第廿二之巻 たとえこの命に代えても
更新しました。最後まで読んでくれたら幸いです。藤波真夏
翌朝。
戦いの朝がやってくる。朝から屋敷を出て戦場へ向かう。しかし、朝廷軍はやってこない。敵襲がくる様子もない。
すると目の前に黒い影。浦波王率いる朝廷軍だ。全員が刀を構え、武器を構えた。
朝廷軍は立ち止まり、手に持っていた松明を掲げた。何が始まるのだろうと身を構えていると浦波王が言う。
「火を放て!」
火のついた矢を森に向けてたくさん発射した。火は森の木々を焼いていく。陽は言葉を失った。
「このままではアヤカシは壊滅だ! とにかく応戦だ! 森のアヤカシたちを逃すのだ!」
丹波の指示が飛び、矢を発射し兵士を一人射抜いた。的確な弓だ。丹波の軍は散り散りになり戦いを各所で開始した。
陽は馬の手綱を握り、森へ向かった。肩に乗る風神丸も陽の鎧に爪を立てて飛ばされないようにする。
陽には聞こえた。アヤカシたちの逃げ惑う声。轟々と燃える炎に一瞬ひるむ。
「嘘やろ・・・。なんで・・・」
風神丸は絶句する。当然の反応だ。今まで暮らしていた森が火の海になっているのだから。
「風神丸! お前は馬と一緒にいろ! 俺は森へ行く!」
「え?!」
「馬が遠くへ逃げないように手綱を握っておいてくれ!」
馬から降りて猛スピードで森へ走っていく。風神丸は変化の術を解き、馬の上に乗った。
一方、森の中では炎の中あらゆる手段を使ってアヤカシたちが逃げ惑う。長も全員を誘導し逃す。黒い有毒の煙が肺に入り込み咳き込んだ。
「長! 大丈夫ですか?」
「九十九か。大丈夫だ。お前も逃げよ」
「長。私は長とともに逃げます。早く向かいませんと・・・」
九十九に支えられて九十九が逃げる。陽が飛び出してきた。アヤカシの長! 大丈夫ですか?! と大声をあげて。
「どうなってるんじゃ。これは」
「朝廷軍が森に火を・・・。屋敷のほうへ逃げてください!」
陽が言うと長が頷き歩いていく。すると上空から黒い翼が見えた。翼が動く風の音で上空を向くとアヤカシ烏天狗のカルラがやってきた。
「長!」
「カルラか・・・」
「私がお運びいたします。お前もここから離れろ」
カルラは陽にそう告げると空へと舞い上がった。煙で咳き込み苦しんでいると九十九が立っている。ミステリアスな雰囲気に陽は呑まれそうになる。
「あんさんが十六夜が惚れた男か・・・。うちはあまり好みやないのお」
「?」
「ふふっ。あんさん、早くお逃げ」
九十九が微笑むと術を唱えた。すると成人狐に化けて森の火事の中をすり抜けていく。
陽は煙に負けじと出口を目指す。
屋敷に匿われていた十六夜が何かを感じ取る。急いで外へ出ると女たちが騒いでいる。雅姫が松風の肩を握っている。
「森が、燃えてる?」
屋敷から見えたのは真っ赤な火柱。屋敷の裏も森につながっている。火の手はもうすぐ広がる。このままではアヤカシどころか屋敷の中にいる人たちも自滅してしまう。
火の粉が降り注ぐ。
それを見た十六夜は屋敷を出る決心をする。ヒノモト唯一の神の生き残りである十六夜の神気は凄まじい。人間でもその神気を読み取れるほど強いもの。屋敷を出て戦うということは自ら見つかりにいくようなものである。
「このままじゃみんな自滅してしまう!」
十六夜は周囲に溢れる水の力を取り込んで自らの力とし、屋敷を飛び出していった。小百合はなんて無謀な! と叫んだ。しかし慌てていた彼女には小百合の叫びは届かなかった。
森へ到着した十六夜はすぐに消火を始める。
空の上から自らの中にある水の力を放出し炎を鎮火していく。火の手は想像以上に強い。火の勢いに圧されている。
その頃朝廷軍ではその神気を察知したものがいた。
「見つけた・・・」
浦波王だった。ニヤッと笑うと漂う神気を頼りに兵を動かす。ようやく森を出た陽は煙を多く吸いひどく咳き込んだ。
すると陽の心が何かのざわめきを感じる。背筋がぞわぞわするような悪寒がした。
嫌な予感・・・。
陽の心が何かに引き寄せられる。愛しく守りたい存在---。
陽はハッとなって頭上を見上げると、空中で一心不乱に水を撒き散らす十六夜の姿があった。その光景に陽は自分の目を疑った。
「十六夜?!」
その声に気付いた十六夜はハッと下を見る。陽が驚いた表情でこちらを見ている。二人の心が同時にざわめく。藤原千智の生まれ変わり、瀬織津姫直系の力を受け継ぐ神、二人の魂に刻まれた因果が動き出し引き寄せようとする。
ああ---、やっと逢えた・・・。長い長い悠久の時空を超えて---、愛しき君に!
