「ダメだ。空間構成情報やるからそれで我慢しろ」
「いやじゃー! 我が選ぶ!」
「ダメダメ」
しゃらんと主人公が指を宙に動かすと、地球は安全になった。
「おい、勇者。なぜプロテクトをかけるのじゃ!」
「それはおいておいて。ほら蜜柑食うか?」
「たべるー」
魔神は蜜柑に釣られた。
主人公は器用に蜜柑を剥き、白いヘタも取ってやる。
つるりとした甘そうな蜜柑。
「ほれ」
コロンと魔神の目の前に蜜柑を置く主人公。ドンドン剥いていく。
「ほー。みごとじゃな」
それを楽しそうにマジマジと見ていた魔神は感心したようにいった。
まぐまぐと蜜柑を美味しそうにたべる魔神を見て、主人公は聞く。
「そういえば俺たちって何で戦ってるんだっけ?」
「ん? 忘れた」
蜜柑に夢中になっていて魔神は上の空だった。
「時間跳躍して見に行くか? ここ時間わかりにくいけど」
「あれはダメじゃ。存在がダブる。我は唯一無二の存在じゃ」
「パラドックスか」
「うむ。まぁ、ちとめんどくさい術をつかえば問題ないがの」
「多次元系の魔法も封じられているしなー。唯一無二好きだな、お前」
「我が二人もいたら気持ち悪いではないか」
「あ、なるほどー」
「おい、勇者! ぜったい違う方向に考えておるじゃろ!」
魔神がコタツの下で主人公を蹴った。
ぽん、と主人公は手を叩いた。
「思い出した。神様ってヤツがムカついたから吹っ飛ばしたんだ。で、俺が代わりに戦ってたわ」
「あいつムカつくからの。いい気味じゃ」
よくやったとばかりに魔神がウンウン頷いていた。
「つまりだぞ。俺とお前が戦うのって意味ないってことじゃね?」
「んー?」
魔神は首を傾げる考え込む。
「んーー。そうかもしれんの。今ではどうでも良いことじゃが」
「いやいや。無駄なことをしたくないぞ、俺は。人間なんだから短命なんだよ」
それに魔神はキョトンとした。
「気づいておらぬのか? お主はもはや人の身をこえておるぞ。存在そのものが魔法を越えて、真理となっておる。不滅の存在じゃよ」
「は?」
「神の仲間入りというやつじゃな。ほれほれ蜜柑を剥くが良いぞ」
ペペンっと魔神はちゃぶ台を軽く叩いた。
「マジか・・・いつの間に・・・」
「蜜柑ー蜜柑ー」
放心していた主人公に魔神は蜜柑コール。自分では剥けない魔神だった。不器用なのだ。
「あーわかったわかった。ちょっと待ってろ」
「はようはよう」
いわれて主人公は蜜柑を剥く。
魔神はその合間にしょっぱいせんべいをぱりっと食べた。蜜柑を美味しくするために口をしょっぱくする腹づもりなのだ。
「まーなったもんはしょうがねぇな。なぁ魔神」
「んー?」
「戦うの止めて遊びに行かね?」
「おーどこにじゃ? どっかの世界を滅ぼしにいくか?」
「ナノ秒で終わるじゃねぇか」
思考はほとんど魔神と変わらない主人公だった。
「じゃあ、我の管轄多元宇宙の魔王たちに喝を入れにいくのはどうじゃ? そろそろ見回りせねばならんと思っておったのじゃ」
「仕事じゃねぇか」
「とはいってものー。我は遊んだことがないからのー。おお、蜜柑じゃ蜜柑じゃ」
意外と真面目な魔神は蜜柑をぱくりと幸せそうに食べる。
それを見ながら主人公は思いついたようにいう。
「そういうのはな。普段しないことをするんだよ」
「普段しないこと?」
可愛らしい小顔をきょとんとさせて魔神がオウム返しに聞く。
ニヤニヤと笑う主人公。
「俺の知っている世界でこういう話があるんだ。水戸黄門っていってな――」
と説明しようとしてめんどくさくなった主人公は情報を魔神に向けて放った。
「ほうほう。なるほどこれは面白いのう。魔王たちに刺激を与えつつ世界を滅ぼすとは、勇者も悪くなったのー」
「いや、俺一応勇者だから世界滅ぼさないよ?」
