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第五之巻 沈む太陽、叫ぶ月

更新しました。最後まで読んでくれたら幸いです。藤波真夏

場所は変わり、ヒノモト中心部ミヤコ。

 新たに大君に即位した幼帝松風は、難しい政治業務を公家の大臣たちと行っていた。

「この政策はこういう方向で、よろしいですか?」

「よし」

 この会話が一時間以上も続いている。緊急の即位であり、学びが浅い松風は当然ながら政治に関してもよく分かっていない。

 形だけの大君といってもいいほどである。

 すると公家の一人が松風に進言をした。

「大君」

「なんだ?」

「大君はアヤカシなる存在をご存知でございましょうか?」

 愚かなことを聞くのだな、と思いながら松風は知っているが、と答える。それを聞いた公家はニヤリと笑うと、

「実はアヤカシたちがこちらに対し、何か仕掛けようとしているという情報を入手したのでございます」

 松風はえ? と驚いた表情を見せる。幼い松風でもアヤカシとの折り合い、代々語り継がれる戒めの言葉。

「アヤカシたちとは我らの先祖が折り合いをつけたはずです。互いに干渉しないということを我らは守ってきたではないのですか?」

 松風の言葉に公家も分かっております、と一言。

「しかしアヤカシたちはいつ反旗を翻すかわかりません。今こそ、討伐の勅命を・・・」

「何をおっしゃっているのですか?!」

 松風が驚きと少しの怒りを込めて大声で叫んだ。その声に周囲にざわめきが走る。自分が何をしたのか今になって分かり、松風は萎縮した。

「あ、えっと・・・。それは後日ということにします。勝手にしてはいけないと思うんで・・・」

 松風の言葉に公家たちは一斉に頭を下げた。一方、アヤカシ討伐を進言した公家は悔しそうに頭を下げた。

 昼の公務が終了し、松風のいる謁見の間から次々と公家たちが出て行く。公家たちはヒソヒソと話し合う。

「なぜ大君はアヤカシ討伐を許可しないのだ」

「化け物を生かしておく必要はないと思われますが」

「野蛮なアヤカシを排除して人間だけの世にしたいのお」

 謁見の間に一人残された松風はその場に座り込んでいた。

 ミヤコの貴族たちはアヤカシが嫌いな人たちばかりだ。私はアヤカシが悪いだなんて思えない。いっそ私もアヤカシとして生きていきたい・・・。

 ヒノモトを治める大君らしからない言葉が頭の中を駆け巡った。

「いっそのことここから抜け出してしまおうか・・・」

 口からこぼれた脱走をうかがわせる発言。自分は何を言っているんだ、とすぐに口を抑えた。

 周囲を見渡して誰もいないことを確認するとホッとして息を漏らした。

「松風、どうしたのだ?」

「うわっ?!」

 松風が後ろを向くとそこにいたのは父にして前大君の浦波王だった。まだ十歳の少年には父の背中は大きく見えた。

 大君となった今、松風は甘えることはできないと子供ながらに悟っていた。でもやはり気になってしまうのが子供の性なのか、松風は知らない間に口をあけていた。

「なぜ、私は大君になったんでしょうか」

 浦波王が松風を見つめる。松風の瞳には歪みがなく、純粋に気になっていると浦波王も悟った。

「松風、聞け。お前はいずれこのヒノモトを平和で争いのない国にしなくてはならない。そのためには今のうちに経験を積んでおくことが必要と判断したまでだ。私は私でやらなくてはならぬこともある故、お前に譲位したのだ」

 浦波王の口から出てきた言葉は世の中を案ずる大君の姿だった。大君としての浦波王を松風は父という関係以上に信頼と尊敬をもっていた。

 松風は謁見の間の奥にある大君が鎮座する場所を見る。それを見て、決心を固める。

「父上、私は立派な大君になります」

「その意気だ」

 二人は久しぶりの親子の会話を楽しむと松風は、浦波王に午後の公務があるからと部屋を出て行った。松風は思った。「私は立派な大君になる! そうすれば姉上にも胸を張って会える!」と。

