第七之巻 黒と銀の武者
更新しました。最後まで読んでくれたら幸いです。藤波真夏
「陽!」
十六夜の声が陽の頭の中で反射する。苦し紛れに目を開けた陽は息を切らして天井を見上げていた。
起き上がって額をおさえる陽。
「十六夜・・・」
陽は床に置いてある桶に視線を移す。そこには十六夜が夜な夜な運んできた山菜がまだ置いてあった。風邪を引き食欲が失せ食べきれなかった山菜が桶一杯に入っている。
十六夜が陽を拒絶したあの日から一度も会っていない。心の何かがすっぽり落ちてしまったかのようで気持ちが悪い。
熱はさがっている。もう風邪は完治しているようだ。
久しぶりに外へ出ると暖かい太陽の光が差す。外はここまで美しかったのだと陽は気づく。朝から外が騒がしい。
「何事だろう?」
陽の家の前を武装した兵士が数人通りかかる。戦でもおっぱじめるのだろうか、と考えていると見たことのある武士を見かける。
「鎌清さま?!」
名前を呼ばれ振り返ったのは武士の佐野鎌清だった。彼は陽の村を治める国守である丹波の家来である。弓使いは丹波より劣るが刀使いは丹波を上回る実力を持っている。
稽古の際も互いの苦手なところを教えあう。その様子は主君と家来の垣根を越えている。剣術に長けた鎌清が武装しているのだ。何かあったにちがいない、と陽は思ったのだろう。
「陽ではありませんか」
鎌清も驚いていた。今まで体調を崩し家に引きこもってたせいか、姿を見て驚いた。そんなことより、と陽は鎌清に聞いた。
「どうして武装なんか・・・」
ああ、この格好か・・・と鎌清は言う。そして少し笑って陽に告げる。
「武装しているのはなにも戦を始めようとしているのではありません。もうすぐこちらに大君がいらっしゃることになっているんです」
「大君?! 大君って松風大君様のことですか?!」
「陽、声が大きいですよ。もう少し冷静に・・・。大君になったら誰しもが行う恒例の公務なのです。ヒノモトを治める大君たるもの現状を目にすることで何をすべきかと悟る。ミヤコでぬくぬくと座っていないで外の世界を見ようということです」
鎌清は丁寧に説明を加えてくれた。鎌清は根っからの生真面目で相手が誰であろうと敬語を使う。はたからみれば説教にしか見えない。
「大君をお守りするため、家吉さまより護衛の任を賜ったのです。これから国境へお迎えに馳せ参じるところです」
「仕事の邪魔をしました。すみません・・・」
陽が謝罪の言葉を述べ頭をさげると、気にしないでくださいと言葉を残しもう行くと馬の手綱を引いて仲間の武士を連れて国境へ向かった。
馬の足は速くもう鎌清らの姿は見えなくなってしまった。
一方、鎌清が向かっている国境のところでは一人の女が国境を示す石碑の前で馬と一緒に待っていた。女は武装し腰には刀、甲冑を身に付けていた。一番目立つのは女性の命とも言える黒い髪の半分から先が銀色であること。
女は目をつむる。すると草木が揺れる音が聞こえ、女の周囲には何か別の力が働いていた。普通の人間にはわからない何かを女は持っている。
女が見たのはたくさんのお供を連れた立派な牛車。牛車の中にはそわそわとじっとしてられない様子の少年。おそらく松風のことだろう。
すると女は目を開き、呟いた。
「もうまもなくね」
さらに女は二本指を立てて唇に当てて、再び目をつむった。女の周囲からまた力が溢れる。
『まもなく大君さまがこちらに到着します。お急ぎください』
言葉を飛ばした。
すると鎌清らが女の待つ国境へ到着する。鎌清は馬を降り、女へ近寄る。
「伝令すまない、小百合」
「大丈夫よ。それにしても遅いわ。どこで道草食ってたの?!」
静かな印象を持っていた女は小百合と呼ばれた。小百合はひじで鎌清の腹に一発お見舞いした。ぐあっ?! と吹き出す鎌清。
「すまないって言ってるだろう?」
鎌清は腹をさすって言う。小百合はプイっとそっぽを向いた。すぐに鎌清も起き上がり真面目な声色で小百合に言う。
「それはさておき、大君御一行は今どのあたりにいるかわかるか?」
「谷を渡っている最中。もう少しで国境のはず。そんなに時間はかからないわ」