「なぬ? 話が違うではないか」
「てか、お前。別に世界滅ぼさなくてもいいんじゃないのか?」
「いやじゃー! 我は魔神じゃ! 滅ぼすー」
じたばたと魔神がコタツの下で主人公を蹴った。
「蹴るなって。てか、仕事抜きにするんだから滅ぼすとか関係ないだろ。しかもお前が世界を滅ぼそうとしてたのは神様と仲が悪かったからだろ」
「――ふむ。ちーっと待て」
もぐもぐと蜜柑を食べながら魔神は自分の膨大な過去を辿る。別に魔神は忘れっぽいわけではない。わざと記憶を適当な空間に押し込めていた。めんどくさいからという理由で。
んぐ、と蜜柑を呑み込み魔神はうなずく。
「そうだった。いま我が世界を滅ぼす理由がないの」
あらゆる多次元宇宙に平和が訪れた瞬間だった。
「お前、毎回目的忘れるのな」
神様を吹っ飛ばした主人公は、適当にいった一言で多次元宇宙のあらゆる世界を救った。
ここに、魔神対勇者の最終決戦は幕を下ろした。お茶の間で。蜜柑を食べながら。
「でも、それだと我の仕事がなくなるではないか」
「だからさ。どっかの世界に行って、力を隠しつつ、ムカついた奴らがいたらぶっ飛ばして、可哀想な奴らを助けたらいいんだよ」
「ふむふむ」
「つまり、俺たちがあのムカつく神様の代わりになっていい世界をつくれば、アイツの出番なくなるだろ?」
「ほうほう」
「そうすれば、ほら、面白そうじゃね?」
「つまり、ヤツの仕事を取ってやるってわけじゃな? それはなかなか痛快じゃな」
「よし、ならさっそくいこうぜ」
立ち上がった主人公に、幼女の魔神は焦った。
「待て待て。まだ蜜柑を――」
「んなもん、向こうでいくらでも食べればいいじゃないか」
主人公は魔神の小さな腕を取る。
「待つのじゃ。まだ心の準備が・・・」
「ん? どうしたんだよ?」
立ち上がらせた主人公は、ちょっともじもじとする幼女の魔神の顔をのぞき込んだ。
「わ、我は行ったことがないのじゃ・・・」
「お前・・・もしかして・・・」
ハッとなった主人公は驚き、魔神の顔を見ている。
顔を真っ赤に染めた魔神は恥ずかしそうにいう。
「そうじゃ! 我は世界に下りたことがないのじゃ!」
「お前・・・それでよくもあれだけ滅ぼしてくれたな・・・」
「ちゃんと輪廻ぐらい回しおるわ。新しい宇宙もちゃんと上手く作っているのじゃ!」
「魔族ばっかだけどな。まあ、一度死んだ魂が納得してりゃーいいけど」
「満足度調査は99%じゃ! 魔王が直接聞いておるので本心はわからぬが・・・」
主人公は魔王にアンケートを採られる魔族たちに同情し苦笑する。
「そりゃ満足って回答するしかないよな。しっかし本当に仕事熱心だなお前。わかった。なら、行くしかないな」
ニカッと笑った主人公を魔神はまぶしく見た。
「行かないといけないのか?」
「ああ、永遠に存在できるんだ。ちょっとぐらい俺に付き合えよ」
じっとその顔を見ていた魔神はコクンと頷いた。
「ん、わかった・・・」
主人公は魔神の小さな手を握る。
「神様みたいな魔神ってほうがお前に似合ってると思うぜ」
「ん、考えてやらんでもないぞ」
鼻をつんと上向きにして精一杯の見栄を張り、魔神は言う。
主人公は馬鹿と言いつつ、真剣な顔で目を閉じる。
「――、――、――、――」
詠唱がいつもより長く唱えられ、空間を満たす魔法陣が煌めき、
お茶の間が真っ白の光に満たされていく――。
魔神はその小さな胸に甘い痺れを感じながら、
主人公の横顔をじっと見つめていた。
彼ならきっと楽しいところに連れて行ってくれるに違いない。
だって、ずっと一緒に過ごした彼との時間は、本当に楽しかったのだから。
「よしできた。行こう」
「頼むぞ、勇者」
まぶしい光に包まれて、二人は微笑み合った。
終わり。