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第八之巻 変わり者大君

更新しました。最後まで読んでいただけたら幸いです。一部編集し直しました。話の筋は変わりませんが、一行増えました。藤波真夏

そして丹波の屋敷に再び戻って来る。

 しばらくしたら松風の部屋に陽を呼ぶ予定である。松風は楽しみで仕方がない。縛られることが嫌いな松風には新鮮なことだった。

 松風がわくわくしているちょうどその頃。丹波の屋敷内にある鎌清と小百合の部屋。そこで一人小百合は髪をとかしていた。松風の言葉が頭に焼き付いて離れない。

 襖をあける音がして振り返るとそこには鎌清が立っている。

「戻ったぞ」

「おかえりなさい。松風さまはミヤコに戻られましたか?」

「いや、もう一日お泊まりになるそうだ。何でも陽と話がしてみたいと仰せられてな・・・」

 小百合は陽のことをあまり知らず首をかしげた。反応をみて知らないか、と鎌清はようについて話す。

「へえそのような」

 小百合も話を聞く限り、陽が悪い人間ではないことがわかった。

「そういえば松風さまがお前に礼を述べられた。そのことをお前に伝えてほしいと言われてな」

 それを聞いた小百合は少し表情を曇らせる。表情に気づいた鎌清は何があったのか聞き返す。小百合はゆっくりと言葉を紡いだ。

「アヤカシが住む森を興味深そうにじっくり見ておいでだった。私はどうしたのか、と聞くとアヤカシが好ましくないとおっしゃられた。じゃあもし私がアヤカシだったらどうする? と聞いたら松風さまは目の前からすぐ消えてもらう、と。ちょっと悲しい、鎌清」

 小百合の声は次第に悲しみを帯びる。人間の鎌清には理解しがたい。

 小百合が銀髪を手に取る。気にしてこなかったが今それが恨めしい。感情が次第に体を支配し震えだす。

「小百合」

 鎌清が後ろから肩を抱く。

「自分がアヤカシであることがこれほどに辛いなんて・・・、思わなんだ」

 小百合の苦悩は尽きなかった。その心の迷いはアヤカシとしての妖力と人として生きている心をも乱す。

 小百合の視線は自然にも森に向いていた。



 陽は丹波の屋敷へ向かう。松風直々に話を聞きたいというのだから陽はそわそわしてしまう。早めに家を出た。松風と会う約束は夜。

 丹波の屋敷に向う途中、森のそばを通る。すると空からポツリポツリと雨粒が落ちてきた。

「うわ、雨だ・・・」

 陽は濡れないように頭を守りながら歩く。すると巨木の枝に雨寄りかかる人影を見つける。

「十六夜・・・」

 声に反応して十六夜が目を見開く。

 なんで、お前がここにいる?!

 十六夜は動揺を隠せない。十六夜はすぐに地上に降り立つ。十六夜の心に生まれた新しい感情に未だに戸惑っている。かける言葉が見つからない。

「何しに来た」

 それに対し陽は少し照れながら山菜をくれてありがとう、と礼を述べた。十六夜は黙ったまま立ち尽くした。最初に会った時の瞳より迷いにあふれた瞳の色をしていた。

「これから丹波さまの屋敷に行くんだ」

「丹波さま? お前の村の村長か」

「そう。松風大君さまがお会いしたいって・・・」

「ヒノモトの首領か」

 十六夜は後ろを向く。陽の表情を見ようとしない。今すぐ森に帰りたいと思う十六夜は足を進める。すると陽が十六夜の手首を掴んだ。掴まれた腕から陽の熱が伝わり、十六夜の心がかすかに震える。