鈴の鳴るような凛とした声に鎌清はうなずいた。そして彼女の長い髪に目が入る。
「小百合」
「何?」
「髪を結い直せ・・・。銀色の髪を朝廷の奴らに見られたらお前、殺されかねない。朝廷にはアヤカシ嫌いが多いらしいからな。もうお前の苦しむ姿は見たくない」
「・・・わかったわ」
小百合はすぐさま髪を結いなおし銀色の髪の毛を巧妙に隠した。銀色の髪は見えていない。
小百合が銀髪であることも鎌清がここまで気を使うのはある理由があるからだ。
「お前は僕の妻であり元アヤカシだ。しかも共に戦っている戦友でもある。アヤカシ呼ばわりされて苦しむお前を見たくないんだ」
「分かってる」
小百合は小さくうなずいた。うつむいて鎌清の顔を見ようとしなかった。小百合は今までのことをゆっくりと思い出す。
丹波家吉に仕える女武者の小百合。小百合の正体はアヤカシ木霊である。アヤカシ木霊は自然の中で森の声を聞くことができるアヤカシである。そして言葉を遠くにいる特定の人に届ける言葉飛ばしも得意としている。
彼女はアヤカシとしての生活に不服を覚え、森を抜け出した。そこで人間たちの争いに巻き込まれ苦労をした。そんな時だった。刀を持った瞬間、小百合の人生は動き出した。小百合は剣術に才能を見出し、女だてらに武装し戦に参加した。
森を家出当然で出ているため、小百合には帰る場所がない。それを見かねた丹波が彼女を引き取り、その妻の雅姫が優しく迎え入れた。
その後小百合の才能が認められ、丹波の正式な家臣となった。鎌清と出会ったのはその頃だった。鎌清は真面目で冗談がきかない青年だった。正反対な二人だったが次第に惹かれあい、丹波と雅姫の仲立ちもあって夫婦となった。
鎌清は当初アヤカシ嫌いだったが、小百合と一緒にいることでその毛嫌いさはどんどん消えていった。
ふうっ、と小百合が息をつくと鎌清が声をかける。
「どうした?」
「ちょっと、いろいろ思い出してね・・・。どうしてあなたが私を受け入れてくれたのか、今でも不思議でならないの」
すると小百合の後ろにまわり、鎧の紐をしめた。
「僕を変えたのはお前だ。それに代わりはいない。小百合の前だから素直な自分が出せる。小百合ゆえだ」
「はい、御前様」
小百合が頭をさげる。すると何かを感じたのか頭をすっと上げて道の先を見つめた。森の木々が囁き、普通の人には音にしか聞こえない。しかしこれが小百合には言葉に聞こえる。
「どうした?」
「お見えになったみたいよ」
言葉の先を見ると目の前に立派な牛車が姿を現した。鎌清たちが待ち望んでいた松風大君一行の牛車だ。
牛車のそばのお供が咳びろいをして前に進み出た。
「頭が高いぞ。この中におわすのはこのヒノモトを治める松風大君さまである。そこをどくのじゃ」
武士にとって公家たちに馬鹿にされる怒りを覚え、斬りかかる者も少なくない。しかし鎌清たちはぐっとこらえて、膝をつき忠誠の形をとる。
「我ら、丹波家吉さまに仕える家来でございます。松風大君さま御一行をお出迎えせよとの主からの命令です」
鎌清の言葉を聞いてそうか、とつぶやきお供は所定の位置に戻った。そして鎌清ら男たちは馬に乗り、牛車の前に進み先導する。一方の小百合も馬にのり、反対に牛車の後ろ側へ回った。
するとお供の中から声が聞こえてくる。
女の分際で馬にのり戦うなどはしたない・・・。
ちゃんとした生き方をしていないとそうなるに違いない。さすが、野武士の女は違うな・・・、いや格別だ・・・。
馬に乗り武器を持つ小百合に対する陰口だった。小百合は聞こえていないふりをするが、アヤカシ木霊はとても耳がいい。地獄耳の域を超えた耳を持つ。数里先の音や声を聞き分けることも造作もないことだ。
至近距離でどんなに小さな声でしゃべっても小百合の耳には聞こえている。
しかし小百合は顔色ひとつ変えずに任務をこなしていた。風になびく髪からは自分がアヤカシの証である銀髪がチラッと見える。
アヤカシ嫌いで奥でぬくぬくと震え上がる意気地無しの公家たちを心の中で馬鹿にしながら小百合は前を向いた。
