第九之巻 嵌められた幼帝
更新しました。最後まで読んでいただけたら幸いです。一部再編集し直しました。内容には変わりありません。藤波真夏
翌朝。松風がミヤコへ帰ることになっている日がやってきた。
立派な牛車に乗り込む松風は丹波に礼を言って笑顔で牛車に収まった。牛車はゆっくりと出発した。
牛車が見えなくなるまで丹波らは見送った。丹波の隣に控える鎌清と小百合も何か思うことがあるのか牛車をずっと見つめ続けた。陽は見送ることができず仕事に打ち込んだ。まさか松風と話ができるとは思わなかった。
「松風さまがアヤカシに助けられたなんてな・・・」
陽の言葉は風にのって森へ流れていく。アヤカシの森にも松風がミヤコへ帰ったということを風が教えてくれた。今日も平和を保つことになった。
揺られること数時間後、松風を乗せた牛車は朝廷に到着した。牛車から降りてすぐに謁見の間に向かう。しかし目の前を公家が立ちふさがった。
「そこをどいてください!」
「どくわけにはまいりません。もうあなたさまは大君ではないのですから」
「え?! 何を言っているんですか?!」
公家は松風を見下し大君ではない、と言い出した。それには松風も驚いてしまう。松風は公家を越し謁見の間に到達する。そこには浦波王が鎮座していた。
「父上、これはどういうことですか?」
「見たとおりだ。お前に大君はまだ早かったということだ。大君の地位は剥奪させてもらった。お前は大君でもなんでもない」
父親から出てきた言葉に衝撃を受けて松風はその場に立ち尽くした。しかし浦波王に走って近づこうとすると、
「っ?!」
松風の頬に強烈は平手がお見舞いされた。あまりの痛みに松風の目には涙が。
「出て行け、お前は息子でもなんでもない」
浦波王は鎮座していた場所から奥へ戻ってしまう。痛みに耐えながらその場を動くことができなかった。松風は潮内親王のいる御所奥へ向かった。
「潮内親王さまは御移動されました」
冷たい言葉が返ってきた。松風の味方は御所の中には誰一人いなかった。松風は潮内親王の屋敷を探し出し急いで向かった。
「松風!」
「姉上!」
松風を心底心配したのか潮内親王は華奢な腕で松風を抱きしめた。潮内親王は無事と確認できたがいない間に何があったのかが先行して気になる。
「姉上、これは一体どういうことなのですか?」
潮内親王が口を開こうとすると、説明は私がと五月雨が前にでる。五月雨は一体何が起こったのか、を話始める。
「松風さまご不在の際、公家たちが動き始めたのです。蔵書のなかに松風さまがお父上の血を引いていないという記述が発見されたとか。それで朝廷にそのような不埒なやつを大君にするわけにはいかない、と強引に退位させられたのです。我らもこうして屋敷に追いやられてしまいました」
話を聞いた松風はその場で立ち尽くした。
「僕が・・・父上と血が繋がっていない・・・?」
頭が真っ白になる。潮内親王が松風の赤くなった頬を冷たい布で冷やす。ジワジワとくる痛みで松風は顔をしかめた。
「でっちあげに決まっています。そうお気を落とされますな」
五月雨はそう言うが松風は動揺して頭に入っていない。何も考えられなくなった松風をただ潮内親王は抱きしめ続けた。
松風は御所に戻ることができず、潮内親王の移された屋敷で一夜を明かすことになった。
松風はショックからかなかなか寝付けずにいた。別室では五月雨と潮内親王が話をしていた。襖の隙間から声が漏れているのを松風は盗み聞きをした。
「潮内親王さま、これは浦波王さまの陰謀に違いありません」
「それは本当なの?」
「はい。松風さまはまだ幼く、即位されてすぐでいらしたので大君の地位の剥奪は浦波王さまなら可能です」
襖が思い切り開く。二人は驚いて見ると、そこには松風が立っている。
「松風?!」