「待って! どうしたんだ?! どうして避ける? 十六夜、なんか言ってくれよ!」

 十六夜はゆっくりと陽のほうを向く。鋭い視線が陽に突き刺さる。眼光はあの人間を恨むアヤカシの視線そのものだった。十六夜は思いっきり手首を振り払う。

 その瞬間だったーーー。

 陽の脳裏に浮かんだのは十六夜の記憶だった。

 暗闇に響く女児の泣き声。赤い炎が囲む。女児の姿がはっきりと見えてくる。身体中に鞭で叩かれた痕が残り、血が滲んでいる。女児は声にならない思いを叫び続けた。

「今のは・・・」

 突如のことに陽は驚いてその場で立ち止まった。陽が見たのは一体何だったのだろう。声をかけようとするも十六夜はそのまま森の奥へ走って行ってしまう。

 息を切らしていると、

「十六夜」

「風神丸」

 イタチの姿になっていた風神丸が近づく。すぐに術を解き、元の姿になる。

「私って一体どこから来たんだ?」

「?」

「アヤカシが人間から嫌われる原因を作ったのが私だってこと、長から聞いた。私は人間にとってもアヤカシにとっても・・・厄介者」

 風神丸には返せる言葉がなかった。二人の間を虚しく風だけが通り過ぎる。十六夜はふいに陽から掴まれた手首を触る。まだ熱が残る。

「俺もちぃと気になってた。なんでアヤカシと人間が相反するようになったのか、知らなきゃいけん気がするんよ」

 アヤカシの中でも若い世代に位置する二人は疑問に思っている。それは人間の陽も同じである。

 十六夜は意を決し、足を動かす。

「どこへ行く?」

「長のところ」

 森の奥深くへと行く十六夜。後ろ姿を見つめる風神丸。漆黒の髪が揺れ、髪飾りが揺れる。まるでここから先はアヤカシですら立ち入れない領域のような雰囲気を醸し出していた。

 十六夜の脳裏には腕を振り払ったときの陽の表情がはっきりと焼きついていた。太陽のような笑顔を持つ彼には似合わない悲しい表情をしていた。

 陽の優しさをまた振り払ってしまったーーー。

 合わせる顔がない。そう思いながら長のもとへ向かう。真実を見つめ直すために進む。



 一方の陽は約束の時間に丹波の屋敷に到着。そこで失礼のないように人生初の綺麗な着物を着て謁見に臨む。

 しかし陽は身分の高い人物に対する対応をそこまで知り尽くしているわけではない。相手が大君となればなおさら。彼は緊張でそわそわしていた。

 松風が部屋へ入ってくる。

「私の我儘を聞いてくれてありがとうございます。改めて私は松風。あなたの名前を聞いていませんでしたので教えていただけますか?」

「よ、陽と申します・・・」

「陽ですか。わかりました」

 松風は上座に座っていたが立ち上がって陽の目の前までやってきた。その光景に陽は驚いて動けなくなる。すると松風はニッと笑った。

「私・・・、いや僕は大君であるが年は君より年下。年上には敬意を払わないと」

 年相応の笑顔に陽も緊張の糸が少しずつ弛み始める。すると松風が、

「丹波から教わったんだ」

「丹波さまから?」

「丹波はこの村の人たちに尊敬されてる。それはあのお人柄だと僕は思う。陽と話すとき、堅苦しいのは嫌うからありのままを見せればいいのです、と。どうだ?」

 松風は陽に聞き返す。真面目にまっすぐにこちらを見つめてくる松風に陽は頷いた。

「い、いいと思いますよ。なんか大君の想像を超えた、というか・・・なんというか・・・」

「そ、そうか?! 嬉しいぞ!」

 松風は笑って喜んだ。純粋無垢な松風に陽はもう緊張はしなかった。その様子を隣の部屋から聞いていた丹波と雅姫は安堵した。

「松風さまと陽、どうやら御心が合いそうだ。心配した俺が情けない」

「まったく、御前様はお二人の親ではないのに・・・。そんなに興奮しないでください。でも少し嬉しいです。さ、私たちは退散いたしましょう。お邪魔をしてはいけません」

「そうだな」

 丹波は雅姫と部屋を後にした。そんなことも知らず陽と松風は話が尽きることがない。松風はミヤコの話などをし、陽は村での暮らしを話した。話は盛り上がりをみせ、ついに自分自身についての話になっていった。