牛車の中では松風が今日の長旅にふうっと息をはいた。そしてそっと牛車の輿にある小窓を開けた。そこにいたのは森のそばにある道を歩く一行。その後ろに見える馬に乗る小百合。そのまっすぐな目に松風はのまれる。
「早く着かないかな・・・」
牛車に揺られ、そのまま松風を眠りの世界へと誘う。うとうとし始めついに松風はこくっと眠ってしまった。
牛車に揺られてしばらくすると鎌清の声で松風は起き出し目をこする。
「到着いたしました、ここから我が主の領内でございます」
どうやら目的地の土地に到着したようだった。牛車は丹波の屋敷に到着し、松風が牛車からゆっくり降りる。するとお供の公家たちがうやうやしく頭をさげる。
松風は丹波と相対した。松風の身長よりもはるかに高い丹波に口をあけて首を上にむけた。すると丹波もうやうやしく頭をさげた。
「大君様、本日はようこそいらっしゃいました。長旅だったと存じます。本日はここでおくつろぎください」
「礼を申す!」
松風は数人の公家たちと一緒に部屋に落ち着いた。松風の部屋は丹波の屋敷の奥にある。屋敷の裏はアヤカシが住む森が広がる。松風は部屋につくやいなやすぐに外廊下へ出てみる。
すると松風の部屋の戸をあける音がする。びっくりして振り返ると付いてきた公家たちではなく雅姫だった。
「長旅お疲れ様でございます。居心地はいかがでございましょうか?」
「あなたは?」
「私は雅。丹波家吉の妻でございます。何かございましたら遠慮なくおっしゃってください」
雅姫は松風にそう言うとお茶を置いて部屋から出て行った。明日は丹波の屋敷周辺の村を視察する予定だ。それが終わると自分はミヤコへ戻る。
ふうっと息をついた。
松風の乗った牛車を昼間に見た陽は豪華な牛車に息をのんだ。陽の村の人間たちはミヤコに行ったことがない人たちが多い。
牛車が丹波の屋敷に入り村じゅうの人々が家へ戻っていった。陽も家へ帰ろうとする。すると後ろから視線を感じる。陽の背後には森が。振り向いても誰もそこにはいなかった。
「気のせいか?」
陽は疑いながらも家の中へ入っていった。その数秒後、木の陰から十六夜が姿を少し表して陽の家を見つめていた。十六夜は自分のしている行動に戸惑いつつも、顔を赤くして隠れた。
「私はアヤカシ。人に想いを寄せることは許されない。だけど・・・」
心の中に生まれた新しい感情。波のように押し寄せては引いていった。十六夜は衝動に駆られて巨木に登り太い枝に腰をおろした。そこからは村がよく見える。幹に寄りかかっていると風が目の前を通過する。
「こんな心地よい風は初めてだ」
十六夜はそう呟いて眠りについてしまった。
寝ている間に十六夜は夢を見た。自分がアヤカシでありながら人間にそっくりな容姿を利用し、人間の村で住むなんとも不思議な夢だった。
そこでは十六夜は生き生きとして笑い合っていた。しかし、その幸せは長くは続かずアヤカシと知られてしまった瞬間、人々は態度を変え彼女に襲いかかってくる。鎌を振りかざし、体には裂かれるような痛みが走る。
苦しんでいるその瞬間、十六夜は悪夢から覚める。さらにそれが現実にあったと思わせるように頬には雫が伝っていた。
翌朝、松風は丹波の屋敷で目を覚ます。朝日が眩しい。
「いい朝だ」
寝間着から着替え、朝食をいただいた。しばらくぼーっとしていると松風の部屋の外廊下に人影を見つける。目の前にはアヤカシの森。
「まさか、アヤカシ?」
松風は恐る恐る人影に近づいて、外廊下へバッと出てきた。さらに大声をあげて自分なりに追い払おうとした。すると、
「大君さま、落ち着いてください!」
松風はその声を聞いてハッとした。目を開けるとそこには小百合が控えていた。松風は驚いてその場に立ち尽くしてしまった。小百合もすぐに弁解をする。
「申し訳ございません。ここに控えておりました、丹波家吉が主、小百合といいます」
頭を下げて言う。松風は馬に乗ったあの凛々しい女武者であることに気がつき、取り乱してすまないと謝罪した。
松風は小百合のとなりに座った。すると小百合は大君のとなりなんて無礼極まりない、と部屋の一段高い上段へと言うが、このままがいいと松風は聞かなかった。