 松風の無邪気な背中を見送った浦波王。しばらくして大臣の一人を呼びつけた。

「例の計画はどうなっている・・・?」

「一応進んではおります。しかし・・・」

 大臣は口をつぐんだ。浦波王はどうした? と聞き返す。

「実は政策などの執行を行う際、大君の許可が必要なのです」

「それは知っている。これでも元大君だ。それが何か?」

「今回の最終許可を出すのは他ならない松風大君様です。松風大君様に進言をしたのですが、却下されてしまって・・・」

 その言葉を聞いた瞬間、浦波王の顔つきが変わる。そして静かに笑う。

「ったく・・・、あの幼帝は純粋に見えて判断力が鋭いと見える・・・。父としては嬉しいのだが・・・それは話が別だ」

「どうなさいましょう?」

「案ずるな。私がこれから手を打つ。この計画を実行し、ヒノモトを一掃する。いいか、松風や潮に悟られてはならぬぞ。よいな?」

「御意のままに」

 大臣は浦波王に会釈をすると去っていく。一人残された浦波王は外廊下まで足を運ぶ。その近くには美しい松の木が植えられていた。葉は鋭く、針を向けられているようだ。

 浦波王は懐から小刀を取り出し、一つの枝になっていた松の葉を一刀両断にした。

「幼き大君よ、お前は絶対に手出しはさせぬ。もし邪魔立てするならば、貴様の命散らせてやろう」

 浦波王によって切られた松の葉は風に吹かれてどこかへ飛んで行ってしまった。



 陽はミヤコに来ていた。畑で採れた作物を売り生活費を稼いでいる真っ最中だ。

 ミヤコには想像以上に人が多く行き交い、市場は賑わいを見せている。

「やっぱりミヤコは違うな。さすが、大君のおわす場所だ」

 背中に担いだ作物は売れていく。村とは違う。おかげで持ってきた売り物は全て売れた。

 軽くなった籠を背負い、村への道を辿っていると頭上の方から陽を呼ぶ声が聞こえた。

「陽!」

「え?」

 頭上を見上げると藍色の着物が目に入る。少年が木の上で陽のほうを見ている。人間を見ている陽だが誰だかはすぐにわかった。

「風神丸か?」

 少年はニヤッと笑い、木の上から降りてきた。

「まさかミヤコに陽がいるなんて思わんかったわ。何しとったん?」

「畑で採れた作物や藁で編んだ傘を売ってきたんだ。少しでも稼いで行かないと生活に困るからな」

 風神丸と陽は二人揃って村への道を歩いた。そういう風神丸は何をしてたんだ? と陽が聞くと風神丸は軽く伸びをして言う。

「俺は偵察! 森に住んでいるアヤカシの多くが十六夜みたいに人間嫌いだからな。人間が好きな物好きはそうはいない」

「変態・・・」

 十六夜が入っていた人間好きの風神丸は変態という言葉を思い出し、口から吐露してしまう。それを風神丸は聞き逃さなかった。

「陽〜、お前まで言うんか?! まともなお前に言われたら俺、もう森にも村にも行けん〜!」

「別にお前を馬鹿にしているつもりなんてないんだ! つい・・・」

 すると風神丸は笑って再び歩き出した。そして思わず気になっていたことを陽は風神丸に聞いていた。

「アヤカシたちって飯とかはどうしてるんだ? たまに思うんだ。森からあんまり出たがらないから」

 それか、と風神丸は質問に答え始めた。

「俺たちアヤカシには大昔から伝えられている戒めの言葉っちゅうもんが存在しとる。それが、『この森の外へ出てはならない。行けば人間達にその身を引き裂かれ、魂は地獄に堕ちる』なんや」

 風神丸の言葉を聞いて人間と同じように戒めの言葉は互いに存在しているのだと分かる。

 風神丸は話し続けた。

 この戒めの言葉は現在でも伝えられ、森の外に出たがるアヤカシはいない。そこで人間に化ける変化の術を使える、カマイタチの風神丸や見た目が人間そっくりなアヤカシが、命をかけて食べ物などをするのだとか。