「陽の父上母上にも会ってみたいな!」

「それは嬉しゅうございますが、俺には父も母もいません」

 それを聞いた松風はいけないことをしたと察する。松風は黙り込んでしまう。しばらくして口を開いた。

「すまない。嫌なことを思い出させてしまった・・・」

「気を落とさないでください。俺は大丈夫です。父と母は流行病で死んだんです。今は隣に住んでるおじさんや丹波さまらにお世話になっているんです」

 松風はそうか、とつぶやいた。陽を不快にさせる質問をしてしまったことがよほどショックだったのか、落ち込みから脱出しない。

 話を切り替えようと陽が今度は切り出す。

「松風さまのご家族はどのような方たちでいらっしゃるんですか?」

 陽の顔を見ると松風は口を動かした。

「僕の父上は前の大君。母上は僕を産んですぐ亡くなったと聞いている。でも僕には年の離れた姉上がいるんだ。姉上は生まれつき体が弱いお方でいつも御所の奥に引きこもっている。ここに来る前も発作を起こしてお倒れになった・・・」

「大丈夫なのですか?」

「少し心配だが快方に向かっていると聞いている」

 それを聞いて陽はホッとする。松風は陽のほうを向き直り見つめる。

「僕は姉上に恥じない大君になる。それで姉上を安心させたい。母の代わりをしてくれたから・・・」

 松風の願いが陽に伝えられると陽は笑ってできますよ、と一言。松風は感受性を働かせ、陽にこう言う。

「陽の笑顔は周囲を笑顔にするな。まるで君は太陽だな」

「え?」

「陽の笑顔には人を笑顔にするみたいだな」

 笑顔か・・・、と陽はつぶやく。頭に浮かぶのは十六夜の腕に触れたときに見えた謎の光景。

「陽? どうしたのだ?」

 松風の声で我に返りなんでもないです、と言った。視線は松風の部屋から見える森に移っている。森の木々が揺れるたびに十六夜が来ているのではないかという錯覚に陥る。陽は十六夜に会ってあの光景について知りたい。

 視線が森に移っていることを知った松風はなんで森を見つめているのかと聞くと陽は少し渋った。

 相手は大君。これからアヤカシの話をするのにアヤカシ嫌いと噂されているため躊躇いが生じる。

「陽、話してくれないのか?」

「ご無礼をお許しください。あの、これから話すことをご不快に覚えたなら申し訳ありません。先に言っておきます」

「わかった。で、どうしたのだ?」

「あの森には昔からアヤカシが住むと言われています。数ヶ月前に俺は森に入ってしまったんです。そこで俺はあるアヤカシに会いました。でもそこで俺はアヤカシと人間との間に溝があることを思い知られました。どうしてこんなことになったのか、ずっと気になっているんです。過去に何が起きたのか、気になって」

 それを聞いた松風は黙ってしまった。やっぱりアヤカシが嫌いだったんだ、と陽は謝ろうとすると松風は逆の反応をした。

「陽にこんなことを話されたら僕も話すしかないではないか」

 松風が無理やりえへへと笑いながら言う。

「丹波がありのままに振る舞えって言っていたがこのまま話すことにしよう」

 松風が縁側に向かい、森のほうを見る。陽がついて行くと静かに松風は話し出した。


 僕はアヤカシが大好き。まだ幼い頃に御所を抜け出して森へ遊びに言った時、僕は迷子になり帰れなくなってしまった。森の中で一人泣き続けた。その時、子供を連れていた母親のアヤカシが近づいてきた。