「姉上、僕は父上と血が繋がっていないのですか? ということは姉上とも・・・?」
顔面蒼白になっていく松風。それをなだめる潮内親王。
「それはまだわかっていません」
五月雨は表情を曇らせて再び言う。
「松風さま。あなたさまのお耳にも入れておかねばならぬことがあります。これは酷い現実でございます」
「どういうこと? 五月雨」
「松風さまは『アヤカシ殲滅計画』なるものをご存知でしょうか?」
松風は首を横に振った。五月雨は『アヤカシ殲滅計画』について今の段階でわかっていることを話し始めた。
「このヒノモトには人間とアヤカシが住んでいることは松風さまも知っているかと思います。アヤカシは人間に表向きの姿を譲り、彼らは森の奥深くで暮らす。互いに干渉もせず静かに過ごしておりました。しかし時が経つとアヤカシたちは人間の横暴さに腹を立て、大きな戦を引き起こしたのです」
「戦?」
「我々が生まれる数百年も前でございます。その時はなんとか仲介を行いこれ以上戦火を広げずに済みました。これがアヤカシの犯した大罪となりそれは今の世まで語りつげられることになったのです。そこから互いに同じ過ちを犯さないようにと考えたのか、人間とアヤカシが関係を持つことが禁忌とされ戒めの言葉が各地で生まれるようになったのです」
松風も初耳のことで終始戸惑った。アヤカシが犯した大罪、それに巻き込まれ犠牲になった人々ーーー。
胸がちくちくと痛み出す。
「『アヤカシ殲滅計画』を起こして何しようというのですか?」
「このヒノモトにはアヤカシという化け物のような存在はいらないというのが表向きの言い分です。本当はアヤカシを滅ぼしてあの森を人間のものにしようという策略です」
「森を?!」
「アヤカシの住まう森には不思議なパワーを秘めているのです。それこそ不老長寿の薬を作れることも夢ではないほどに」
人間の強欲な姿が松風にはひどく醜く見えた。そして自分も潜在的にその強欲さを持つ人間なのだと松風は思った。松風は勢いよく立ち上がった。
「すぐに御所へ行く! 僕がすぐに止める!」
「それは無謀です! 御所の中は浦波王さまがすべての実権を握っておいでです。大臣らも全員浦波王さま側に寝返っております! 松風さまが御所に入ったら彼らはなにをするのかわからないのです!」
松風は五月雨の言葉でハッと我に返り、勢い任せの熱が冷める。それに続いて潮内親王が付け足す。
「いいですか、松風。勢いに任せて周りが見えなくなるのは大君としてあるまじきことです。今、御所に戻れば生きて外に出れるかもわからないのです」
松風は部屋を照らすロウソクの光を見つめる。メラメラと燃える炎は風に煽られ今にも消えそうである。まるで今の自分の状況に感じられ、命も風前の灯火だ。
とにかくできるのは御所の大臣らに自分らを悟られないようにすることだ。
松風はそう考えながら眠りについた。
一方、松風のいない御所では。夜中にも関わらず浦波王が大君の座に座っていた。そしてその周囲では大臣たちが固める。
「浦波王さま、手はずは着々と進んでおります」
「そうか。長年の悲願が達成するな。このヒノモトにはびこるアヤカシどもを一掃し人間の世を」
浦波王はそう不敵に笑うと大臣に目で合図した。大臣は軽く頭を下げて奥へさがる。しばらくすると高級な布に包まれた緑色の水晶を持ってきた。
ただの緑水晶ではない。一定リズムで光り輝く特性を持っていた。水晶を見ながら浦波王は言う。
「文献通りだな。数百年前と変わらず光を放ち続ける。もし、この計画が窮地に追い込まれたら・・・フフッ」
大臣たちも静かにおほほ、と笑い出す。水晶もそれに呼応するかのように規則よく輝き出す。まるで心臓の鼓動のように・・・。
最後まで読んでいただきありがとうございます。感想、評価等よろしくお願いします。藤波真夏