「ま、育てられるものは全部育てて生きとる。でも魚だったり、米だったりはどうしても森を出なきゃならへんからな」

 そうなのか・・・と陽は言う。

 次は陽が口を開いて言葉を紡いだ。

「俺たちのところにも戒めの言葉があるんだ」

「なんやて?!」

「俺が住んでいる村には大人から子供へ代々伝えられているもので、『森の奥深くへ行ってはいけない。行ったらアヤカシの怒りを買い、二度と戻ってこれない』っていうものだ。俺も子供のころ、近所に住むおばさんから聞かされたんだ」

 それを言い終わるとあっという間に村に到着していた。

「じゃあ俺は森へ帰るな」

 風神丸は人間の耳を消して本来の姿であるイタチの耳と尻尾を出して、風に乗って森へ帰って行ってしまった。

 陽は視線で見送った。そのまま自分の家に向かって歩き出す。しかし、途中で道をそれて共同墓地へ入って行った。

 そこにはすでに先客がいた。

「丹波様? 奥方様?」

 そこにいたのは丹波と雅姫だった。声に反応して二人が振り向くと、陽じゃないか、と驚かれた。

「何をしていたんですか?」

「俺がまだ若かったときに世話になった人の墓参りだったんだよ」

 陽が墓に近づくとそこには陽もわからないくらいに細かい文字が彫られていた。そして陽も手を合わせた。

 すると丹波は墓に眠る人物との間に何があったのか、少し昔話をしようと言い語り出した。


 俺が雅と夫婦になって一年ほどのときだ。

 そのときは武士の地位は今ほど高くなく、朝廷に出入りもできなければ生活も苦しかった。

 そんなとき、ある出来事が起きた。

 いつものように朝目覚め、雅の朝餉を待っていた。しかし、待っても雅がやってこない。今までこんなことはなかったのにと思った。俺は屋敷の中を探した。寝室から勝手場にいたるまで全部。

 ーーー見つからなかった。

 俺は屋敷の周辺、馬に乗り隣の村まで探しに行った。結局見つからず、俺は悲しみにくれた。

 でもまだ探していない場所に思い当たる場所があった。アヤカシたちが住む森だ。俺も子供のころに行ってはならない、と戒めの言葉を言われた。

 でもそれを破り、俺は森へ雅を探しに行った。

 森の奥深くに行くと雅が大きな切り株に寝そべっているのを見つけた。その近くには見知らぬ女が立っていた。

 雅! 

 俺は叫んで近寄った。見知らぬ女は俺が雅の関係者であることを悟ったのか、そのまま立ち去ろうとした。俺は誰かと尋ねると女はこう言った。

「人間、おまえは禁忌を破ってまでこの娘を迎えに来た。その心、大事にせよ」

 そのまま姿を消してしまった。俺は雅を抱えて、屋敷に戻った。雅は朝餉の山菜が足りなくて、採取に行ったとき意識が飛んでしまったらしい。

 その女がいなければ雅は生きて帰ることができなかったのかもしれない。


「そんなことがあったんですね」

 陽はうつむいた。丹波は立ち上がり、陽と雅姫を引き連れて屋敷へ帰っていく。道を歩きながら、話は続く。

「その人ってもしかしてアヤカシとか?」

「そうだ。俺はものすごい気を感じた。普通の人間じゃないとすぐに思った」

 雅姫も静かに聞いている。

「それから二年後ほどだっただろうか、その女が死んだと聞いた。真偽を確かめるため、俺は森へ向かうが森は人間を拒んだ。入るな、と言うように奥から禍々しい雰囲気だった。結局わからないまま、俺は共同墓地に埋葬されていない墓をつくった」

