第一之巻 禁断の出逢い
再編集をおこないました。引き続き、よろしくお願いします。藤波真夏(2017年5月11日更新)
翌朝。鳥の声が聞こえ、格子の隙間から朝日が差し込んだ。陽は寝返りをうち、もう少し寝ていたいという欲を出して抵抗している。
「もう少し寝かせろよ・・・」
陽が寝返りを再びうつと、家の扉が大きな音を立てて開かれた。
「陽! いつまで寝てんだ、起きろ!」
騒がしくやってきたのは達兵衛だった。陽はダルそうにゆっくりと体を起こして目をこすった。
「どうしたんですか? こんな朝早くに・・・」
「丹波さまが帰って来たぞ! 村のみんなでお出迎えしてる!」
「・・・丹波さまが?!」
陽はその言葉を聞いた瞬間、まるで頭から冷水を被った直後のように目が覚めた。こうしちゃいられないと陽も急いで達兵衛と共に向かった。
陽の走る先にはひときわ大きいお屋敷が。そこは国司の住む館。現在は丹波家吉という武士が国司を任され、妻と一緒に暮らしている。
丹波は村人らから「丹波さま」の愛称で呼ばれている。武士であるために武芸の腕前は高い。
お屋敷の前には村人たちが待ち構えていた。陽たちも人ごみの中に紛れ込む。するとお屋敷から丹波が姿を見せた。
「今戻った。大事なかったか?」
丹波が村人たちに聞くと様々な言葉が返ってくる。それを聞いて丹波は安心して笑った。すると丹波と陽の視線が合う。こっちを見ていることに気づいた陽は頭を下げた。
「陽。何か変わったことはないか?」
「いえ、何もないです」
「そうか・・・」
「それより丹波さまはどこへ行っていたのですか?」
丹波へ陽から質問が出た。丹波は屋敷から出てきて村人たちと同じ場所へ降りる。
「実はな、朝廷から呼び出しを受けた。別に大した用事じゃなかったから安心したさ。その後、流鏑馬大会を催すというので参加して、見事優勝した! 褒美もたくさんもらったぞ」
流石、丹波さまと言うべきなのか・・・と陽は思った。武芸が得意で特に流鏑馬をやらせたら右に出る者はいないと思えるほどの実力を持っている。これには朝廷に仕える野武士嫌いで保守的な公家たちもアッと驚いたことであろう。
陽は朝廷にいる人達を知らないが丹波の話を聞けば大まかな想像が出来る。
村人たちと楽しそうに話している丹波に陽は親しみを覚えている。丹波は国司ではあるものの武士である。村人との差を感じさせないその人柄に陽だけではなく村の人達は親しみを覚えているのだ。
村人たちと談笑していると屋敷から女性が姿を現した。
「お前さま、談笑は結構ですが時刻を気になさいませ」
落ち着いた色の着物を身にまとい、優雅な立ち居振る舞いで艶のある黒髪を持つ女性。
「雅・・・。なんだ、よいではないか。帰って来た日くらい・・・」
「談笑することを止めているわけではありません! もうそろそろ朝餉の時刻でございます。皆も家に戻り準備をしなくてはなりません」
丹波の妻である雅姫が忠告に入る。すると丹波は子どものように頬を膨らませる。仕方がない、と丹波は屋敷の中へ入ろうとする。
丹波はこそこそっと雅姫に耳打ちをする。それを聞いた雅姫はいいですよ、お前さまがそうおっしゃるのならと笑った。
