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第六之巻 虚空への叫び

更新しました。藤波真夏

翌日。陽はまだ熱が下がらずに寝ていた。

「俺、いつまで寝てたんだ。まだクラクラする」

 額に手を当てると熱を持っていた。立ち上がろうとするとめまいがする。陽はまず太陽の光を入れようと扉を開けた。すると扉の近くに山菜の入ったカゴを見つける。

「これ、山菜じゃないか?!」

 人間社会では山菜はかなり貴重な食べ物になっている。山菜の生えている場所はほとんどをアヤカシたちが住んでいるため採りに行けないのである。

 陽はそれを粥に混ぜ食べた。しかし、風邪のせいで腹は減らず残ってしまった。そしてそのまま食欲が出ないまま眠ってしまった。

 夜になると十六夜は森を抜け出し、陽の家へ向かった。誰にも見つからないように考慮してひっそりと出て行く。

 その様子を静かに見守る九十九と風神丸。

「九十九」

「男には分からんな。今の十六夜の気持ちは。うちらには見守ることしかできん」

「そうなん?」

 風神丸が尻尾を振って九十九の顔を見る。指につけたザクロの果実で出来た口紅を唇に押し当てた。

「自分の運命は自分自身で切り開くさ。自分自身が何もんなのかもわかるはずやて」



 十六夜は誰もが寝静まった村を一人で歩いていた。アヤカシは夜目がかなり効き、どんな暗闇でも先が見える。

 陽の家が視界に入る。

「あそこだ」

 十六夜がまたカゴに入った山菜を持ってやってきた。ため息をひとつつくと玄関にカゴを置いて戻ろうとした。

 ガラッーーー。

 十六夜が背中を向けた瞬間、扉が開く音がする。怖くて後ろを振り向けず体が硬直する。十六夜は気配を察知し誰なのか察しがつく。

「十六夜?」

 風邪が治りきらず、おぼつかない足で陽が出てきた。

「山菜は十六夜が持ってきていたのか・・・」

 十六夜が振り返ると倦怠感で立つことがやっとの陽が十六夜をジッと見つめていた。

 十六夜は絶対に後ろを振り向こうとしない。陽の顔を見たら何かが溢れそうで怖かった。

 振り向くな、振り向いてはいけない・・・。

 そう思った矢先、陽が十六夜に近づこうとする。十六夜の肩を握ろうとした次の瞬間、陽の意識は落ちていった。

 どさっ、と音がして十六夜も思わず振り返る。すると陽が息を荒くして目の前で倒れている光景が見えた。

「陽?!」

 十六夜は陽を抱き起こし、額に触る。額は燃えるように熱く十六夜も驚くほどの高熱だった。

「すごい熱・・・」

 何かを決心した十六夜はすぐさま陽を支え、家の中へ入って行った。家の中には布団が敷いてあり、飯はまだ食べていない様子だった。十六夜はすぐに陽を布団に寝かせ、自らの力を込めて作った冷たい水を布に濡らして額に乗せた。