 アヤカシ殲滅計画という謎の計画が丹波や雅姫を始め、朝廷へ出入りしたものが聞く噂。

「私はアヤカシが悪いとはどうしても思えないのです。同じ生きているもの同士なのですから・・・」

 雅姫がそっと言う。

「俺も・・・そう思います」

 ボソッとつぶやいた陽に驚いた雅姫。雅姫は陽の髪の毛についたススを払った。

「奥方様?」

「陽、顔が赤いですよ。早く家に戻りお休みになってはどうですか?」

 陽の赤くなった頰に雅姫の冷たく優しい手が触れた。母の優しいぬくもりに触れたことがない陽にとってこれほど心地よいものはなかった。

「大丈夫か、陽。屋敷で休んで行くか?」

「おまえさま、屋敷はまだ遠いです。屋敷まで連れて行ったら陽が倒れます」

 いつものように丹波は言い返すが雅姫の反論には敵わなかった。

 陽の家につくと丹波と雅姫は家へ入って行った。それに驚いた陽は大丈夫です、と言葉を添えた。しかし、昔話で体を冷やしてしまった詫びをさせてほしいと言われ、陽は甘えることにした。

 陽の家の勝手場で雅姫が簡単な料理を行い、陽に食べさせた。

「口に合うといいのですが・・・」

 料理を置いて丹波と雅姫は邪魔になるだろう、と言って帰って行った。一人残された陽は布団の中で雅姫の料理を食べながら思った。

 やっぱり体調崩していたのか。俺って馬鹿だ・・・。

 一人で過ごしていた陽。熱の影響か食べ終わってすぐに眠ってしまった。

 陽が眠りについた夜中のこと。陽の家の前に人影が。

 漆黒の髪に緑色の瞳。十六夜である。手には少しばかりの山菜。森はアヤカシが住むため、山菜は入手が難しい。

「私、何してんだ。なんで人間なんかに」

 十六夜は山菜の入ったカゴを扉のそばにおいて、森へ帰って行った。

 すると十六夜の後ろに現れた九十九。それに気づいた十六夜は気持ちを読まれまい、と身を固くした。

「あんさん、こんな夜遅くになにやってるん? 子供は寝る時間やて」

 関係ない、と九十九に冷たく言葉を返して歩き出す。それを行かせまい、と九十九は言葉を続けた。

「あの陽っていう人間が気になるんか?」

「?!」

「別にうちは人間なんて色男しか興味ありんせん。いい加減、素直におなりよ」

 十六夜は顔を赤らめて、走っていく。すると今度は長と鉢合わせする。

「長」

「十六夜、わかっているはずだ。人間とアヤカシは交わってはいけない。これ以上、罪を起こすな。やるというならおまえを葬り去らなければならない」

 長は刀を抜き、十六夜の喉元に突きつけた。切っ先が十六夜の喉を一閃しようとしている。十六夜は表情ひとつ変えず、言った。

「長、聞かせてください。なぜ、人間とアヤカシがこのようになってしまったのか。どうして関わりを持つことが禁忌になってしまったのか」

 長は一瞬顔を歪めた。十六夜の意志が本物と悟った長は刀を鞘におさめる。

「お前にはまだ早い。いつの日か話す」

 長はその言葉を残して行ってしまう。十六夜は追いかけて長の袖をかろうじてつかむ。すると長は刀の鞘を地面に叩きつけた。

「?!」

 十六夜の体に走る電撃。小さな稲妻が彼女の体を痺れさせ動けなくした。痺れで十六夜は座り込み、体を抑える。

「長・・・」

 苦しむ十六夜をよそに長はずんずん行ってしまう。その様子を後ろで見ていた九十九は静かに見つめていた。十六夜は悔しくて地面を拳で叩きつけた。本当に悔しくて仕方なかった。

「十六夜、世の中には知らんでええこともあるん。あんさんはその禁忌に足を踏み入れてはならんのよ」

「なんで、知りたいのに知っちゃいけないのか?」

「あんさんはうちらアヤカシにまた苦しみをもたらす気ィか? あんさんはやんちゃすぎる。もう少し、女らしくお生き」

 九十九はそう言い捨てると長のあとを追って森へ帰ってしまった。

 私が「また」アヤカシに苦しみをもたらす? どういう意味だ・・・。私は・・・一体何者なんだ。教えてくれ・・・。

 十六夜から心から絞り出す苦しげな声が聞こえた。


最後まで読んでくださりありがとうございました。次の更新までお待ちください。藤波真夏

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