丹波は村人たちに向き直り、こう言った。
「今夜宴を執り行う! 屋敷にて酒やうまい御馳走を振る舞おう! もしよかったら来てくれ! 久しぶりに朝まで飲んで騒いで話そうではないか!」
それを聞いた村人たちは歓喜に満ち溢れた。達兵衛も陽の隣で久々に酒が飲める! と大喜び。
「みんなと飯か! よし俺も楽しみになってきた!」
陽も久しぶりのみんなでの食事に喜びを隠せずあらわにした。村人たちは笑顔のまま仕事に戻った。陽も仕事に戻った。
一方屋敷の中へ戻った丹波は雅姫の作った朝餉を食べた。国司の妻でありながら自ら料理をする、それを雅姫は大事にしていた。雅姫の作った朝餉を食べながら丹波に雅姫は真面目な面で聞く。
「お前さま、大君はいかがなご様子でしたか?」
「現在の大君である浦波大君が御引退されて、次期大君はご長男の松風さまになるだろう。でも、あの公家たちのことだ。まだ幼い松風さまを良いように使おうとしているに違いない・・・」
丹波は雅姫を見ながらそう言った。雅姫はそうですか、と一言。雅姫が手ぬぐいをたたみはじめると丹波はさらに付けくわえた。
「雅・・・。朝廷が実行しようとしているアヤカシ殲滅計画が行われるのは時間の問題だと思うんだ」
「それは真なのですか・・・?」
丹波の口からも出てきた「アヤカシ殲滅計画」。雅姫は緊張した面持ちで丹波を見つめる。何か思い入れがあるのか悲しげな表情をする。
「アヤカシを殲滅したところで何になるのでしょうか。私にはその意味を見いだせないのです・・・」
雅姫の肩を丹波は抱いた。そして雅姫の長くて黒い髪を指で優しくなでながら言う。
「お前の言う事は正論だ。俺もそう思う。だが武士の地位は低い。大君にすら謁見できないのだ。でも、これだけは言えるぞ。きっと人間とアヤカシが分かりあえる日は来るはずだ」
丹波の暮らすお屋敷の裏には森がありそこにはアヤカシたちが住んでいるとされている。しかし森に入っても会えるとは限らない。さらに過去から今に伝わる戒めの言葉のせいで森に入る人は絶対と言っていいほどいない。
まるで見えない壁が存在しているように見えた。
一方、家に戻った陽は畑仕事を終えて周囲を歩きまわっていた。家に戻ってもどうせ一人。やることなんて見つからない、と行動したのだった。
陽が住んでいる村は平和で大きな災害も最近は発生していない。陽にとって村の人々は親のような存在である。両親亡き後は村人たちによって育てられている。
「丹波さまの宴楽しみだなあ。どんな御馳走がでるんだろ」
今夜催される丹波の御屋敷での宴。それを陽は早く時間よ経て、とばかりに楽しみにしていた。歩きながら思わず鼻歌まで飛び出してしまうほど。
すると森の傍を通った次の瞬間、陽の視界に白い炎のような光が静かに揺らめいているのが見えた。小さな炎のように今にも消えそうな光。
陽はすぐさま視線で追うとその光はアヤカシが住む森の奥深くへ消えていってしまった。目をこすってもう一度見ても光はなく、森の木々がうっそうと生えるだけであった。
今のは一体・・・。もしやあれがアヤカシの類・・・なのか?