 陽の息遣いは荒く、熱にうなされてしまっている。

「長い時間、何も食べてないらしいな。これだから人間は弱い。もう死にかけてるじゃないか」

 十六夜は自分が行っている行動に疑問を抱きつつ、台所に立った。自分にできる事は少しでも早く陽に元気になってもらうことだと彼女は思った。

 自分が持ってきた山菜を調理し、山菜たっぷりの粥が完成した。山菜たっぷりの粥はあの大君でさえ食べることが難しい貴重な料理。

 粥のできるにおいに鼻をつつかれたのか、陽が目を覚ました。視界がぼやける中、白い着物の人物を認知する。

「・・・いざ、よい・・・?」

 口が動いた。それに気づいた十六夜は振り返る。

「緑色の目・・・。やっぱり、十六夜だ・・・」

 熱で口があまり回らなくなっている陽は口を開いた。十六夜はただ何も言わずに粥を運んだ。

「これでも食べろ」

「腹、減ってないんだ」

「弱っているときだからこそ飯は大事なんだ。山菜たっぷりで体にいい。すぐに元気になる」

 十六夜の問答に負けて陽が口を開けて粥を口に押し込む。少し熱かったが、とても嬉しかった。

 十六夜は陽が粥を食べている様子を横目で見ながら緑色をした色の首飾りに手をかけた。

 緑色の石の正体はヒスイと呼ばれる石。これは古来より神が地上に降りたときの道標として首にさげている。

「十六夜」

「なんだ?」

「お前だろ? 毎日山菜を運んでくれたの。すげえ嬉しかった。ありがとう」

「別に単なる暇つぶしだ」

 十六夜はそっぽを向いてこう言った。そのまま沈黙が続く。そして自らに問いかける。

 私は一体何者だ? 私はアヤカシなのに、なんでこうも違和感を感じるんだ・・・。

 思いを巡らせていると熱が下がり始めたのか、陽も話し始める。

「俺は人間。お前はアヤカシ。一体何が違うんだろうな。十六夜はとても人間にそっくりなんだ。なんかこのまま住み着いてもいいんじゃないかな、って考え始めてる。別に夫婦になるわけじゃねえしな」

 陽は粥を食べながら前言撤回、と笑った。

 すると十六夜も口を開いた。

「アヤカシは森の外へは決して出てはいけない。それが我らの掟。破ってはいけない禁忌だった。だけどあるとき人間の世界で生きて行くことを決めたアヤカシがいた」

「え?」

「私はあまり知らない。彼女は人間の世界で生きて行くことを決めて今も暮らしている」

「森には帰ってきてるのか?」

「いや、帰るも何ももう二度と戻ってこれない。アヤカシが森を出て暮らすことを決めたとき、二度と森の中に足を踏み入れることはできない。一生だ。人間と交わって子供を産めばなおさら、人間の穢らわしい血を入れるなと森には一歩の先もいけない」

 アヤカシの厳しい掟。それは陽も驚きを隠せずにいた。

 すると十六夜は陽、と声をかけた。振り返るとそこには粥を食べ終わって一息ついた陽がいた。

「いつか分かり合える日がくればいいのに」

 その言葉が陽の胸に静かに響いた。心の底から波のように押し寄せる謎の気持ち。それは切なくて恋しいものだった。

 十六夜の横顔を陽は静かに見つめる。月明かりに照らされたその顔はアヤカシとは思えない人間らしい顔だった。

 それを言い終わると立ち上がり、家の扉を開けようとする。突発な行動に陽も驚いて声をかける。

「ちょっと待て、どこに行く?」

 振り返る。妖しい瞳が陽に突き刺さった。

「帰るんだ、森に」

 その言葉を言ってほしくなかった。もう少しそばにいてほしいのにーーー。

 陽の心の中を気持ちがたくさん交差して止まらない。待って、と声をかけようとするも十六夜が妖術で生み出した水の力で押さえつけられてしまう。水は陽を拘束し身動きを封じる。

「十六夜!」

 陽の叫びも虚しく十六夜は一歩と足を進める。十六夜は扉を閉めると息をついた。気持ちを抑えつけるかのように唇を噛んで目をつむった。目の前の現実から目を背け、孤独な世界へと近づく。

 光のない黒い世界ーーー。

「私はアヤカシ。人ならざる者・・・。九十九の言い分が真実ならこれ以上、陽の近くにいたら何か災いが起こってしまう。陽だけは・・・危険な目に遭わせるわけにはいかない」

 自分にそう言い聞かせて十六夜は水の力をかりて森へ帰って行った。

 十六夜が消えると同時に陽を拘束していた水が弾け、自由になる。急いで外へ飛び出すも十六夜の姿は見当たらなかった。

 一人取り残された陽は扉を叩いた。うつむいて静かにつぶやく。

「俺は何をしたらいい?」

 陽は悔しさの中で苦悩満載の一日を終えた。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

本編の中で好きなキャラクターなどがいましたら感想などで教えていただければ幸いです。まだキャラクターは全員出ていない、ということだけお伝えしておきます。次もよろしくお願いします。藤波真夏

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