小百合はいけないと分かっていたが松風の押しに負けて、となりに座った。沈黙がずっと続き、小百合は松風がジッと森へ視線を注いでいることに気づく。好奇心が小百合をくすぐり、松風に話しかけてみた。
「大君さま、少しよろしいでしょうか?」
「なんですか?」
「その・・・ずっと森を見ておいでですが何か思い入れでもあるのですか?」
松風はドキッとした。朝廷にはアヤカシが嫌いな公家たちが大勢いる。その影響で松風は自分の意思を出せずにいる。
「朝廷の公家たちはアヤカシ嫌いが多いっていうのは有名な話なのは小百合も知ってますか? 僕もアヤカシはあまり好ましくない」
本当はアヤカシに憧れている・・・なんて言えない。
小百合はそれを聞いて心を痛める。その嫌いなアヤカシが今となりにいるということが事実としてあるのである。
「ではもし、私がアヤカシだったらどうしますか?」
小百合は攻める質問を松風に言い放つ。松風はえっ、と反応。少し考えて小百合に言い放つ。
「すぐに僕の目の前から消えてもらいます」
それを聞いて小百合は息を吐いた。言い出そうとすると公家の一人が松風を呼びにやってくる。
「大君、そろそろ視察の時間でございます」
松風は返事をすると立ち上がり、急いで向かった。一人取り残された小百合は隠していた銀色の髪を出す。森をただ見つめることしかできなかった。
一方、松風は牛車に乗り込もうとしている。すると丹波に言った。
「さっき女性の武士の方とお話しいたしました。お礼を言っておいていただけませんか?」
「女性の武士・・・。小百合のことですね。かしこまりました。ですが、私の口より鎌清の口から言った方がいいでしょう」
それを近くで聞いていた鎌清が反応してこちらを見てくる。しかもかなり目を見開いて。
「鎌清?」
「鎌清は同じく私を支える家臣の一人です。小百合は鎌清の妻にあたるので・・・」
「奥方だったのですか・・・」
松風はほおと感嘆の声をあげた。ではそれでお願いします、と松風はいうと牛車に乗り込んだ。さらに鎌清と丹波は馬に乗り護衛をすることに。鎌清はさっきの話が気になって馬上で聞いている。
「さっき松風さまとどういったお話しをしていたんですか?」
「それか。松風さまが小百合に会ったんだと。女武者に驚かれて小百合にしばらく話し相手になってもらったらしい。その礼を頼むと」
「そうですか、大君さまと・・・」
鎌清は少し笑顔で答えるも少し心配をしている表情に変わる。信頼を寄せる鎌清と小百合の仲人を務めた丹波も気になる。丹波がどうかしたのか、と聞くと鎌清は口を開いた。
「小百合は元々アヤカシだったことを家吉さまもご存じかと思います。朝廷の人間はアヤカシ嫌いが多いと聞きます。しかも裏ではアヤカシ殲滅計画を練っているとか・・・。私はアヤカシであることだけで苦しんできた小百合の姿をずっと見てきた。大君さまとて朝廷の人間。夫婦になってよく分かるのです」
鎌清の心配はかなり深いもの。丹波は鎌清の背中を勢い良く叩いた。何をするんですか、と鎌清は吹き出した。
「いや、お前も妻を娶れば変わるんだなって思っただけだ。今は大君さまの護衛が優先だ。分かったな?」
「はっ」
二人は馬の腹を軽く蹴り、松風の牛車を追った。
松風は村を視察した。村人は丹波を慕いいろいろと話しかけてくる。その光景に松風は驚いた。丹波を見つけて陽が駆け寄る。
「丹波さま、鎌清さま」
「陽!」
陽が話しかけている様子も松風は牛車の中から覗いていた。陽は丹波のそばにある牛車が気になった。
「何してるんですか?」
「大君さまが視察にきているんだ」
とても親しみを込めて話していると公家の一人が陽の前へ立ちはだかる。
「この者は庶民でございます。そのような親しみなど必要ございません。まるで野蛮なアヤカシのようだ」
公家は陽を見下し、アヤカシのようと揶揄した。まるでアヤカシのよう、これは朝廷の公家たちが使う差別用語のようなもの。公家たちは身分の低い者たちを野蛮なアヤカシと重ねてそう呼んでいる。
「俺がアヤカシ・・・?」
