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おままごとの演じ方  作者: 巫 夏希
二章 人間と紙の共通点とは?
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第七話 Speaking with Ghost(中編)

「地下室は理工学部棟、その第六実験室から入ることが出来る……」


 私は橘さんから言われたことをリフレインしながら第六実験室の扉を開けた。開けたといっても実験室の鍵は教授が所有しておりそれを借りることは容易ではない。

 カードキースタイルのそれをどうやって開けるのかと言えばあまり声を大に言うことは出来ないけれど、ただ私はそういうことが得意だったりする。これを使うことで案外助かったりしたのも確か。声を大に言えない特技だけれど、場面に応じては便利だと言えるだろう。


「開いた」


 何処か壊れたような間延びした電子音とともにロックが外れた。何重にもなったそれを開けるのは容易ではないが、十五分もかければこんな感じだ。


「……なんというか、すごい趣味だよね。今や科学技術の塊と言われるこの大学の最先端カードキーロックをものの十五分で解除しちゃうのだから」

「別にすごいことではないよ。だからといって誉められることでも無いし」

「いやいや、誉められることが出来るよ? だってそんなこと私には出来ないしね。……今はすり抜けることが出来る便利な身体を手に入れているが」

「完全に自虐入った! 別にそこまで言う必要なんてないのに!」


 まさか梨沙にマゾの資質があるのではないか……なんてことを一瞬思ったが、そんなことは杞憂だった。思う必要すら無かった。

 だって私は彼女を信じている。きっと梨沙だって私を信じているに違いない。二人にはそんな関係がある。キスも抱き合ったこともしたことが無いし出来ないけれど、私たちの愛ってものはここで完成しているんだと思う。

 あくまでも、予想だけど。

 第六実験室に入った私は直ぐに一番奥のテーブルへと向かった。長机だ。

 その下に這うように蓋がある。その蓋を開けるとそこにあったのは線だった。ただの線ではない。電気、水、ガスを通す管――いわゆるライフラインである。

 だが、私が開けたところだけはライフラインではない。そこはダミーだ。間違った空間だ。偽装した空間だった。


「ここがさっき言っていた空間、かな」


 私は呟くとその偽装されたシールを剥がしていく。剥がすのは大変かと思っていたけれど、割とそうでもなかった。


「……そういえばどうして静かになっているわけ。なにか問題でもあるの?」

「問題? 私は何も問題なんてないよ」


 梨沙は言ったが、どこかぎこちない感じに見えた。なにか隠しているように見えた。私を信じていないのかもしれない。私のことを第一に考えていないのかもしれない。絶望的に感情的になるしかない、私と彼女の関係。それはただの理不尽であり、それはただの傲慢かもしれない。幽霊の恋人を持っているのは少なくとも私しか居ないから、その悩みを、その喜びを、その絶望を共有出来ないのは何というかとても嬉しくない。ただ、そんなことはどうでもいいのかもしれないけれど。私と梨沙はそういう曖昧な関係を『愛』という言葉でコーティングしているだけにすぎない。私という人間は未だ齢二十一、まだ弱い存在であることは確か。でも、自分を弱いからと言って蔑んだことは一度もない。侮蔑したことは一度もない。だからこそ私は私であるということを、少々おとぎ話のような脚色をくわえながら、考えているのかもしれない。

 結局はただのおとぎ話。

 正しい理論と思っていたことがまったくのデタラメだったこと。

 未だ伸びがあると思っていたらそこで手詰まりだったこと。

 世界を守る英雄とか謳われながら結局はただのどん詰まりだったこと。

 世界には、ちっぽけで醜いことばかりだ。綺麗事なんてほんの僅かにすぎない。

 だからこそ、私はここで生きていこうと思うのかもしれない。まあ、ただの戯言だけど。

 地下に降りると冷たい風が私の肌を伝わった。地下に広がっているのは通路だった。パイプラインが走っている通路とは違って、何の目的で作られたのか解らない、人工的なそれ。

 誰が何のために作ったのか、それは誰にも理解出来ない。


「……この奥にある、ってことかな」


 私は呟く。


「そうなんじゃない?」


 しかし、梨沙から得られたのは曖昧な解答。

 曖昧に答えられても困るのは私であるし、今まで明確に拒否の意志を示すことなんて無かった。イエスマン、いやイエスウーマンか。そういう感じだったから。

 とはいえ。

 梨沙がなにか隠しているのは紛れもない事実でありそれを私は確信していた。ただしそれがどのような内容であるかということは未だにはっきりしておらず、また、彼女の口から語られることも無い。

 要するに手詰まりというわけ。


「とにかく先に進みましょう。地下室……こんなところにこのような空間が広がっているなんて」

「元々は校舎の地下化も進められていた、なんて噂もあるくらいだからね。時折、アオイがそんなことを言っていた気がしたよ」

「地下化?」


 広大な大学の地下に、改めて校舎を作るという計画があったのだろうか。


「あくまでも都市伝説程度の噂に過ぎないのだけれど」


 梨沙はそう前置きして、話を始めた。




 国立高津大学は一九四〇年、戦時中に開校した。当初の理由は軍人を多く育てるための軍用施設としてのものであり、その結果、多くの塹壕などが残されているのだという。

 それを有効活用しようと立ち上がったのが、『高津大学の地下化計画』。高津大学の近隣地区、浅山、矢松、笹野地区の住民からあった要望に依るものであった。

 三地区は大学で行われる学祭が深夜まで行われているということなどを挙げ、騒音問題を解消しないのであれば大学側に賠償を求めていた。

 大学としてそれは宜しくないことであり(イメージ失墜もある)、結果として地下化計画を遂行することとなった。それによって地上の広大な土地は一部を除き三地区に返上し、キャンパスの大半を地下へ移すこととなった。さらに最寄り駅から遠いこともあって、鉄道を通すことで利便性を図った。


「……しかし結果としてその計画も頓挫した」

「どうして?」

「それは私には解らないよ。もしかしたら使えない塹壕でもあったのかもしれない。地下化計画が実行されることになった理由は戦中からあった広大な地下施設がまだ使えるという判断のもとなのだから」

「そういう判断が出来た、ということはこの施設は」


 言葉を区切って天井を指差す。


「結構頑丈ということになるよね?」

「まあ、そうなるだろうね」


 とにかくこの地下道を進むほかないようだ。出来ることならここ以外のルートを通りたいところだが……。


「とにかく進むほかないんじゃない?」


 思っていることと同じことを梨沙に言われてしまった。

 そうなってしまうと仕方ない。

 溜息を吐いて、私は進むことにした。

 そこに何があっても――きっと私は後悔しない。



◇◇◇



 地下道をよく見てみるとそれは廊下のようにも思えた。時々通気孔が設置されており、緊急のシャワーがある。部屋は疎らにあるが、入ることは出来ない。鍵がかかっているようだった。しかし地上とは違ってアナログなので入ろうと思えば入ることは出来る。

 だが、


「…………」


 声が聞こえた。


「ねえ、梨沙。今声が聞こえなかった?」

「声? ……そうかなあ」


 梨沙には聞こえなかったらしい。


「…………こっち」

「ほら、聞こえた!」

「ほんとうに? 幻聴とかじゃないの?」

「幻聴なんかじゃない! あっちよ、あっち!」


 私は声が聞こえたほう――正確には廊下の突き当たり目指して走り出す。

 梨沙はそれを見てぶつぶつ呟きながら私のあとを追った。


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