 僕は怖くて動けなくなった。するとアヤカシの母親の手が僕の頭に乗せられた。そして撫でた。目を開けるとアヤカシの母親が優しく見ていた。

 僕には母上がいない。僕はそこで『母上』というものを知った。僕が人間だってことはすぐにわかったと思う。それなのに涙を優しく拭い、汚れたところもふいてくれた。

 そして森の出口に案内してくれた。名前も聞けずにそのまま森の奥に消えた。

 僕はそのときからアヤカシが好き。でも朝廷の公家たちは出世のことしか考えない人たちばかりだ。アヤカシを毛嫌いする人たちだ。僕はアヤカシに助けられたなんて言えず、ずっと心のなかにしまった。

 僕はずっと思ってた。自分がアヤカシだったら御所に閉じ込められなくてもいいのに、と。アヤカシは憧れなんだ。


 話し終わると自分をバカにしろと言わんばかりに笑った。

「大君がこれで笑っちゃうだろ?」

 陽はかける言葉をなくした。アヤカシ好きの大君。これは今までの歴史のなかでは初めてのこと。それは松風がまだ幼いからともいえるが純粋に好きなのだと察せる。

「そんなことないです。なんか安心してしまいます」

 そして二人で笑いあった。時間はどんどん過ぎていき夜になった。夜が明ければ帰らなければならない。まだ話し足りないとばかりに話し続ける。

 名残惜しい時間のなか、陽は家へ帰って行った。部屋に残された松風は森を見つめた。

 この森にアヤカシがいる。僕も会ってみたい。僕はアヤカシに生まれなかったけど、二つの種族が手をつなげるようにしたい。

 幼い大君が決意を固めた。

 その部屋の御簾ごしに小百合が一人たたずむ。松風の笑顔を思い出す。着物の裾を翻し、廊下を逃げるように歩いた。

 鎌清の待つ部屋へ戻る。どうした、と心配する鎌清をよそに小百合は座った。そして自分の小刀を取り出し、特徴的な銀髪を切り落とそうとした。それを見た鎌清は身を呈して止めようとする。

「小百合! 何をしてる?!」

「鎌清、離せ!」

「髪は女の命だぞ?!」

 鎌清は小百合から小刀を取り上げた。すると部屋に丹波と雅姫が駆けつけてきた。そこまで大きな声は出していないのになぜだろう、と小百合は思った。

「あなたの声が私たちのところまで飛んできたんですよ。『アヤカシでなかればよかった!』って聞こえたんですよ。それで慌てて・・・」

 雅姫は小百合の背中を撫でる。そして二人で話しをせよ、と丹波はそう告げて雅姫を連れて戻っていった。部屋に残された鎌清たちは沈黙していた。口火を切ったのは小百合だった。

「もし私がアヤカシだったら?」

「?」

「以前、松風大君さまとお話しをした。その時もし自分がアヤカシだったら? と聞いたら抹殺するっておっしゃられた。これを聞いたら私はアヤカシだって言うなんて・・・」

 鎌清は何も言わずに小百合の髪をおもむろに触り、指ですきはじめる。

「僕が最初、お前に出会った時アヤカシだと打ち明けられたとき本当に驚いた。でも同じ家臣として仕えているうちにアヤカシであることを忘れていた」

「そうなの?」

「だったら結婚なんてしないさ。僕は別に縁談がきてたがそれを断ったんだ。小百合と一緒になりたかったということだ。きっと松風さまもわかってくれるさ」

 鎌清の励ましに小百合は頷いた。鎌清は小百合のそばにいるだけで小百合のアヤカシコダマとしての力を信頼している。

 小百合は銀髪を切ることをやめた。鎌清のとなりでゆっくりと眠りについた。鎌清は掛け布団を直す。安らかに眠る小百合を優しく見つめ小百合と密着し眠った。

 鎌清の鼓動が小百合を安心させた。無自覚に鎌清の寝間着を掴んで決してそれを朝まで離しはしなかった。

最後まで読んでいただきありがとうございます。感想、評価、よろしければよろしくお願いします。藤波真夏


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