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おままごとの演じ方  作者: 巫 夏希
二章 人間と紙の共通点とは?
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第六話 Speaking with Ghost(前編)

 次の日もイングリッシュガーデンはふたりだけの空間と化していた。別にそれについて何の問題もないし私と梨沙の会話が遮られるものがないということは、とてもいいことなのだ。

 しかし、そこにまた現れた。

 橘アオイ。


「橘さん……ですよね?」


 私は訊ねる。

 橘さんは頷いた。

 私はてっきりまた何かを為出かすのかと思っていた。

 だが、橘さんは違った。頭を下げていた。


「……何のつもりでしょうか」


 思わず私は訊ねる。

 橘さんは涙声で言った。


「私の話を聞いて欲しいの」

「……話?」


 そりゃまた仰々しい。


「そう、聞いてくれる?」

「あの、それよりも前に。私は昨日あなたに詰め寄られたんですよ? 隙あらば殺すみたいな感じで」

「えー、そんなことあった?」


 忘れ去られている。


「まあ彼女はけっこうそういうところあったから……」


 梨沙は梨沙で否定しなかった。

 橘さんの話は続く。


「私、幽霊をみたのよ」

「幽霊?」


 昨日自分で「あなたは幽霊が見える」と言ったのはどの口だっただろうか。


「……幽霊は非科学的だから信じないんじゃなかったんですか」

「そんなこと、言ったかしら」

「実際には言っていませんけれど」

「だったら話を途切れさせないでよ。とにかく、その幽霊が見えるのは地下室。もしかしたら私が見たのは幽霊ではなくてただの幻覚な可能性もあるのよね。だから、幽霊が見える人を探していた」

「それが私だった、と?」


 紙パックのオレンジジュースを吸いながら、訊ねる。

 橘さんは頷いた。


「これを頼めるのはあなたしか居ないのよ……」

「どうしてなのか、聞いても?」

「だってあなたクラスメートから、いいえ、大学中で『幽霊と話すことの出来る女学生』と話題になっているじゃない? だったらその話題がほんとうかどうか気になるのも兼ねて訊ねたというわけ」

「まあ、私はそういうわけではありませんから」

「幽霊じゃなくて恋人だよ、失礼な」


 茶化すように梨沙の言葉。まあ、梨沙の言葉は橘さんに聞こえることは無いのだけれどね。


「しかしまぁ……幽霊、ですか。そんな非科学的な存在って果たして存在するんですかね?」

「目の前で私を見ているあなたが言う台詞かなぁ?」


 いや、梨沙が言うそれ以上に。

 幽霊を恋人としている人間が言う台詞でも無かった。


「……まぁ確かに、こんな科学が凡てを満たしているような世界から見れば幽霊なんて存在はイレギュラーなのかもしれないけれど、しかし私はほんとうにそれを見たのよ」


 幽霊、か。

 うちの大学にそんな浮き足立った噂があるとは思いもよらなかった。今まで人との関わりを絶っていた――いや、それは言い過ぎだ。人との関わりに対して消極的だからだったかもしれない。

 人と関わりたくないのではなく、人と関わるのが億劫になってしまったということ。

 いつしか私の中でそれがルール化されていた。ただし、どうしても人と関わらなくてはならないことはやらなくてはならない。あくまで私はそれに対して消極的だというだけなのだから。


「幽霊は確かに居るのよ。ね、お願い。幽霊と話し合ってくれない?」

「………………話し合う?」


 何度も頷く。いや、頷かれても困る。

 確かに幽霊を消して欲しいのならその道の筋に頼むのが一番だろうし近道だ。だからそうすべきだというアドバイスをしようと思っていたのだけれど……。


「彼女、変わっているでしょう?」


 梨沙は笑みを浮かべ、私に言った。

 確かに変わっている。しかしそれは私の範疇を大きく上回っていた。キャパシティオーバーとまでは行かないがそれに近いレベルだと思う。


「とにかく……幽霊とやらに会ってみないと解りませんよね。そもそも、私に『見える』力なんて無いので見えなかったらそこでお仕舞いですけれど」

「それでも構わない。だから一度でいいから!」


 手を合わせ、再び頭を下げる。私から少し離れたところを歩く大学生のグループがひそひそ話をしながら通り過ぎていく。

 いい気分ではない。見世物でもない。

 それでもこの状況をどうにかするには私の方が折れるしか無さそうだった。


「……解りました。とりあえず見に行きましょう。話はそれからにします。それでいいですか?」

「えぇ、ありがとう!」


 ……何だか面倒臭いことに巻き込まれたけれど、橘さんからはあとで何か奢ってもらおう。パフェみたいな甘味てんこ盛りな物が食べたい。



 ◇◇◇



 そもそも自分の大学について無頓着だった私は、大学に地下室があることすら知らなかった。男からしたらロマンなんだろうけれど、生憎私は女性である。ついてないものはついてないのだ。


「地下室は理工学部にあるのよ、知らなかったの?」

「理工学部に……。おかしいなぁ、私も一応理工学部のつもりだったのに」

「……三年だっけ?」

「まぁ」


 そろそろ就職とか考えなきゃいけない時節である。

 というか就職かぁ……何というか想像もつかない。二年後の今頃は社会の荒波に揉まれている頃なのである。


「そういえば橘さんは四年ですよね、進路は」

「私は院に進むよ。これと言って学ぶ内容も無いがだからといって就職したい場所も無い」

「……それって贅沢な悩みじゃないですか?」


 橘さんは吹き出した。何か面白いことでも言っただろうか?

 視線に気付いた橘さんは小さく頭を下げる。


「……あぁ、済まなかったな。別段面白いことでは無かっただろうが……、しかしそれが何だか面白かった。吉川さん、君は遠慮という言葉を知らないようだな」

「もしかして……機嫌を損ねました?」

「いいや。そういうつもりは全くないよ。もしかしたら梨沙は君のそういうところが好きだったのかもしれないな」

「おっ、解っているな……。流石電柱について一夜語り明かした仲だけある!」


 ……どうやら二人の間に確執だとかそういうものは無かったらしい。

 それどころか、とても仲が良かったのではないか? まるで親友だったような、そんな感じにも見える。

 そんな私に気が付いたのか、梨沙は私に小さく耳打ちする。


「……まだ確証が掴めないから言わないでおくけれど、橘アオイには気をつけた方がいいわよ。特に、どうして仲が良さそうだった私とアオイが春から昼休みを一緒に過ごさなくなったことも含めて、ね」

「……それってどういう意味?」

「まだ彼女が何も治っていないのなら、嫌でもその事実に気付かされる……。もし私が死んだことで幾らか改善の余地が見られたのならば、まだいい方なのだけれど」


 梨沙は声を低く、そう言った。それに私はいつもの彼女とは違い、とても恐かった。

 そして私はその言葉の意味を理解することが出来なかった。

 今思えばそれを早く理解していればこんなことにはならなかったのかもしれない。私はそう振り返った。


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