陽はその場に立ち尽くす。その言葉には丹波や鎌清も黙って見ていられない。しかし目の前には松風がいる。変な素振りを見せたら丹波も処罰を受けかねない。
丹波は村の人々をまるで一人一人を家族のように接してきている。陽もまるで自分の弟のように接してきた。黙って見ていられないはずはない。
「家吉さま」
前に出ようとした丹波を鎌清が止めた。丹波は目で離せと訴える。すると鎌清は丹波の耳元で話した。
「松風大君もいらっしゃるのです。その気持ち、お察しいたします。私も助けたい。しかし、今はダメです。堪えてください」
丹波は動くことができない。そうしている間にも公家は陽に暴言を吐き散らす。すると陽が公家の視線を見た。
「アヤカシだって心を持っています。俺は人です。あなたがアヤカシというのなら言わせてもらいます。あなたがミヤコで贅沢に豪勢に暮らしている影には俺たちが懸命に生きているんです」
「アヤカシを庇うなど人間ではないぞ、そなた」
「もう一度言います。我らは懸命に生きていること、それと同じくらいアヤカシも生きているんです。丹波さまや鎌清さまを罵倒する発言を控えてください」
陽はきっぱりと言い切った。それを聞いた丹波は心配する必要はなかったか、と安堵の表情を浮かべた。公家は陽の発言にたじろぐも再度反論しようとする。言い出そうとしたその時だったーーー。
「発言を控えてください。これ以上、罵倒を浴びせるようならあなたを辞めさせます」
牛車の奥から松風の声が聞こえた。一部始終を聞いていた松風は陽の言葉に感銘を受け、牛車の中から声を張り上げたのだった。
大君の言葉には公家も反論はできない。そのまま退いた。陽が牛車を見るとスルスルと御簾が上がる。そこから出てきたのは鬟頭をした松風だった。
「松風大君さま!」
公家たちがあわわと慌てている。牛車に戻れという声を無視し、松風は牛車からゆっくりと降りて陽の目の前へ立った。陽よりも年下で身長も低い。陽はすぐに体を下げて頭を地につけた。
「大君さま、ご無礼をいたしました・・・」
「顔をあげてください」
松風に言われ陽はゆっくりと目を開ける。すると松風はニコッと笑う。そのあたりにいる少年の笑顔がそこにあった。
「あの者の無礼、私から謝らせてください。ごめんなさい・・・」
なんと大君は陽に頭を下げた。これには丹波や公家たちは驚きとざわめきを生み出す。陽は頭を下げないでください、と必死に言い続ける。すると松風は、
「近いうちにあなたとお話してみたいです。明日にでも。もう一日世話になってもよろしいですか?」
松風は視察を一日延ばそうと考える。丹波に聞くと丹波はただ頷いた。丹波自身からの同意を得た。しかし公家たちはまだ慌てている。ぬくぬくとしている保守派の公家たちに今度は鎌清が言う。
「松風大君さまが仰っておられる。認めてやったらどうだろう?」
公家たちは顔を伺い、全員が頷いた。松風は笑い、陽は話がどんどん進みすぎてまたあっけにとられた。
すると一人の公家が陽たちのいるそばから離れ、一目につかないところへやってきた。そして持ってきていた紙に筆で何かをしたため、すぐさまミヤコの朝廷に戻る。
大君不在の朝廷に戻った公家はすぐさまある人物の部屋へ向かった。そこにいたのは、
「何事だ?」
松風大君の父である浦波王。公家は手紙を手渡す。それに目を通した浦波王は口を歪ませて笑った。眼光は鋭く公家を見つめた。
「この時を待っていた。侮った私が間違いだったかもしれぬ。松風、お前はまだまだだな。ようやく隙を見せてくれた・・・。すぐに実行に移す」
浦波王は不敵に笑ってその場を後にした。手紙に書かれていたのは、
『松風大君、もう一日滞在。今がその時、皇位を奪う刻ーーー』
松風が出発後、原因不明の発作を起こした潮内親王も落ち着きを取り戻していたが、朝廷の空気の変化を悟り松風の身を案じた。いつもそばに仕える五月雨もそわそわしている。
「変なことがおこらなければいいが・・・」
最後まで読んでくださりありがとうございました。ここで新キャラが登場しました。結構、彼らは私にとって思入れの強いキャラです。感想などもよろしくお願いします。藤波真夏