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おままごとの演じ方  作者: 巫 夏希
三章 退屈な日々に一欠片の非日常
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第二十二話 Miniature garden

「そう、それだ。電柱が墓標になるということはこの世界の人間にとって常識とも言えること。何故という疑問を抱くのは普通だがその存在理由に関して疑問を抱く人間はいない。そもそも人間はタンパク質の塊だ。そこからどうやって電柱へと昇華する? そこから前提条件が間違っているというわけだ」

「電柱になるのは、『おかしい』ということですか」

「少なくとも君はそう思ったことがあるみたいだけれどね」


 まあ、確かに。

 何も間違ってはない。私はずっと、どうして人間は死んでしまったらその姿を電柱に変えてしまうのか疑問に思っていた。電柱になるのがおかしいと思っていたし、人間が死んだあとの『魂』がどうなるのかも私には解らなかった。だけれど、それについてアドバイスしてくれる大人なんてどこにも居なかったし、私がそれを言ってもそんなことは子供の言葉に過ぎないと相手にしてくれないのであった。

 子供の頃の私はそれが気に入らなかったのだと思う。というか、今の私が同じ立場であったとしてもきっと文句を言うに違いない。それくらい大人のいう言葉は理不尽だったことを子供ながらに覚えている。

 どうして電柱になってしまうのか、訊ねたことがある。

 ある大人は言った。そういう世界の決まりなの。

 ある大人は言った。電柱になるのが宿命だ。死んだあとも忘れていかないようにという賜物だよ。

 ある大人は言った。そんなこと知らないよ。



 ――三人寄れば文殊の知恵という諺も確かにあったような気もしたけれど、少なくともその状況ではまったく成り立たなかったのを、私は覚えている。



「ともかく、だ。これまでに得られた情報……それはあまりにも足りないものかもしれない。だが、それでも、ある程度の結論は導くことが出来る」


 時井戸さんはマグカップを置く。


「この世界は何者かによって作られた世界で、その人間が過ごしやすいように変換されたのではないか……ということにね」


 はじめ、何を言っているのか私には解らなかった。

 だが、不思議と理解出来る。何故なら子供の頃からずっとあった違和がこれで説明出来るから……だ。

 電柱が墓ではない世界を『知っている』からこそ、この世界の常識に疑問を抱いていた……これならば凡てがうまくまとまる。

 でも、どうして?

 なら、その代わりに、一つの疑問が解決した代わりに、もう一つの疑問が浮かび上がる。それは何故私だけその世界を知っているのか、ということだ。

 世界が改変され、人々は元の世界に関する記憶を失った……のだとすれば、それは私にも適用されるべきではないのか?


「……最低でもこの世界が改変されたのは三年前だと考えられる。その頃に大きな時空の歪みが見られたからだ。その歪みは別の平行世界に干渉した程、との調査報告も上がっているが……実際その干渉がどの程度なのかは把握しきれていないのが現状だ」


 三年前。

 私が大学に入った頃、世界は改変されたのだという。だが、私は小学生の頃に墓標を――電柱を――見ている。その記憶が確かに残っている。


「……まぁ、もし君が何かあったとしても僕が強制的に記憶を再生してあげよう。未来にはそれくらいの技術はあるからね」


 それ『くらい』か。何というか、そのたった一言で今の時代との技術格差を実感した。

 だがそんなことより。

 この世界が自分の暮らしてきた世界ではないという事実を唐突に告げられたことについて、私は理解出来なかった。理解したくなかった。世界の真実を拒否したかった。

 拒否したかったからこその、葛藤。

 平凡を好んだがゆえの、非凡。

 無縁でありたかったがゆえの、主人公。

 それら凡てを合わせた状態こそが、今の段階。

 私はそんなことをしたかったわけじゃない。平凡で愚直で、表舞台に立つこともない、一平民の人生を送りたかっただけなのだ。


「この世界は小さな箱庭だ」


 時井戸さんは言って、立ち上がった。


「君ならばもう大体想像はついているだろうけれど……、夕月梨沙はその箱庭の重要人物だよ。恐らく、いや、確実に彼女はこの箱庭の構成に携わっている。それを意識的に行ったかどうかは、まったくもって解らないけれどね」


 箱庭。時井戸さんはこの世界をそう表現した。その表現が間違っているのかどうか私には解らなかったけれど、少なくとも聞いていて気分の良い表現でもない。

 時井戸さんの話は続く。


「その箱庭から脱出するのか、それとも脱せずに別のやつを利用すればいい。それ以上でもそれ以下でもない」

「箱庭には必要なピースがある、と」


 私の問いに時井戸さんは頷き、ホワイトボード脇に置かれたペンを取り出す。

 そして、ペンを構えてホワイトボードに円を一つ描いた。


「この世界は一つの箱庭であり、舞台でもある。一人一人が役割を決定されておりその人間が死ぬ以外の手段でその役割を破棄することは出来ない。そしてその役割を変えることだって出来ない」

「それって、下手なドラマよりおかしな話じゃないですか」

「ドラマでも舞台でも映画でもアニメーションでも、演技の下手な俳優や声優は多いだろう? 容姿が気に入らない、顔が気に入らない、声が気に入らない……他にも様々な『嫌いなこと』があるだろう。しかしそれらを凝縮したのが人生であり、それをある特定の空間で言えばこの箱庭であるとも言える」


 何を言いたいのかまったく解らなかった。次元が違う会話をしているから、噛み合わないだけなのかと思った。

 時井戸さんは笑みを浮かべる。


「ここに住む人間は自ずと身の振り方を考えるようになる。それが無意識にあった行動ともいえるだろう。だが、それが正しいものなのかどうか、善悪の区別すらつけられなくなってしまう。それがこの箱庭に住む人間……だよ」

「そもそも箱庭、っていいますけれど。どうしてそれが箱庭だと判別出来たんですか? 明確にこれが箱庭であるという理由があるのならばともかく」

「……そう言われると明確な証拠を出すことができないのが残念なところだ。それは仕方無いし済まないことだと思っている。最低でも君にはこの事実だけでも伝えておこうと思っていたからね」

「要するに、証拠は無いんですね」


 その言葉に時井戸さんは一歩、私の方に近づいた。


「証拠が無い、というのは嘘になる。三年前、確かにこの世界に時空を揺るがす……そうだな、言うならば時空震とでも言えばいいか。それが発生した。時空震によって世界に歪みが生じた。それによって『電柱』が墓標となる世界が生まれた……。我々はそのように推測を立てた」

「時空震の正体が、梨沙に依るもの……だと?」

「あくまで、彼女が中心にいただけのこと。時空震について調査を進めていたらその場所に居たのが彼女であっただけだ。ただ、彼女が何かをしたからこそ時空震が発生したのは、確固たる事なのだよ」

「なら、彼女自身に問い合わせればいい。時空震を起こした犯人は、とか」

「そんなことしたら、彼女自身がこの世界の存在に気がついてしまう」


 それを聞いて私は目を丸くした。


「それってつまり……彼女は無意識でこの世界を作り上げているってことですか?」


 頷く時井戸さん。

 私はそれを聞いて、はっきり言って理解できなかった。

 無意識に世界を構築する? カミサマですら、そんなことは出来なさそうだというのに。

 それを梨沙は、やって退けたとでもいうのだろうか。


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