陽はしばらくその場に立ち尽くしてしまった。陽は光を追わなかった。それは陽も子どもの頃に聞いた戒めの言葉を知っているからだ。子どもの頃に染みついた習慣はそう簡単に抜けない。自然と体の動きが止まってしまうのだ。
陽が声を出せずにいると後ろから達兵衛の声が聞こえてきた。
「おじさん! すぐ行きます!」
陽はハッと我に返り、大きな声を出して森に背を向けて戻っていった。
陽が帰った後、陽が見た白い光は木の陰で再び輝きだした。そしてその光が消えるとその影から見つめる一人の少女ーーー。
「人間か・・・」
白い衣を頭の上からかぶり、顔をのぞかせた十六夜。一言そう呟くと静かに森の奥へと戻っていった。
時間は夜になり、お屋敷はたくさんの松明で明るくなっていた。ようやく待ちに待った宴の時間である。丹波が流鏑馬大会でもらった褒美を使用し、いつもより豪華な食事を準備しようと雅姫は昼過ぎから台所に立っていた。
そんな雅姫を心配したのか村の女たちも集まり、村に住む女たち総出で料理を作り始めた。干した魚や貴重過ぎて食べられない白米や玄米、山菜を使用した煮物、大量の酒など用意した。
丹波のお屋敷には次々に村人たちが入ってくる。陽も丹波のお屋敷に入っていった。中に入ると丹波を始めたくさんの男たちが楽しく談笑していた。陽を見つけた丹波は声をかけて呼んだ。
すると雅姫と村の女たちが入って来た。
「お待たせしました。お食事の用意が出来ましたよ」
雅姫や女たちの手には豪華な料理があり、それをどんどん置いていく。豪華な食事を見た陽は驚いた。今までここまでの食事を見たことがないからだ。
丹波は酒の入った器を手に取ると大きな声で言った。
「今夜はよく来てくれた! 酒も料理も用意してある。遠慮なく食べて飲んでくれ!」
丹波の声と共に村人たちは料理に手を出していく。口に運ぶとあまりにもおいしくて頬がほころんだ。そして酒を飲み、バカな話をしては大笑いした。雅姫はせわしなく料理を運んだり、酒を注いだりしていた。
「奥方様は召し上がらないのですか?」
忙しそうな雅姫に陽が声をかけた。すると雅姫は微笑んで首を横に振って言った。
「いいのですよ、皆が楽しんでいるなら。料理も頑張って作った甲斐がありました。陽は食べないのですか?」
「食べてますよ?」
「この米はあなたがたが汗水たらして作った米ですよ。味わって食べて下さいね」
雅姫が椀を差し出す。そこには綺麗に立ち上がった飯がある。陽はそれを見てゆっくりと口に入れる。おいしい! と勢いよく食べ始めてついには、
「あの奥方様、失礼なことなのですが・・・」
「どうしました?」
「お、おかわりを・・・」
陽が椀を差し出した。すると雅姫はクスッと笑ってはい、ただいま、と言って椀を受け取って台所へ向かった。陽はその後たらふくご馳走をいただき男達の輪に入って笑い合った。
時間は過ぎてその夜、みんなは酔い潰れたのかお屋敷の中で眠ってしまった。丹波もそれに混じって雑魚寝をした。陽は足を外に出し、柱に寄りかかり眠っていた。ふと夜中に陽は目を覚ました。まだ太陽は昇っていない。月明かりだけがあった。
眠い目をこすって再び眠りにつこうとした陽の目に見覚えのあるものが見える。それは昨日の昼に見た白い光だった。
「あれは昼間の?!」
陽は丹波のお屋敷を抜け出して光を追った。白い光は消えたがなかなか消えず森の奥へ行ってしまう。陽は意を決して森の中へ走っていった。陽は戒めの言葉を無視しアヤカシの住まう森へ入ってしまった。白い光を追って陽はひたすら前へと進んだ。
陽が進んだ先には開けた場所があり月の光があたって明るい。
「ここは・・・あの白い光はどこだ?」
陽が周囲を見渡すと端にある大きな岩に人がいる事に気がついた。それは白い衣を頭に被り、白と水色の着物を着た十六夜がいた。
十六夜の姿に陽は言葉を失い、立ち尽くすだけだった。十六夜も陽の姿を視界にとらえた。目を細めて声を出す。
「・・・何者だ」
十六夜の言葉で陽は我に返る。陽は驚いて言葉を詰まらす。