手を重ねようとした瞬間、二人の間を一本の矢が通り抜けた。その一撃で二人は現実に引き戻された。すると目の前に大軍を引き連れた朝廷軍が。
「ようやく顔を出したな、闇美津波姫」
十六夜が顔をしかめる。十六夜は浦波王の考えが瞬時に理解できた。十六夜が口を開く。
「森に火をつけたのは、お前たちだな?」
「そうだ。全てはお前をおびき寄せる罠よ・・・」
笑う朝廷軍。ススで着物を汚し顔も少し汚れた十六夜が怒りの表情を見せる。怒りは沸点寸前だ。すると浦波王は嘲笑した。
「やめないか。水神はその逆鱗に触れたら誰も手出しできない。怒りをおさめよ」
「お前には言われたくない」
浦波王の態度にますます怒りを募らせる十六夜。浦波王の視線が陽に移る。陽は息を飲んで動きを止めていた。すると兵士の中の一人が手をクイっと動かす。すると陽の体が勝手に動いた。
「?!」
操り人形のように操られる。
陽の自我は効いてくれない。陽は抵抗もできず朝廷軍の前へ引きずられていく。十六夜の表情は怒りから焦りの表情へ変わっていく。
「やめろ!」
その瞬間、陽の脇腹に一閃。十六夜の時間は一瞬にして止まった。生温かい何かが頰に付着した。頭の中は一瞬で真っ白になる。
陽も何が起きたのかわからなかった。鈍い痛みが走った。そして陽の痛みに苦しむ叫びが戦場に響いた。
その声は遠くで応戦する丹波の元にも届いた。
「家吉さま!」
「嫌な予感がする。とりあえず、一旦撤退だ! 屋敷へ戻り皆の安否を確認する!」
「御意!」
丹波たちはやむなく屋敷へ引き返していく。朝廷軍の兵士もそれを追う。
陽はその場でうずくまり動けない。そして流れた血はなかなか止まらない。流れ出る血を見つめて浦波王が狂気に満ちた嗤い声をあげた。
「尊い多くの血が流されてこの国は一掃されるのだ・・・。お前のような雑魚の血でな・・・」
陽は脇腹をおさえながら応戦しようとするが傷は意外と深く、刀を持つ力もほとんど残っていない。
「このまま、死ぬのか?」
陽がつぶやいた次の瞬間、強い神気を感じて振り返ると十六夜の顔は怒りに満ちていた。
「よくも陽を傷つけたな・・・。貴様らの罪は重いぞ・・・。死をもって償え・・・」
十六夜は水を刃に変えて朝廷軍に降り注ぐ。ついに十六夜の逆鱗に触れてしまった。逃げ惑う兵士たち。しかし浦波王は依然として態度を変えず、兵士の一人が呪術を用い光の刃が十六夜めがけて迫ってくる。十六夜はかわすが光の一閃はなお追いかけてくる。
「?!」
十六夜の体も数カ所切り刻まれ、白と水色の着物は血で滲んだ。着物に刺繍された白い紫陽花の花は真っ赤に染まり、彼岸花のように見えた。
息も絶え絶えになり、十六夜も地面に叩きつけられた。陽のそばにより体を重ねる。
「血に汚れた神よ、ここで神滅せよ」
浦波王の言葉とともに呪術がかけられようとする。すると十六夜が陽を守るように前へ出た。
「十六夜、やめろ」
「滅せられるのは、お前たちだ」
かつて神滅させられた瀬織津姫の形相だ。表情は歪み、まるで復讐をする顔だ。地面が割れ、水があふれ濁流のように兵士を押し流していく。
「なんだ?!」
兵士たちが慌てる。すると濁流の水は鋭い刃となって渦潮のように兵士をかき混ぜる。
「刃に触れれば傷ができる。死ね」
十六夜の怒りが生んだ禁断の技だった。浦波王もこれには動揺し、ついに腕に深手を負わせた。そこで多くの兵士が息絶えた。浦波王は隙間から逃げ出した。
濁流は収まり、ただ血まみれのたくさんの兵士の遺骸だけが残された。
互いに息を切らしていた。戦場には十六夜と陽だけが残された。十六夜は陽を連れて火の手がなかった森の奥へと避難した。ここならやってくる心配はないからだ。
陽の血を止めようとするもなかなか止まらない。
このままじゃ、陽が死ぬ---。私の、大事な・・・。
成す術なく絶望に暮れる十六夜。十六夜の瞳に涙が伝った。珍しかった。目から水なんてものが出るのか、という感覚だった。
私は涙の止め方を知らない・・・。誰か、教えてくれ。どうしたらいい? 私から大切な存在を奪わないで・・・。
十六夜は心の底から叫んだ。すると十六夜の頭の中に浮かんだのはある『方法』。
私は神。水神闇美津波姫・・・。私が神だというのなら一度の命しか持たぬ人間を助けることができるはず。私の命に代えても・・・。
十六夜は陽の額に手を添えた。そして念じた。
十六夜の体が青白く光った。だんだん力が抜けていく。すると馬の蹄の音が聞こえた。馬に乗っていたのは風神丸。風神丸は驚いた表情でこちらを見つめてくる。
「何やっとるんや?!」
「陽を助ける」
「神にとって助けるの意味、わかっとんのか? お前の力を陽に注げば陽は助かる。でも、お前は命を失うことになるぞ!」
十六夜の考えた『方法』。それは自分の命を犠牲にして陽を助ける方法。粗暴なことばかりしてきた十六夜らしい方法だが命の危険が迫っていた。力が抜けていくのは十六夜の生命力が抜けて陽に渡っている証拠。
「やめろ!」
「嫌だ! 陽は私が命に代えてでも守る! そう決めた! それは私の、大事な使命だ」
すると十六夜の体を電撃が走る。その痛みは命が抜ける痛み---。痛みに絶えながら十六夜は静かに笑った。思い出すあの日々。運命はここまで残酷だが、彼に出会って十六夜の心は完全に溶けていた。
それは全て陽のおかげだった。
十六夜の命はもうすぐ尽きる---。力を使い果たし、十六夜は眠りについてしまった。
最後までよんでくださり、ありがとうございました。感想、評価等よろしくお願いします。藤波真夏




