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おままごとの演じ方  作者: 巫 夏希
二章 人間と紙の共通点とは?
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第五話 My name is.

「ボクの名前は橘アオイ。まあ、よろしく」


 そう彼女は言った。橘アオイ、聞いたこともないけどわたし的には仕方ないことなのかもしれない。だってずっと梨沙と話していたのだから。

 私は卵焼きにかぶりつき、彼女の行動を盗み見た。彼女が何をしているのか不思議と気になったのだ。

 だって私と話をする人間なんてあまりいないのだもの。現に私とイングリッシュガーデンで面と向かって話をしたのは梨沙と彼女以外居ない。有り得ないと言ってもいい。だからこそ疑問を浮かべている。どうして彼女は私との接触を試みたのかということについて。


「……ところで吉川さん」


 唐突に。

 名前で呼ばれた。

 何があったのか私には理解できず、だから狼狽えてしまった。


「どうかしたの?」


 笑みを浮かべて、アオイは答える。


「あなた、幽霊が見えるって……ほんとう?」


 彼女は首を傾げて、私のほうを見ていた。


「橘アオイ……厄介な人間に会ってしまったと言ってもいいわね」


 助け舟を出したのは梨沙だった。私は梨沙の言葉をただ聞くことに集中する。


「橘アオイは私と一緒に『人が死んだら電柱になる』こと、その真意について疑問を浮かべていた人間よ。私はこうやって行動に示したけれど……それについて彼女には伝えていなかった。だから彼女にとっては私が消えてしまったと思っているのだろうな」

「ねえ、吉川さん。そこに夕月梨沙は居るのかい?」



 ――核心を突いた質問だった。



 きっと彼女は見えていないのだ。かといって私だって見える人間じゃない。梨沙が見えているのは単なる偶然と言っていい。だから見えるだの見えないだの言われても困るのだ。

 ……しかし問題なのはここからだ。どうやって返答するのがいいのだろうか。

 この気迫からして曖昧な解答は禁止した方がいい。私自身に何が起こるか解ったものではない。

 居るか居ないか。

 そのどちらかを答える。

 それしか私に残された選択はない。

 居る、と答えた場合私には幽霊が見えるというガセネタがつきまとうことになる。そして梨沙についてさらに要求されることだろう。

 居ないと答えた場合、何が起きるのかそれは私にも把握できない。気迫からして存在していても存在していなくても最悪の結果を招きそうなのはもはや自明と言ってもいい。


「ねえ、吉川さん答えてくれないかな。たったの二択だよ? 夕月梨沙が居るのか居ないのか、ただそれだけを問うている問題だ。川渡り問題よりもケーニヒスベルクの橋の問題よりも郵便配達人問題よりも簡単なんだよ。いや、それどころじゃない。小学生が簡単な足し算をするレベルの難易度だ。黙りこくる程のものじゃない。それでもなお、黙っているとするならば、何か後ろめたい事実がある……ってことだよねぇ?」


 悪寒がした。まるで私の考えが凡て筒抜けであるかのように橘さんは言ったのだ。

 ほんとうに筒抜けになっていたのだろうか。或いはその事実を知っていてなお私と話しているのか。

 少なくともその二つは有り得ないだろう。この状況でさえ怒りが滲み出ているというのだから私の傍に梨沙が居るという事実を知った途端に発狂しかねない。

 ならば彼女はほんとうに凡てを知らないにもかかわらず、そこまでの事実をさも自信ありげに私に言ったということになる。


「……知りませんよ、私は。何も」


 私は賭けに出た。

 何も知らないで憶測で物事を言っている方に、賭けたのだ。

 橘さんは首を傾げると私の目をじっと見つめる。心の中で冷や汗を、かいた。不味い。バレてしまったか。このままでは私の命が危うい。

 ……とか思っていたのだが、橘さんは笑みを浮かべると私から一歩だけ離れた。


「そうよねぇ、幽霊が見えるなんて非科学的だし現実的ではないわよねぇ……。ごめんね、変なこと言ってしまって。あなたは何も悪くないのよ、悪いのは私」

「いや……私の方も何の手がかりも言えなくてすいません。もし知っていれば直ぐに伝えることが出来たのですが」


 息を吐くように嘘を吐く。きっと私は地獄に落ちるのではないか、そう思った。でも自分の身体を守るためには仕方の無いことなんだ。


「……それって自己保身だよね」


 梨沙が耳打ちする。橘さんが一礼して振り返って走っていく。

 それを見送って完全に遠くまで行ったことを確認してから、笑みを浮かべる。


「そうよ、これはただの自己保身。自分の身を守るために使用する最善の方法。最善を尽くさなきゃ、人間は死んでしまうもの」

「死んでしまったらもれなく私みたいに幽霊になれるかもしれないよ?」


 それを聴いて思わず私は噴き出してしまった。何だよ梨沙、自虐も出来たのか。

 まぁそんなことは本人に言う必要も無い。もしかしたらサイコメトラーな可能性も捨てきれないけれど、先程の受け答えからしてそれは有り得ないと思う。たぶん。


「……心を読むことは可能だと思う?」


 とりあえず私は昼食を再開した。橘さんと話していたせいで昼休みが残り五分の時点で半分も残っていた。そもそもの最大値が小さいのにその半分も残っているなど問題だ。

 そうして私は出汁がよく染み込んだ四分の一カットの大根を頬張った――その矢先に梨沙はそう言った。


「どうしたの、梨沙。唐突にそんなことを言って」

「あなただって違和を抱いていたでしょう? どうして彼女があそこまで話すことが出来たのか。まるで私たちの脳からそれに関する情報だけ引き抜いたような、そんな感じだったじゃない?」

「まぁ、そう言われれば」


 適当な返事。


「……ちゃんと話を聞いてから頷くなりなんなりしてくれないかなぁ」


 そしてそれに対する的確な解答。


「だって解らないことは解らないんだもの。そう言った方があなただって不利益を被らないで済むし」

「それはそうだけど……。ともかく私は彼女に対してサイコメトラー説を提唱するわ」

「サイコメトラー、心を読む、ねぇ」

「何よ、馬鹿にしているの?」


 頬を膨らませ、梨沙は言った。その顔がとても愛しく可愛く微笑ましい。


「馬鹿にしてないよ。ただサイコメトラーは現実味を帯びていないからあまり信じられないなぁ、ってだけ」

「やっぱり馬鹿にしているじゃない」


 そう言って梨沙は小さく溜息を吐いた。

 あぁ、可愛いなぁ。私だけの恋人。幽霊の恋人。

 彼女がいるから私は最近毎日が楽しい。

 その『彼女』であり『恋人』である存在が幽霊だということは――少々非日常なことなのだけれど。


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