「ここはどこなんだ?! 白い光を追ってここまで来たのに、どうなってるんだ?」
「・・・何者だと聞いている」
十六夜の声が間髪入れずに入ってくる。陽は慌てて十六夜に向き直って言った。
「俺の名は陽って言う。アンタは何なんだ?」
それを聞いた十六夜が岩から腰を下ろして陽へ近付いて来る。ゆっくりと近づく十六夜に陽は緊張の面持ちでいる。
すると風が二人の間を吹き抜けた。陽の目に入ったのは十六夜の緑色の瞳だった。吸い込まれそうな色に陽は一瞬息をのんだ、
「お前、もしや人間か? どうして人間がここにいる。ここはアヤカシが住まう森だぞ」
「白い光が見えたから追いかけてきたらここに・・・」
陽は十六夜の勢いに押されてしまっている。十六夜は陽を見た後、衣を翻した。
「おい! アンタは誰なんだ?」
「お前に名前を教えてどうする。どうせ人間なんてすぐに忘れる・・・」
十六夜はそう呟いた。すると陽は真剣な顔をして十六夜に向かって言う。
「忘れない! 忘れたりなんかしない! だから頼む! アンタは何者だ?」
それを聞いた十六夜はハッとなって陽を横目に見る。すると十六夜は目をつむり言う。
「十六夜・・・。それが私の名だ」
十六夜・・・か、と陽は頭にその名を刻み付ける。その様子に十六夜は心をかき乱されそうになった。そして十六夜は陽に向き直った。
「ここは人間が来てはいけない場所。アヤカシの中には人間が好きな変態もいるが、大抵は人間が嫌いな連中ばっかりだ。私だってそうだ、人間が大嫌いだ。滅べばいいと思うくらいに・・・」
十六夜から出た発言に陽は恐怖を覚える。十六夜の憎しみが緑色の瞳を歪ませる。陽は恐怖で体が動かない。分かっているつもりではあるが体が委縮して動かない。
「人間は自らの欲望のために森の木を伐る。支配するためならアヤカシを簡単に殺す。それを承知してないとは言わせない・・・」
十六夜が陽に斬りかかろうとした次の瞬間、
「やめにしないか、十六夜」
森の奥からアヤカシの長老とみられる老人が闇の中から現れた。また陽は目を見開いた。そして老人は陽の目を見つめて言う。
「若造よ、ここはアヤカシの森。人間は立ち入ってはならぬ場所じゃ。人間を怨んでいるアヤカシも多い。もう近づくでないぞ」
警告のような言葉を老人は吐いた。陽は首を縦に振ることしかできなかった。すると老人は陽から視線を外し、近くにいる十六夜に視線を移した。
「十六夜・・・、そう人間を殺そうとするでない。人間もアヤカシと同じ命を持っておるのじゃ。それを消してはならぬ・・・」
「長・・・、でもこいつは禁忌を破った。その罪は大きいと思うんだ」
「十六夜・・・、こいつを殺したらお前の罪が増えるだけじゃ」
勢いの強かった十六夜を長が悟した。すると十六夜は怒りが鎮静していき何もしゃべらなくなった。
その様子を隣で見ていた陽は言葉も出せずただ呆然と見るだけだった。
「若造よ、夜中じゃ。帰るがよい」
長はそう言うと森の奥深くへ戻っていった。一人取り残された十六夜は陽を再び見ると、
「次来たら容赦はしないぞ」
怒りを込めて捨て台詞を言うと十六夜も白い衣を翻して森の奥へと行ってしまった。陽は何が起こったのか分からずにただ立ち尽くしていたが、早く森を出ようとした。すると月明かりに照らされて何かが地面で光っている。
「これは首飾り?」
陽が見つけたのは緑色の石がつけられている首飾りだった。陽は一体誰のだろう、と考えたとき思い当たる人物がいた。
「そうだ・・・、十六夜ってアヤカシが身につけてたやつだ」
森に入るなと警告をされてしまっては仕方がない、と陽は首飾りを持って森を出た。
一方、十六夜は長と共に歩いていた。言葉を発さず表情もなく歩く十六夜に長は言う。
「十六夜、お前はもう少し人間にもアヤカシにも優しくしたらどうじゃ」
「長はいつもそればかりだな。私はそうなるつもりはないといつも言ってるのに」
表情も意志も変わらない十六夜に長は小さなため息をついた。
最後まで読んでくださりありがとうございます。再編集が出来次第、連絡させていただきます。藤波真夏(2017年5月11日 更新)