第三之巻 若き大君誕生
第三之巻を更新しました。最後まで読んでくれたら幸いです。藤波真夏
場所は離れてヒノモトの中心部である「ミヤコ」。ここにはヒノモトを統べる王が鎮座している。ミヤコは人々が商いを行って暮らしは比較的豊かだ。大きなお屋敷が並び、多くの貴族たちが出入りする。
朝廷と呼ばれる場所には多くの貴族たちが入り、ヒノモトの王、「大君」の住居兼業務室だ。
朝廷は慌ただしい雰囲気を醸し出していた。現大君の浦波大君がこの度、大君を引退した。大君を引退したことで「浦波王」という新たな名が与えられた。
浦波王の跡を継いだのは、浦波王の長男松風である。松風は大君に即位し「松風大君」と名乗ることになった。
「松風大君、ご即位おめでとうございます」
一人の貴族が言うと周囲にいた貴族たちも頭を下げて声を揃えて言った。
「ああ・・・」
松風はまだ十歳の少年だ。今まで多くの大君が即位するも十歳は史上最年少である。大君の印である冠を付けている姿はどこかあどけなく、まだ誰かに守られなければならない雰囲気をどこか醸し出している。
朝の謁見が終わり、貴族たちが松風のいる部屋からぞろぞろと退出していく。貴族たちはひそひそと噂をし合う。
「松風さまはご即位をされたが実権はお父上の浦波王さまが握っておられる」
「松風さまもお可哀そうなことで・・・」
松風はただの飾りに過ぎない。貴族たちはそれを噂し合うのだった。誰もいなくなった部屋で一人残る松風。松風は立ち上がり、外廊下のほうへ進んでいく。
大君の冠を取れば、まだみずら頭の少年である。みずら頭をほどいた髪は長かった。
「お前は・・・自由でいいな・・・」
松風が呟く。その視線の先には樹に止まっていた一羽の鳥。チュンチュンと鳴いて飛び立った。青い空の彼方へ飛んでいく。
松風は着物の裾を握った。
一方、朝廷の奥にある前大君の浦波王の自室ではーーー。
「このヒノモトには二種類が存在している」
意味深に浦波王は言った。それを聞いていた傍仕えの貴族が聞き返す。
「我ら人間とアヤカシたち・・・ですよね? それが何でございましょうか?」
「分からないとはお前も野暮だな・・・。アヤカシはいうなれば人ならざる者ーーー。人の姿をしていても中身は化け物だ」
浦波王が笑う。
「奴らは森にはびこっている。この世は人間が治めているというのに・・・」
浦波王が扇子を広げて扇ぐ。浦波王の言う事が理解できない貴族は首をかしげた。
「お前には分からんか。アヤカシたちは大昔に罪を犯しているのだ。それを逃れてぬくぬくと生きながらえるアヤカシたちに生きる価値などないのだ」
浦波王は静かに笑った。
そんな奴らは排除しなくてはなーーー。
浦波王の脳裏には耳を疑うほどの言葉が溢れていた。
い
「姉上・・・今よろしいですか?」
謁見部屋を出て松風がやってきたのは宮仕えをする女性たちが大勢いる奥部屋。ここには大君の血縁関係にあたる女性たちを含め、多彩な才能を持つ女性たちが暮らしている場所だ。
松風がやって来た部屋は奥部屋の中でもひときわ大きな部屋。部屋を隔てるのは御簾。松風の声に反応して部屋の中にいた女性が反応した。
「どうぞ、入ってらっしゃい」
りんとした涼しい声が帰って来た。女性はお付きの女官に命じて部屋を隔てていた御簾をくるくると上げさせた。松風の前には美しい着物を重ね着した女性が。
「大君、何か御用ですか?」
女性の正体は潮内親王。年が離れた松風の姉にあたる人物だ。いくら血の繋がった兄弟でも大君になれば名前で呼ばないのがしきたりである。
しかし松風は部屋に入るや否や、潮内親王にこう言った。
「姉上・・・。こうして二人で話すときは大君ではなくて、松風・・・と呼んでいただきたいのです」
大君、あなたが大君の位にいる以上、名前で呼ぶわけにはまいりません。これはしきたりです、と言おうとするも潮内親王に見せる松風の表情は年相応のもの。
それを見ると潮内親王も言葉を失った。
「松風、どうかしたのですか?」
潮内親王はほどきっぱなしになっていた松風の髪の毛をみずら頭に結い直した。
「どうして父上は大君を御引退されたのでしょうか・・・。まだご健在なのに・・・」
松風の言葉に潮内親王は手を止めた。そして首を横に振った。
「私にも分かりません。でも何かお考えあってのことなのでしょう・・・」
「でも! こういう場合、姉上が大君になればよろしかったのではないのですか?! 姉上は私よりも年上です!」
「松風、落ち着いて。私は女ですよ。女が大君なんて前例のないこと。古くからのしきたりは守らねばなりません」
でも・・・と呟く松風に潮内親王は優しく頭をなでた。それにびっくりしたのか松風の視線は潮内親王へ。
「さらに言えば私は体が弱い。大君になったところで長くは持たない。だから、松風を大君にしたのではないですか? 松風ぐらいの頃からやっていれば大きくなって立派な大君になると父上もそう信じているはずです」
潮内親王がそう言うと松風もそうなんですか・・・と少し納得したように言った。そして松風は今度一緒にお茶をしようと約束をして戻っていった。
潮内親王だけが残された。潮内親王は息を突くと名前を呼んだ。
「五月雨」
五月雨と呼ぶと奥から天女と見まごうほどの美しい女性が潮内親王のそばへやってきた。彼女は潮内親王の一番傍に仕える女官であり、人間のようだが元アヤカシ。天上世界に住まう女人、アヤカシ羽衣天女である。
「内親王さま・・・。何か」
「どうやらあの噂は間違いではなさそうなのです、あの恐ろしい計画は・・・」
「アヤカシ殲滅計画のことですか?」
五月雨が発した「アヤカシ殲滅計画」。それを聞いた潮内親王はゆっくりと頷いた。それを見た五月雨も事実なのだ、と俯いた。
「アヤカシも同じ命。種族を丸ごと滅ぼすなんて・・・。それを幼い松風をいいように操ってこのような・・・遺憾極まりありません・・・」
静かに怒りをぶつける潮内親王。
「本当につらいのは貴女なのに・・・」
内親王が五月雨を見る。五月雨もつらそうな表情を見せる。自然に肩に手を乗せる。以前はそこに羽衣があった。しかし今はない。
アヤカシが人間界で生きていく決心をしたとき、アヤカシの住まう森には二度と戻ることはできない。こういう決まりが存在している。五月雨はその決まりを守り、空を飛ぶことができる天女の羽衣を手放した。
「誰がそんな恐ろしい計画を練っているのかは存じ上げません。しかし、私はもうアヤカシを捨てた者。それを仲間に伝えることはできません」
五月雨から出た言葉に潮内親王は反論する。
「仲間を見捨てると言うの?」
潮内親王の言葉に五月雨はハッと我に返る。五月雨はご無礼を! と頭を下げて謝罪した。ヒノモトに平穏を、と願う彼女らの気持ちを揺らがせるように外では風が強く吹いていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。次の更新までお待ちください。藤波真夏